表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/20

第8話 猟犬の追跡

王都スラム。

日も差さぬ裏路地に、場末の酒場がひっそりと息をひそめていた。

中は薄暗く、酒と汗と絶望の匂いが交じり合っている。

角のテーブルでは、元冒険者とおぼしき中年男が、片足を庇うように座っていた。

男の名は“ブレア”。

かつてはギルドの探索職として名を馳せたが、足を痛めて引退。

今は裏稼業の情報屋として生き延びている。

口は堅く、情にもろい。

だが、目の利きと耳の鋭さは、いまだ一流だった。


──そんな彼の前に、四つの影が座っていた。


「……何度言わせる気だ。 

 下手な脅しで口を割るほど俺は落ちぶれちゃいねぇよ」


ブレアの声は震えていたが、それでも牙を剥くような視線を向けていた。


「家族は、確か南地区の集合住宅だったか?」


黒革の装束に身を包んだ男が、静かに言葉を重ねた。

黒蜥蜴。 

ギルドの暗部──制裁執行部隊『紅の猟犬』のリーダーだ。

彼の声は静かだった。 だが、凍りつくような重みがあった。


「……よせ」


「娘の名前はリディア。 まだ十三か。

 おまえに似て、物分かりが良いと聞いた。

 どこまで、我慢できるかな?」


ブレアの顔が歪んだ。 テーブルの下、拳が震えていた。


「……俺が死ぬならともかく、あの子にまで……」


フードとマスクで顔を覆った蟷螂が、無言で手を掲げた。

次の瞬間──ドックの顔を、見えない水の膜が覆い始めた。


「っ……ごぼ……ごぼっ……!!」


息ができない。 空気が奪われる。 

鼻腔と喉を満たす冷たい水に、意識が遠のいていく──


テーブルの向こう、梟が指を軽く二回、机に叩きつけた。

蟷螂は術を解く。

ブレアは激しく咳き込みながら、机に突っ伏した。


「ゲホッ……ああ……くそ、くそったれが……!」


「おや、まだ意地が残っているか。 ならば──見せてやろう」


梟が指を鳴らすと、テーブルの上に置かれた皿の肉が、

じゅっ、と音を立てて溶け始めた。

無色透明の魔法陣がその下に浮かび上がる。

肉が崩れ、骨ごと溶け、液体となって皿に広がった。


「この魔法、“肉体溶解”。 強酸の応用系だ。

 次は君の右眼で試そうかと思っている」


梟の声は穏やかだった。

だが、その無感情な響きが、かえって恐怖を煽る。

ブレアの口が、わずかに開いた。


「……っ……わ、わかったよ……吐くよ……!」


「聞こう」


「奴らは……王都南門を抜けた。 カレンって女が冒険者風の装備を一式、

 三人分買ってたって噂だ。 保存食と、地図も──恐らく北か西だ。

 ……ただし、最短ルートは避けてる。 何かに追われてるのは間違いない。

 変装もしてた」


「その程度か?」


「……これ以上は、知らねぇ。 誓ってもいい。 足取りまでは……」


黒蜥蜴が、にやりと笑った。


「十分だ」


そして、立ち上がると同時に、短剣をブレアの手の甲に突き刺した。


「ぐぁああ!?」


「これは手間賃だ。受け取れ。生き延びたければ──これ以上口を開くな」


ブレアは、荒い息の中で小さく頷いた。

(……悪いな、カレン。 全部は吐いてねぇ。 

 だが、これ以上は俺の領分じゃねぇ。 せいぜい気をつけな)


紅の猟犬は、一言もなく店を後にした。


彼女の頼みで変装道具も手配した。 逃亡の手引きもした。

だが──行き先も、偽名も、聞かなかった。

あの夜に交わした無言の信頼だけが、今のブレアを支えていた。


***


場面は王都ギルド本部の地下、石造りの作戦分析室。

紅の猟犬が掴んだ情報から、各地のギルド支部に緊急の探索指令が届き、

古びた机には、無数の書類と伝書、精霊観測報告、

旅人の目撃証言が山積みにされていた。


その中心に立つのは、小柄で古びたローブに身を包んだ男──梟だった。

くすんだ眼鏡の奥の瞳が、書類を速読していく。

(王都脱出から三日。 購入記録──冒険者風装備、 保存食、

 道中用の符、そして……地図。 だが、普通の地図ではなく“辺境用”だ)


梟は地図の一点に指を置いた。 

西──自由都市連合方面。

だが、正規の街道ではなく、交易業者が裏で使う“旧道”だ。


「……予想以上に慎重、だが直線的な移動も避けている。

 逃走ルートに“偽装”を挟み、観測を撹乱しようとしている」


「奇妙だ……なぜ“回避行動”にここまで徹底する。

 護るべき“弱者”でもいるのか? 

 ……あるいは、真に危険なのは──あの男自身か」


机の反対側、黒蜥蜴が腕を組んで見下ろしていた。


「で、確証は?」


「ああ。 奴らは途中の町で“Cランク相当の冒険者”として、

 商人ギルドに護衛登録していた。 名前は偽名だったが、

 装備と女の外見が一致している。 逃げる者にしては整いすぎた装備。

 追われる者特有の矛盾」


梟はゆっくりと、地図上の《西方街道・アルネス経由ルート》を指差した。


「行き先は、自由都市でほぼ間違いない」


「なら……先回りして、狩るか」


黒蜥蜴が唇の端を歪める。


「アルネスの手前、西境の無法地帯。“濁り森”で罠を張る。

 隠れるにも、狩るにも、都合がいい地形だ」


梟は首をひとつだけ縦に振り、手元の文書をギルドマスターに差し出した。


「最速の馬を、四頭。 西へ、今夜出発する」


ギルドマスターは眉を寄せながらも頷いた。


「……忘れるな。 紅の猟犬に求められるのは“任務成功”だけだ。

 余計な正義感も、情も──必要ない」


「正義? 契約書に、そんな文字はなかったぞ」


黒蜥蜴が笑い、闘牛が無言で斧を背に回す。

蟷螂は静かに首を傾けて、ぴくりと耳を動かした。


そして──猟犬たちは夜を駆ける。

その牙は、いま確実に──隼人たちの背中を狙っている。


彼らが去ったあと、ギルドマスターはふと独りごちた。


「……この連中を放つたび、胃が痛む。

 もし任務じゃなければ……あまり関わりたくない連中だ」


つい本音を漏らすグランだった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。

星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)


そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。

更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!


今後の展開にもどうぞご期待ください。

感想も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ