第3話 悪徳の牙
農場の朝は、麦の香りと静かな労働の音から始まった。 ナヤナの体調が戻りつつあることもあり、隼人たちはシャーリーへの礼として、農作業を手伝っていた。
乾いた風が、大地に積もった麦殻をさらっていく。 ロバのモスロは陽を浴びながら、のんびりと草を食んでいた。
「……この畑、まるで芸術品みたいだよ」
カレンが土を払う指を止めて、感嘆の声を上げる。
「祖父がこの土地を開き、夫と共に育ててきた場所なんです。 収穫もようやく軌道に乗ってきて……でも」
シャーリーは少し顔を曇らせた。
「最近、厄介な連中に目を付けられていて。 どうかしたら、近いうちにまた来るかもしれないわ」
「その“連中”って?」
隼人が問い返すと、彼女は苦々しげに唇を噛んだ。
「元は冒険者……だけど今はただのゴロツキよ。 借用書をちらつかせて、農場を奪おうとしてるの」
その目は静かな覚悟に揺れていたが、どこかで諦めも滲んでいた。
「できるだけ穏便に済ませるつもりだったの。 でも……あなたたちには関わってほしくない。 命を危険に晒す価値なんて、ここにはないわ」
「それは──俺たちが決めますよ」
隼人は静かにそう返し、目を細めた。 ナヤナはそばでリラと一緒にニンジンの皮をむいていた。 リラはすっかり懐いて、ナヤナの袖を引っ張っては楽しそうに笑っている。
『……あの子の笑顔を、守れたらいいのに』
ナヤナの念話が隼人の耳にだけ届いた。
***
午後の陽光が最も強く降り注ぐ時間帯。 空気が揺れたように思った、その時だった。
「来たぞォ!」
西の土道に、埃と怒声が渦巻く。 馬にまたがった十人ほどの冒険者風の恰好をした無頼漢が、農場を目がけて突撃してきた。 手にした杖が光り、すぐさま放たれた《ファイヤーボール》が乾いた畑を焼く。
「火だッ! くそ、どこに──」
「リラ、下がって!」
ナヤナが娘を抱き、倉庫の陰へと滑り込む。 手に持つ杖から、微かな光が放たれた。 隼人が剣を抜き、シャーリーの前へ飛び出す。
「下がってろ、ここは俺たちがやる」
「でも……!」
「俺の“仕事”です。 雇われ用心棒の」
カレンは屋根に登り、弓を構えて構える。
「じゃあ、私はあそこから援護する。 隼人、任せた!」
***
戦闘開始。 男たちは火炎魔法やメイスを振りかざして突撃してきた。 その先頭──ひとりが何もない地面で躓き、体勢を崩す。
「うおっ!? ぐ、足が──」
見えない“何か”が、彼の脚を払った。 ナヤナの念動だった。 直接的な攻撃ではなく、隼人へのサポート。 その隙に──
「せいっ!」
隼人の踏み込み。 鞘から抜いた剣で、一人、二人と峰打ちで叩き伏せていく。 別の男が詠唱を始めようとする。
「燃え──」
ズバンッ!
「ギャアッ!」
カレンの矢が男の手を貫き、杖が地面に落ちた。 魔力が散って消え、男はその場に蹲る。
「さっきの仕返し……しとくね」
屋根の上から、彼女は次の矢を素早く番える。 ナヤナの“壁”が再び形成され、駆け寄る敵を微妙な力場で弾き、よろけさせた。
「く、くそっ、何なんだこいつら!?」
「もうイヤだァー!!」
男たちは混乱した。 馬に戻り、仲間を蹴り飛ばしてまで逃げ出す者も現れる。 カレンの矢がその背を追いかけるが──矢尻は、必ず手足や肩など、致命傷を避けた部位に命中していた。 隼人も、気絶させることに徹し、誰一人殺すことはなかった。
そして── 十人の無頼漢のうち、動ける者は叫びながら、這う這うの体で森へ消えていった。
***
静寂。 リラがナヤナの胸に顔をうずめて泣いていた。
「こ、こわかった……でも、ありがとう、お姉ちゃん……」
「……ええ。 大丈夫よ。 もう、あなたには指一本触れさせません」
ナヤナがやさしくリラの頭を撫でながら、そっと言った。 シャーリーは拳を握ったまま、隼人に向き直る。
「……やっぱり、関わるべきじゃなかったわね。 でも、ありがとう。 本当は感謝してるの。 ……だから、これ以上は──もう充分よ」
「まだ終わっちゃいませんよ」
隼人の声は静かだが、決意に満ちていた。
「こいつらの背後、調べさせてもらいます。 ……お節介で、すみません」
シャーリーは目を伏せ、少しの間、黙っていた。 やがて、わずかに微笑んで──静かに言葉をこぼした。
「……あなたたち、本当に変な人たちね。 でも……少しだけ、信じてみたくなったわ」
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