第13話 前門の虎 後門の狼
風が止まり、森がざわめく。
空には重たい雲が垂れ込め、夜の帳がゆっくりと地を包み始めていた。
街道沿いの村々や休憩拠点。
そのあちこちに紛れた山賊たちから、ついに報告が入った。
──標的が動いた、と。
「隊商が街道を進んでくる。 あと半刻もすれば、こちらの罠圏内に入る」
黒蜥蜴は顎に手をやり、にやりと口元を歪めた。
「……山賊どもに伝えろ。 先頭を襲わせろ。
左右から包囲して、騒乱を起こさせるんだ」
その場にいた頭目が戸惑いの色を浮かべた。
「先頭だけ、ですかい? 全部じゃなくて?」
「いいんだよ」
黒蜥蜴は冷たく言い放つ。
「奴らの護衛──傭兵団の力を前に引き寄せられれば、
それでいい。 俺たちの仕事は“後ろ”だ」
(山賊がどうなろうが構わん……時間さえ稼げればな)
策は整った。 だが、その直後。 梟が鼻を鳴らして笑った。
「くっくっく……信じられん甘さよな。
やつらの隊に、子供が一人混じってるらしい」
「ガキか。 カムフラージュって線もあるが……容赦はしねぇ」
闘牛が腕を鳴らす。 蟷螂は無言。 だが、精霊の一つが小さく震えた。
黒蜥蜴は思案顔で視線を森へ向ける。
「……攫うか。 人質がいれば、面倒も減る。 蟷螂!」
名を呼ばれると、精霊使いは微かに頷いた。
「風の精霊を使って、ガキを攫ってこい。
野営中なら、隙はいくらでもある」
命令に逆らう様子は一切見せず、彼女は静かにその場を離れていった。
──残った猟犬たち。 そこには、血塗られた計画が進行していた。
「奴らの強さは、あの拳銃と……精神攻撃を使う小娘だ」
黒蜥蜴は、焚き火を見つめながら言い切った。
「ならば──小僧を人質に取って、動きを封じる。拳銃も同時に奪う」
彼の声には確信があった。
「小娘には……蟷螂をぶつける。 あらかじめ精霊を従えておけば、
何もさせないまま火だるまにできる」
冷酷な作戦に、梟が静かに相槌を打つ。
「それでいいだろう。 小娘には、わしも攻撃魔法を用意しておく。
念動障壁を貫くであろう特製のやつだ。万全を期す」
最後に、闘牛がニヤリと笑って言った。
「じゃあよぉ──隼人と、あの小娘じゃない方。
カレンってのは……俺様が殺っていいんだな?」
「ああ。好きにしろ」
黒蜥蜴は一言で切り捨てた。
「ただし──遅れるなよ。すべては“同時”に決まる」
***
夜。 隊商の野営地。
星は厚い雲に覆われ、焚き火だけが光を放つ。
その外れ、少し離れた岩陰で食事をとっていた隼人は、
ふと周囲の静寂に違和感を覚えた。
「……あれ、ビャッコは? あいつどこまでランニングに行ったんだ?」
立ち上がりかけたその時、
──ズガァンッ!!
魔法弾が地面をえぐり、山賊の怒声が野営地を駆け巡った。
「襲撃だ!」
隼人は反射的に飛び上がり、腰に手を伸ばす。
その瞬間、頭に直接響くような声が流れ込んできた。
風の精霊を使った遠隔通信だった。
黒蜥蜴の声がする。
『隼人とナヤナ、カレンだな? 子供は預かった。
取り返したければ──武器を捨て、森の奥へ来い』
『拳銃とバッグもだ。 それは、女に持たせろ。
逆らえば……小僧の首を掻き切るぜ』
殺気を含んだ、卑劣な通告だった。
「この声……あいつらだ」
カレンが低く、憎しみをにじませた声を出す。
「誰なんだ?」と隼人。
カレンは眉をひそめ、唇を噛む。
「ギルドの鼻つまみパーティーさ。 正式名“ブラッドドッグズ”。
通称は紅の猟犬。 実力はSランク……でも、
やり方があまりにも卑劣すぎて、ランクはA止まり」
「手ごわそうだな」
『ビャッコが……』
ナヤナが小さく、しかし確かな念話で言った。
『助けないと』
隼人はうなずき、拳を握る。
「ああ、行くぞ」
そこへ傭兵団の団長、ジョセが駆け寄る。
筋肉質な体に、乱れのない装備。
歳は若いが、眼光は鋭い。
「みんな! 山賊だ。 ……カイト、いくぞ」
隼人が声を潜めて言った。
「すまんジョセ、ビャッコが攫われた。 山賊の別動隊だと思う」
「なんだと?」
ジョセが一瞬だけ目を細める。
「人質に取られるとまずいな……カイト、ビャッコを助けに行け」
「前方の山賊は大丈夫か?」
ジョセはにやりと笑った。
「任せておけ。 あたいらはプロフェッショナルだ。」
「ありがとう、団長!」
ラーナ(ナヤナ)が叫ぶ。
「カイト(隼人)、さっさと片付けて、団長に加勢しよう!」
カレンが拳を握りしめる。
「……恩に着る」
隼人が深く頭を下げると、ジョセはくるりと背を向け、颯爽と駆け出した。
「行け! 小僧を取り戻してこい!」
背中から放たれたその声に背を押され、隼人たちは森の奥へと駆けていった。
ビャッコを救うために──
そして、血塗られた猟犬たちに真っ向から立ち向かうために。
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