第14話 猟犬たちとの死闘
森の奥、深い影と濃密な気配の中。
古びた遺跡のような岩場の中央で、
ビャッコは縄で縛られ、無理やり膝をつかされていた。
前に立つのは、黒蜥蜴。
漆黒の戦装束に身を包み、両手には魔力を帯びたダガーを構えている。
その目は氷のように冷たい。
その隣には闘牛。
鉄板のような肩と腕を持つ巨漢戦士。
分厚い鋼板で 出来た鎧を身にまとい、
バトルアックスを軽々と担いで、不敵な笑みを浮かべていた。
そして背後には、全身をローブで包んだ精霊使い──蟷螂。
彼女の周囲には五つの光球がふわふわと漂っている。
光の精霊たちは周囲を照らし、
森の中とは思えぬ昼のような明るさを作り出していた。
最後尾に控えるのは梟。 精悍な顔立ちと冷徹な眼差し。
その手からは幾重にも張り巡らされた魔法障壁が放たれ、
仲間たちを覆っていた。
「来たな……」
黒蜥蜴が呟く。
木立の間を抜けて、三人の影が現れた。
隼人は剣を置き、ガンベルトだけを巻いた状態。
銃は見当たらない。
ナヤナは全身をローブで包み、仮面で顔を隠している。
浮遊しながら隼人の後方に続いた。
カレンも武器を外し、拳銃とバッグだけを手にしていた。
『ビャッコ!』
ナヤナが叫ぶ。
『大丈夫よ! すぐ助けてあげるから!』
「ブツをそこに置け」
黒蜥蜴が命じる。
「……わかった」
カレンが拳を握りしめ、バッグと拳銃を地面に置く。
「ビャッコを解放しなさい」
「お前たちが大人しく降伏すればな」
黒蜥蜴が笑う。
闘牛が歩み寄り、工房から頂いた試作品の拳銃を手に取る。
「本物みたいだな……」
「そうか。 じゃあ、貰っとくぜ。 ──次は死んでもらおうか」
「は?」
隼人が眉をひそめる。
「約束が違うだろ」
「お尋ね者は死ねばいいんだよ」
黒蜥蜴がダガーを構え、跳躍する。
だが、その瞬間── ナヤナが宙を滑るように飛び、隼人を越えて黒蜥蜴に接近。
蟷螂が反応し、光の精霊のひとつをナヤナに向けて発射。
爆ぜる火花。
ローブが燃え上がり、ナヤナのローブが炎に包まれる。
「姉ちゃんっ!!」
ビャッコが絶叫する。 だが、燃え盛るそのナヤナは、
怯むことなく猟犬たちの間を飛び回り、注意を引きつける。
そして、隼人の動きは、まるで電光のごとく。
一瞬、身体をひねったかと思えば──
ガンベルトの背面に隠していた銃を、腰の回転と
同時に“抜き撃ち”で放った!
──パァンッ!
黒蜥蜴の左手に銃弾が突き刺さる。
ダガーが宙を舞い、鮮血が地面に飛び散った。
「ぐあっ……! なんだ、この衝撃は……っ!?」
呻きながら後退する黒蜥蜴。
「梟っ、ガードが……効いてねぇぞッ!」
その間も、炎に包まれながら飛び回る
─そのナヤナは、念動で動かしている人形だった。
本物のナヤナは背後に控えていた。
闘牛が咆哮とともに突進する。
地鳴りのような足音が、空気を震わせた。
だが──隼人はわずかに息を吸い込んだだけ。
次の瞬間、火花が弾けるように拳銃が閃く。
──パァンッ!
轟く銃声とともに、鉛弾が一直線に闘牛の腹部へ。
分厚い金属鎧を貫き、肉を裂き、巨体をのけぞらせる。
「なッ……こんなおもちゃが……ッ!?」
闘牛がその場で膝をつき、驚愕に染まった顔で呻いた。
それでも闘牛は踏みとどまり、大斧を構える。
だが──静かに、本物のナヤナが前に出た。
静かに開かれた青い瞳が闘牛を射抜く。
ナヤナの足元から空気が波紋のように広がる。
一瞬、周囲の音が消えた。
森の虫すら鳴き止み、風も止む。
気配そのものが凍りついたかのような静寂。
指先がゆっくりと闘牛へ向けられる。
その瞬間、空気が軋み、目には見えぬ“何か”が弾けた──
静滅波。
光も熱もない。
ただ、存在の輪郭ごと押し潰すような魔力の奔流。
闘牛の表情が引きつり、硬直する。
──そして、巨体が音もなく崩れ落ちた。
「まさか……我が障壁をも貫くとは……」
梟が唖然とする。
動揺しながらも、梟は即座に命じた。
「蟷螂、時間を稼げ! 俺は……戻る!」
蟷螂は無言のまま残りの精霊を操り、ナヤナたちに襲いかかる。
ナヤナの念動で、カレンが鞭を手にし、迎撃。
隼人の銃が再び火を噴き、蟷螂の肩を打ち抜いた。
「っ……!」
精霊が一瞬、制御を失い漂う。
ナヤナがローブを跳ね飛ばす。
現れたのは、仮面をつけた黒髪褐色の肌の女性。
艶やかな流れる長髪、鍛えられた肢体。
ほぼ下着のような露出の多い服。
「え……?」
隼人が一瞬、呆ける。
ナヤナがムッとした顔で一歩踏み出す。
青い瞳が細く光る。
その指先から、まるで光の糸をねじるように、
静滅波が収束していく。
空気が震え、視界が微かに歪む。
放たれた一閃は、音も衝撃もなく、
ただ鋭く、正確に──蟷螂の仮面の中央を貫いた。
禍々しい紋様の仮面に光の余韻だけが仄かに揺れる。
その直後、蟷螂の身体がぐらりと揺れ、
操り人形の糸がぷつりと切れたように、崩れ落ちた。
黒蜥蜴が最後の力を振り絞り、ダガーを投げる。
だがその軌道を、隼人の弾丸が打ち落とす。
「……っ、な……」
最後の一発を黒蜥蜴の太ももに叩き込み、隼人は猛然と突撃。
「てめえだけはこいつでトドメだ!」
その拳が黒蜥蜴の顔面を捉え、完全に沈黙させた。
猟犬三人、すべて行動不能。
だが、そのとき。
森の向こう、空に異様な魔力の波動が満ちていく。
極大な魔法陣が、夜空に現れ始めていた。
「……これは」
「隼人! ナヤナ! 空を見て!」
『カレン、あれは……』
「まずいよ、あれは……破滅級の魔法。
……発動されたら、ここは終わる」
遠く離れた丘の上、梟が極大魔法を可能にするマナ結晶を掲げていた。
詠唱は既に最終段階へ。
「奴は──仲間ごと、俺たちを葬るつもりか……!」
緊迫の空気が、森全体を支配した。
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