第15話 決着 二人の絆
空を覆うようにして、魔法陣が徐々に顕現していく。
直径百メートルを超える魔力の紋が、天蓋に刻まれ、
まるで世界の天井そのものが書き換えられていくようだった。
誰もが言葉を失っていた。
その圧倒的な光景に、ただ見上げるしかできなかった。
「術者を倒せば、まだ間に合う!」
カレンが叫ぶ。
「探すよ!」
ビャッコが飛び出す。
ナヤナは目を閉じ、集中する。
念波が波紋のように周囲に広がっていく。
『……いました。 南の方角、約五百メートル先です!』
カレンとビャッコが即座に走り出す。
その場に残った隼人が、振り返りざまにナヤナを見据えた。
「ナヤナ、試したいことがある。力を貸してくれないか?」
ナヤナは一拍置いて頷く。
『ええ。どうすればいいの?』
隼人は腰のホルスターから、黒鋼の短銃──ニューナンブM60を抜き上げた。
その銃口が、空に浮かぶ巨大な魔法陣を正確に捉える。
「こいつで──あの魔法陣を砕く。 ナヤナの念動を、銃弾に同調させてくれ。
射程も、威力も……限界を超えると思うんだ!」
ナヤナがわずかに目を見開く。
『……銃弾に、念を重ねる? タイミングが
……私の集中で合わせきれるか……わからない』
隼人は微笑すら浮かべず、真っすぐな瞳で告げた。
「君ならできる。信じてる」
その一言が、ナヤナの胸に火を灯す。
静かに、息を整える。
ナヤナの両目が細く鋭くなり、空気が震え始めた。
隼人が引き金に指をかける──
──パァン!
一発目。 だが、念は遅れ、弾は虚空を裂くだけ。
「ナヤナ!」
『もう一度!』
──パァン! パァン!
二発目、三発目。失敗。
風は揺れただけだった。
四発目──一瞬、銃弾が浮遊するかのような気流を伴って飛ぶ。
だが、力はまだ届かない。
残るは、最後の一発。
ナヤナと隼人の視線が交錯する。 火花のような何かが、静かに弾ける。
(……この人は、私を疑わない。 私の力を、最初から信じて……)
(だから私も──)
(あなたのために、撃ち抜く)
引き金が、静かに引かれた。
──カチリ。
銃口から放たれた弾丸に、不可視の念動波が絡みつく。
それはまるで、重力を超越した一点の意志。
空気が圧縮され、音すらも引き裂かれる。
弾丸は音速を超え、風の軌跡を引きながら天を穿つ。
──ズギャアアァアアアン!!!
空を舞っていた魔法陣に、黒き閃光が突き刺さる。
一瞬の沈黙──そして次の瞬間、魔法陣が“砕けた”。
亀裂が走り、中心から外縁へ──
まるでガラス細工が砕け散るように、
静かに、だが確実に崩壊していく。
詠唱の終わり寸前だった極大魔法は、
術式そのものが崩れ、音もなく消滅した。
梟の手にあった魔法結晶がひび割れ、
光を失い、内包された膨大なマナが虚空に散る。
「……ば、馬鹿な……」
梟が呻く。 誰もが止められなかった天災を、
たった一発の弾丸と、ふたりの“想い”が打ち砕いた。
「ば、馬鹿な……何が、起こった……!?」
梟の動揺を突いて、カレンが駆け込む。
鞭を振るい、梟の手から結晶を叩き落とす!
「よっしゃあああああっ!!」
続いてビャッコが木の棒を手に突撃。 頭に一発、面一本!
梟はそのまま気絶して崩れ落ちた。
「やってやったぜ!」
ビャッコがガッツポーズ。
「間に合った……」
カレンが息を吐く。
「魔法陣も何とかしたんだ。 すごいよ、あの二人」
「師匠! ナヤナ姉ちゃん!」
ビャッコが隼人とナヤナの元へ駆け寄る。
「カッコよかった! やっぱ師匠はすげーや!」
「無事でよかった。 ……よく頑張ったな」
隼人がビャッコの頭をぐしゃっと撫でる。
ナヤナはしゃがみ込み、ビャッコの頭をなでながら微笑む。
『心配したわよ……』
カレンが前に出る。
「こいつらの捕縛は私に任せて。 野営地が心配、すぐに加勢に行って!」
「おう!」
『はいっ!』
二人は駆け出す。 すべてが終わった後。
倒れた猟犬たちを見下ろしながら、隼人はゆっくりと拳銃を下ろした。
(あいつらは、力を持つ者が弱い者をねじ伏せていいと思ってた)
(……でも俺たちは違う。そんなものを正義とは呼ばせない)
風が吹き抜け、焦げた草の匂いがわずかに残る戦場。
それでも、隼人の表情は晴れやかだった。
(ナヤナも、カレンも、ビャッコも……この道を選んだ意味があった)
(なら、胸を張って歩けばいい)
彼は静かに、ホルスターへ銃を収めた。
***
野営地に戻った頃、戦闘は既に終わっていた。
ジョセの傭兵団が、完璧に山賊たちを制圧していた。
負傷者もほとんどいない。
「団長!」 隼人が声をかける。
「さすがだな!」
「そっちもうまくやったか? 小僧は無事だな?」
「ああ、もう心配いらない」
「はっはっはっ、上等上等。一件落着だな」
ジョセの笑顔に、仲間たちも肩の力を抜く。
だが──隼人はふと空を見上げた。
燃え尽きた魔法陣の残滓が、夜空にゆっくりと散っていく。
(……だが、これで終わりじゃない)
(敵はまだ……この空のどこかにいる)
その思いを胸に、隼人は静かに拳を握りしめた。
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