第7話 夕日に去る用心棒
翌日、早朝の農場には、緊張の夜が嘘だったかのような、静けさが満ちていた。
小屋の脇には、大型の馬車が一台。
使用人たちが黙々と作業しながら、荷台に何人もの男たちを詰め込んでいく。
その顔ぶれは──昨夜、隼人たちによって打ち倒された、冒険者崩れの無頼者ども。
そして、王国保安騎士グラフト・ビレク。
皆、手足を縄で拘束され、猿轡を嵌められていた。
まるで荷馬車の荷物のように、次々と押し込まれていく。
「う……ぐ、むぐぅ……!」
苦悶の唸りを上げるグラフトの口元を、ナヤナが冷たい目で一瞥する。
『……まだ、口が動く元気があるんですね。 残念です。』
彼女は杖の先で、馬車の床を軽く小突いた。
グラフトは悔しげに唸るだけで、もはや抵抗の気力もなかった。
馬車の荷台の脇に、大きな麻袋がひとつ。
その中には──カレンが詰所から抜き取ってきた、
グラフトの悪事を示す帳簿や会話記録の魔符、
焼失事件に関連した借用書の写しなど、山のような証拠が詰まっていた。
ハロルド──農場の使用人頭であり、50代の気の良さそうな男──が、
傍で眉を寄せてそれを見守っていた。
「まさか、あのグラフト様が……こんな有様になるとは。
正直、痛快でもありますがね」
「……ハロルドさん。 ひとつ、頼みがある」
隼人──偽名のカイトは、声を低くして告げた。
「俺たちは、ある陰謀に巻き込まれ、今は逃亡の身だ。
どこまで言えばいいか迷ってたが……少なくとも、俺たちが正義とは言い切れない。
でも、悪党じゃないことは信じてほしい」
ハロルドは静かに頷いた。
「ええ。 あんたらが、誰かを傷つけて生きてきた人間じゃないことは、すぐにわかります。
もし何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってください」
「ありがとう……感謝する。 ここの後片付けは頼む。
こいつらの始末は、ゆっくりで構わない。 あとは王国の司法に任せよう。
ただし……俺たちの名前と行き先はごまかしてくれないか」
「承知しました。 奥様にも伝えて、口裏は合わせておきます」
「行き先は、近隣で一番大きな王国騎士団の出張所だな?」
「ええ。 ここから北西、サルベラの街です。
ちょっと遠回りになりますが、時間稼ぎにはなるでしょう」
カレンがにやりと笑って言った。
「馬の歩調、ちょっとだけ遅めにお願いね。 ……いろいろ都合があるから」
ハロルドはしばし黙ったあと、にやりと笑った。
「はは、馬がたまたま蹄を痛めましてねえ……
一晩、いや二晩かかっても仕方ないですな。
あっしら、年寄りばかりですし。 ゆっくり、ゆっくり運びますよ」
ハロルドはそういうと、のんびりした動きで、馬の手綱を手に取った。
***
その日の夕刻。 隣村。
農場から離れた静かな宿屋に避難していたシャーリーとリラが、玄関先に現れた。
赤毛の母娘は、朝日に照らされてどこか神聖な光を帯びていた。
シャーリーの瞳がわずかに潤む。 だが、彼女は泣かなかった。
畑の端で、日暮れを背に風に吹かれる母娘の姿は、
どこか寂しげで、どこか晴れやかだった。
「話し合いは、ついたよ」
隼人が、懐から一枚の魔術証文を取り出す。
それは、シャーリーの農場に課された、不当な借金の証文だった。
彼はそれを、炎の魔符で包み、無言のまま──燃やした。
灰が風に乗って、空へと舞う。
それはまるで、過去の苦しみを、空に還す儀式のようだった。
シャーリーの目に、うっすらと涙がにじんだ。
「……ありがとう。 本当に、あなたたちには……」
「その先は、言わないで」
カレンが肩をすくめた。
「私たち、そういう別れは苦手なんで」
「ラーナ……また、農場に手伝いに来てね。 いい?」
リラがナヤナ──ラーナに向かって小さな手を差し出す。
その瞳は潤み、唇をぎゅっと噛んでいた。
彼女が精一杯、涙をこらえているのが、手に取るようにわかった。
「ええ。 いつでも……リラが呼んでくれたら、きっと来るわ」
「また、来てくれるよね……?」
泣きじゃくるリラの頭に手をポンと置く隼人ことカイト。
(本当は……ここで暮らせたら、どんなに楽だろうな)
隼人は無意識にそう思った。
ナヤナの手はまだ熱を帯びている。
けれど、彼女の表情はどこか安らかで──
たしかに「居場所」と呼べるものが、ここにあった。
(……でも、まだ俺たちは止まれない)
隼人は前を向き直った。
(“正義”が誰かの都合でねじ曲がるなら、それを見過ごすわけにはいかない)
***
シャーリーは、胸元から封筒を取り出した。
「あなたたちには、次の仕事の足しにしてほしいの。
……昔、私が世話になった商会の紹介状と、わずかだけど謝礼金も」
シャーリーは一瞬、視線を伏せて口を噤んだ。
「……本当は、渡すべきじゃないのかもしれない。
でも……私はどうしても……あなたたちに報いたいの」
ナヤナが目を細め、深く礼をする。
「……そのご恩、忘れません」
隼人は、封筒を受け取ると、それ以上の言葉は言わず、くるりと背を向けた。
ロバのモスロが「ブモォ」と鼻を鳴らす。
風が吹く。
カレンがひらりと手を振り、ナヤナがリラに笑いかける。
隼人は振り返らないまま、右手を高く上げた。
夕日がその背を赤く染め、影が長く伸びる。
──旅は続く。
逃亡者という十字架を背負いながらも、彼らの歩みは、確かに前へ進んでいた。
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