第6話 義の弾丸
太陽が真上に昇り、農場の影という影を押し潰すように照らしていた。
干し草の香りと土埃の匂いが混じり合う中、
空気は緊張の重さで押しつぶされそうだった。
そして──その沈黙を破るように、保安騎士グラフトが嗤った。
「見せてもらおうか、用心棒の“仕事”ってやつをな。 農場ごと灰にしてやる」
グラフトの背後に控えるのは、例の無頼者たちと、町から連れてきた騎士見習いたち。
魔力を宿す武具を手に、意気揚々と獲物を狩る気満々の顔つきだ。
「グラフト。 あんたらの悪事はすでに全部──記録済みだ」
そう告げるカイト(隼人)の声は静かだったが、確かな怒りを宿していた。
「シャーリーさんの旦那を殺して、農場を焼いた件もな。 俺たちが証拠を握ってる」
カレンが腰の鞭を解き、音もなく地面に垂らす。
その先端が、ぴたりと敵の足元を狙う。
ラーナ(ナヤナ)はバリケードの陰で杖を構え、気を溜める。
その表情は落ち着き払っていた──今の彼女は、完全な戦闘状態にある。
『敵は十五。 冒険者崩れが十、騎士見習いが五。中心に保安騎士、グラフトがいます』
「想定どおりだな。 今日は全開でいくぞ」
『了解。 心配いりません。 今日は絶好調です』
声に浮かぶ微笑みが、やや楽しげだった。
突如、怒号が響いた。
「突撃だァァァッ!! 畑もロバも燃やせェ!!」
──その一声で、戦端が切られた。
剣を振るう者、炎の呪文を唱える者、矢を番える者。
土煙を巻き上げ、敵の集団が一気に迫ってくる。
隼人は、無言で一歩、前へと踏み出した。
その動きは、まるで空気さえも切り裂くように静かで──鋭い。
腰のホルスターから抜き取られた黒鉄の短銃──ニューナンブM60が、
わずかに傾いた陽光を受けて鋭く光を跳ね返す。
「撃つぞ」
低く、重く、宣告するような声。
──その瞬間。 バンッ!!
銃声というより、空間そのものが爆ぜたような衝撃音。
閃光と共に放たれた鉛弾が、風を裂いて一直線に飛ぶ。
次の刹那──
敵の前衛が、まるで見えざる壁にぶつかったかのようにのけ反り、崩れ落ちた。
その手から滑り落ちた剣が、虚しく宙を舞い、草地に突き刺さる。
「う、あああッ!!」
手首が裂け、鮮血が飛び散る。
戦場に、異世界の“現代”が突き立てられた瞬間だった。
「ギャアアアッ!?」「手が……俺の手がァ!」
次の瞬間、二発目が右の剣士の踵を貫く。
三発目は左の魔法使いの肩、四発目は後ろの弓使いの膝。
更に魔法剣を振るう男が、魔法障壁を張った──が、無意味だった。
「っ……!? 止まらねえ!? なんだその武器は!」
「……魔法とは違う。 けど、お前らにゃ止められねえ」
隼人の目は、ただ淡々と敵を狙っていた。
その背後、バリケードから、ふわりと銀髪の影が舞い上がる。
『ラーナ、行きます』
ナヤナが宙を滑るように現れ、杖を掲げた。
「飛んでる!? 魔力反応が……ない!? 何だ、あれはッ!?」
次の瞬間、後方で詠唱していた魔術師の杖が、突然空中へ引き上げられる。
そして──めきっ……ぐしゃっ。 音もなく、粉砕。
周囲の者たちが悲鳴を上げる暇もなく、
今度は魔法剣が浮かび上がり、捻じられ、ひしゃげ、千切れる。
「なんだ、なんだ……ッ!? 触れてもいねぇのに、武器が……!」
「魔法じゃない……あれは──もっと違う、“力”だ!」
その時、魔力を込めた矢がナヤナに向かって飛ぶ──だが、空中で停止。
ぴたりと止まったその矢は、まるでガラス細工のように砕け散った。
無頼漢どもの膝が笑う。 足を動かせない。
恐怖という名の超能力に、全身が縛られていた。
「もう……帰りたい……」
敵の誰かが、うわごとのように呟いた。
隼人は拳銃のシリンダーを回し、次弾を込め直す。
そして、撃つ。
撃つ。
撃つ。
敵の手足が、痛みと衝撃で戦闘不能にされていく。
その間、カレンが倒れかけた敵の動きだけを拾い、鞭を打ち込む。
「死にたくなけりゃ寝てなっての!」
ビシィ! バシィ! 絶望の音が、畑に響いた。
──しかし、敵の本命はここからだった。
「チッ……使えぬ屑どもめ……!」
怒声を上げた保安騎士グラフトが、背中から黒い魔剣を抜き放つ。
その剣身は波打つように歪み、異様な瘴気を帯びていた。
「火雷よ……我が刃に宿りて、天を裂け──!」
詠唱が始まる。
それは畑どころか、大地そのものを焦土に変える──
圧倒的な魔力を帯びた、災厄の魔剣技だった。
剣を振りかぶるグラフトの影が、陽炎のように揺らぐ。
隼人の瞳が、獣のように細まり、 次の瞬間には、射撃手の顔に変わっていた。
呼吸、ゼロ。 指先に集まる意識。 標的は──魔剣の根元、ただ一点。
「──撃つ」
パンッ!!
鋭い破裂音とともに、弾丸が空気を切り裂いて突き進む。
狙いは一寸の狂いもなく、魔剣の鍔元へ。
着弾。
異様な金属音が響き、魔剣の柄に走った衝撃が、
まるで怒り狂った龍のように瘴気を暴れさせる。
グラフトの手元で、魔剣が“咆哮”した。
「ぐっ……な、にっ……!?」
剣の内部で圧縮された瘴気が逆流し、 紫黒の火花を撒き散らしながら暴発する。
隼人の一撃が、災厄の制御を崩壊させた──。
「がっ……!? 貴様ァッ!!」
爆風に足を取られたグラフトを、ナヤナが念動で拘束、浮かせる。
そのまま、隼人が飛び上がる。
「てめえだけは、俺の手で沈めなきゃ気がすまねえんだよッ!!」
勢いを加速させるナヤナの補助。
空中飛び膝蹴りがグラフトの顔面を撃ち抜いた。
──バギッ!!
瞬間的に加減し、致命は避けた。 意識だけを刈り取る、精密な打撃。
グラフトは無様に地面を滑っていく。
──その瞬間、敵の士気は潰えた。
「ヒ、ヒィ……ご、ごめんなさいィィ……」
「うわあああああ!!」
這うように逃げる者、泣き喚いて降伏する者、口から泡を吹いて気絶している者。
隼人は、静かに拳銃を収めた。
「……これが、俺たちのやり方だ」
バリケード越しに、ナヤナが微笑を浮かべる。
カレンが肩で息をしながら鞭を巻き取る。
勝利は、完璧だった。
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