第5話 シャーリー農場の決闘
夜の空気はひんやりとしていた。 満月の光が穏やかに農場を照らし、麦畑の穂が静かに風に揺れている。 虫の声がかすかに響き、まるで何事もない平穏な夜のようだった。 だが、隼人の胸中には嵐のような決意が渦巻いていた。
農具小屋の裏手。 焚き火の残り火を囲みながら、隼人はシャーリーと向き合っていた。 カレンとナヤナも傍らに控えている。
「……俺たちが調べた。 シャーリーさん、あんたの夫を殺したのは事故じゃない。 あれは……計画的な殺しだ」
焚き火が小さくパチ、と爆ぜた。 シャーリーの顔が蒼ざめ、唇が震える。
「……嘘、でしょ……? あの人が死んだのは、道で……落馬して、首の骨が……」
「偽装だ。 奴ら──あの保安騎士グラフトと、 あの冒険者崩れの一味が仕組んだ。 証拠もある。 昨日、カレンが直接掴んできた」
カレンが黙って、録音札(魔符)を取り出す。
「会話をまるごと記録したわ。 あいつら、次の襲撃ではリラちゃんを人質に取って、シャーリーさんを好き勝手にするって……」
シャーリーの手が震える。 目に、はらはらと涙が溜まりはじめていた。
「……どうして……どうして、そんなことが……!」
彼女は、肩を抱いて震えた。 悔しさ、怒り、恐怖がないまぜになり、うまく言葉にならない。
「だからこそ、あんたを守る必要がある」
「シャーリーさん、俺たちには勝算がある。 準備も証拠も、あとは動くだけだ」
それでもシャーリーは、かぶりを振った。
「駄目よ。 お願い、もうこれ以上、あなたたちを危険な目に合わせられない……! リラは……あの子はもう、私のすべてなの。 これ以上、誰かを失いたくないのよ!」
強い口調の奥に、どうしようもない母の不安がにじんでいた。 だが、その言葉を、隼人が静かに遮った。
「シャーリー、これを見てくれ」
隼人は懐から、ちいさな巾着袋を取り出した。 中で、数枚の銅貨がからん、と小さな音を立てた。
「……これはリラちゃんがくれた。 自分のおこづかいだって言ってな。 俺を、“用心棒として雇う”って」
「……!」
「俺はもう、正式に雇われた身だ。 なら、最後までやり遂げる。 それが、俺の“誓い”だ」
シャーリーは目を伏せ、唇を噛んだ。 もう、何も言えない。
「……シャーリー様」
ラーナことナヤナが静かに、言葉を紡ぐ。
「どうか、お願いです。 私たちはただ旅人などではない。 ……あなたに救われた命、ここで何もせず去るわけにはいきません」
少女のような声色には、凛とした芯の強さがあった。
「リラちゃんは、私に大切な言葉をくれました。 ──また遊びに来てね、と。 ……あの言葉は、未来に繋がる約束です。 だから、必ず守らねばなりません」
「ラーナさん……」
シャーリーは、ぎゅっと手を握った。 震えていた指先が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
「それに」
カレンが手を腰に当て、にかっと笑った。
「私たち、こう見えてプロの用心棒よ? “ちょっとばかし腕の立つ素人”とはわけが違うんだから」
その軽口に、シャーリーの頬がわずかに緩んだ。
「……リラの……あの子の未来を……守ってくれるの?」
「ああ。絶対に」
隼人の声は静かで、そして何より力強かった。
──そして数刻後。 シャーリーは意を決し、娘リラを抱き寄せるとこう言った。
「……わかったわ。 私とリラは、隣村へ向かう。 でも……絶対に、無茶だけはしないで。 あなたたちが無事に戻ってくるのを……待ってるから」
その目には、もはや迷いはなかった。
「了解。 約束する」
隼人は右手を掲げて応えた。 月明かりの下、その掌はしっかりと未来を掴もうとしていた。
* * *
翌日の正午、静かな農場に、ふたたび馬の蹄の音が響く。 農場に現れたのは、保安騎士グラフト・ビレクと、その手勢十数名。 見習い騎士、傭兵、そして魔法使いらしき男たち。 いずれも前回の襲撃者を上回る装備で現れた。
「へぇ……用心棒さんが、俺たちを呼びつけたって?」
グラフトが、意地悪そうに笑いながら前に出る。 隼人は一歩も引かず、その場に立ちはだかる。
「この農場の用心棒、“カイト”だ。 お前らの悪事、ぜんぶ記録してある。 証拠も押さえてる。 火事、殺し、偽造書類……名前付きで全部な」
グラフトの顔が引きつる。 カレンが、録音魔符をひょいと掲げる。
「アンタのイカれた演説、みーんなバッチリ入ってるわよ。 どう? 自分で聞いてみる?」
「てめえら……!」
グラフトが怒りに任せて剣を抜いた。
「消せ! 皆殺しだ!」
その瞬間、隼人の剣がすらりと抜かれた。 銀の刃に、陽光が反射し凛と煌く。 ナヤナが杖を構え、瞳を開く。
『隼人……いきます』
カレンが鞭を巻き取り、挑発するように言い放った。
「──あんたら、相手が悪かったわね」
決戦の幕が、いま──静かに開かれた。
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