第18話 音もなく忍び寄る者
傭兵団から離れ、ひと足先に進路を取った隼人たち一行は、
山越えの末に中規模の城塞都市へとたどり着いた。
街の門前、門番が鋭い目で彼らを見下ろす。
「……うん?」
門番の目が細くなる。
そして隼人らの手の甲にある身分証明・魔法紋を照合する。
「こいつら……この手配書の連中に、ちょっと似てる気が……。
だが魔法紋は違うか」
「師匠~! 遅れました!」
そこへ、汗まみれで駆けてきたビャッコが元気よく声を上げた。
「遅かったな。 どこまでランニングしてたんだよ」
隼人が苦笑する。
それを見た守備隊長が眉を上げる。
「君たち、この少年は?」
「北の生まれで、俺の弟子です。 剣士志望で、いまは冒険者見習いを」
「四人組か……この小さな子も連れとはな」
隊長はビャッコをじっと見つめ、ふっと微笑んだ。
「少年、いい目をしているな」
「ありがとう、隊長さん!」
ビャッコが無邪気に礼を言う。
「旅は大変だが、頑張れよ」
門が開かれ、一行は無事、街へと入っていった。
「……ちょっと危なかったかな」
「だいぶ危なかったよ」
カレンが肩をすくめる。
『でも、ビャッコのおかげで大丈夫だったみたい。
警戒は完全に抜けたわ』
ナヤナが苦笑する。
「このまま自然に行こう。 先はまだ長いからな」
しかし、そんな一行を、街角の陰から見つめる影があった。
かつて“蟷螂”と呼ばれていた精霊使いの少女だった。
禍々しい仮面は消え、代わりにその鋭い視線が、
カイトこと隼人の背をじっと追っていた。
***
夜。 一行は宿を取り、久々に暖かい寝床と食事にくつろいでいた。
隼人はビャッコと二階の同室で眠りについた。
だがその頃── 風の精霊が空気の振動を遮断し、
音のない空間が生まれていた。
さらに、光の精霊が夜の闇に溶けるような幻影を生み出す。
まるで“音”も“光”もない世界。
その空間に、蟷螂は忍び込んでいた。
彼女は、ビャッコの鼻に誘眠の香をかがせ、深い眠りへと誘う。
そして── 隼人の枕元に迫り、蟷螂はゆっくりと暗殺針を抜いた。
だが、その手は震えていた。
迷いがあった。
心臓の鼓動が、耳に響くほどに強くなる。
刺さなければならない──そう言い聞かせても、腕は上がらない。
──なぜ、できない?
目を閉じていれば楽なのに、気がつけば、
彼女の視線は隼人の顔を見つめていた。
「……くそ……」
力なく振りかぶった手を下ろし、針を握りしめたまま、ただ立ち尽くす。
その刹那、隼人が身を翻して飛び起きた。
「……!」
目に見えぬ気配に向けて、無意識のままタックルをかます。
もつれ合いながら床に倒れ、闇の中でぶつかるふたつの身体。
隼人の眼前に現れたのは、あの少女だった。
「君は……蟷螂、か」
「……まだ、俺たちを狙うのか?」
だが少女は、ふっと力を抜き、針を手放す。
「……降参だ。 好きにしろ」
「……どういうことだ?」
少女は床に落ちた暗殺針を見つめ、静かに両手を挙げた。
騒ぎを聞いて、ナヤナとカレンが部屋に飛び込んでくる。
──その後。
少女は、ゆっくりと身の上を語り始めた。
……名前は、ザラ。
紅の猟犬の一員にして、梟の“養女”だった。
精霊使いとしての才能を見込まれ、幼い頃から厳しい訓練を受けてきた。
遊びも自由もなく、命令に従う道具として生きることを強いられてきた。
やがて自我を持ち始めた彼女に対し、梟は“呪具”で精神を縛り反抗を封じた。
暴力、脅迫、策略、命令──彼女の人生はそれだけだった。
「ずっと……解放されたいって、思ってた。
でも……そんな日が来るとは思わなかった」
彼女は、静かに言う。
「カイト(隼人)。 助けてくれて、ありがとう」
「なぜ、俺の部屋に忍び込んだ?」
「……すまない。 こんな生き方しかしてこなかった。
あなたを殺す気なんて、最初からなかった。
ただ、何か“武器”を持ってないと怖くて……足が動かなかった」
「骨の髄まで……義父に調教されてるんだ」
ナヤナがそっと囁く。
『この人、本当に……涙を流さず……泣いています』
「行く当ては、あるのか?」
隼人が尋ねると、ザラは静かに首を横に振った。
「よかったら、一緒に行くか?」
少しだけ逡巡していたザラに、カレンが肩をすくめる。
「この二人はさ、馬鹿みたいに善人なんだよね。
だから気にせず、ついておいでよ」
カレンの声には、どこか温もりがあった。
「私たちは逃げてるわけじゃない。
……ただ、自分の居場所を自分で決めたいだけ。
それを邪魔する奴らには、容赦しないけどね」
ナヤナが頷く。
ザラは、うっすらと微笑んだ。
「俺はナヤナを故郷に帰すつもりだ。
そのために、まずは自由都市で安全を確保したい」
「君も違う場所でなら、もう一度やり直せるんじゃないかな?」
ザラは黙って考える。 だが──
「やっぱり、だめだ」
ザラが立ち上がる。
「今はまだ、恩返しもできてない……」
そう言って、彼女は素早く部屋の窓へ駆けると、外の闇に身を躍らせた。
「待て、ザラ──!」
隼人の声も届かず、彼女の姿は夜の帳へと消えていく。
「……前を向いて生きてくれればいいがな」
窓の外を見つめ、隼人がそっと呟いた。
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