第12話 猟犬と山賊
沈んだ太陽が西の山に隠れ、森が濃い影を落とす頃。
王都から西へ続く街道、その先の交易都市を目前にした一帯に、
一際異様な気配を纏う者たちが現れた。
──紅の猟犬。
漆黒のマントをなびかせた男、黒蜥蜴。
鋭く細い目、口元には常に皮肉が張り付いている。
その隣を歩くのは、巨漢の戦士・闘牛。
屈強な腕と分厚い肩、背には巨大な戦斧を担いでいる。
そして、薄暗い森の中でも浮かび上がるように佇む女がひとり。
深いフードを被ったまま、顔はほとんど見えない。
だがその背後には、 青白く燃えるような炎の精霊が十体、
整列するように浮遊していた。
「……本気でやるなら、この森ごと焼き払っても構わん」
黒蜥蜴が吐き捨てるように言った。
彼らが訪れたのは、この一帯を縄張りにする山賊どもの隠れ家だ。
獣臭と汗の染みついたテントが雑多に並び、
その中心には焚き火を囲んだ粗野な男たちが二~三十人ほどか。
その中の一人、頭目と呼ばれる大男が、猟犬の一行を見て目を見開いた。
「な、なんだてめぇらは……!」
黒蜥蜴は既に何人かの山賊を拘束し、人質として足元に転がしていた。
ロープで縛られたその様子を見て、頭目は歯を食いしばる。
「問答は無用だ」
黒蜥蜴は一歩前へ出ると、圧をかけるように言った。
「我々に協力しろ。 首尾よくことが済めば、お前たちの略奪や暴行は見逃してやる」
「なんで、俺らなんだ……あんたらの実力なら、誰も敵わねぇだろうが……」
頭目が唸るように言う。 だが、その声には既に諦めの色が混じっていた。
「理由を言う必要はない」
黒蜥蜴はぴしゃりと返す。
「強敵と戦えとは言わん。 索敵と、露払い。 それだけでいい。
……出来ないとは言わせん」
黒蜥蜴の背後、蟷螂──いや、フードを被った蟷螂が、
無言のまま十体の炎の精霊を操る。
青白い火球たちは、淡く、そして不気味に森を照らしていた。
頭目はしばし沈黙したのち、乾いた声で笑った。
「……手伝う以外の選択肢なんざ、最初からねえってわけだ」
黒蜥蜴はニヤリと笑った。
「賢明な判断だ。 標的と作戦を伝える。 ……隠れ家に案内しろ」
こうして、猟犬たちは山賊二〜三十人を従え、
交易都市手前の街道で、隼人らの一行を待ち受ける罠を張ることとなった。
***
荒れた森林の奥深く。
岩肌に穿たれた洞窟のような山賊のアジトに、
ひとつ、またひとつと足音が響いた。
紅の猟犬たちが山賊どもを従えて戻ってくる。
黒蜥蜴が先頭で扉を押し開き、部屋の奥に陣取る。
闘牛は入るなり「オイ、酒と肉を持てぇ!」と山賊を怒鳴りつけ、
ぶ厚い腕を無遠慮に振り回しながら、火を囲む席へと踏み込んでいく。
その喧騒を遠巻きに、蟷螂はアジトの隅で一人、
ローブの影から仲間たちをじっと見ていた。
仮面を着け表情は読めない。 だが、微かに目元が冷たい光を帯びていた。
まるで、そこにいる誰もが敵でも味方でもないように。
そして──最後にアジトへと足を踏み入れたのは、梟だった。
その歩みはゆったりとしていたが、決して油断はなかった。
彼の目は常に周囲を測り、何かを見透かすような光を宿している。
静かに、誰とも言葉を交わさず、部屋の隅の影へと腰を下ろす。
その懐から、ふと取り出されたのは
──拳ほどの大きさを持つ、深紅の魔法結晶だった。
ぼんやりと脈動するそれは、ただの装飾品などではない。
膨大なマナを高純度で封じ込めた、極大魔法専用の“カプセル”だった。
(……ギルマスターからの“餞別”ってわけか)
小さく鼻で笑う。
(最悪の場合はこれを使って、味方ごと標的を“蒸発”させろ──ね)
静かに、指で結晶を撫でながら、その目が細められる。
(ふん、焼きが回ったなギルマス。おれたちにこんな玩具を託すとは)
唇の端が、皮肉げに吊り上がった。
(だが……用心に越したことはないか)
思い浮かぶのは──弓矢の束をも無理やり押し返す念力。
銃という未知の武器で、肉体を貫通させた異世界の男。
そして、静滅波という理解不能な波動で空間を断ち切る異星の少女。
(“転生者”という存在……何をどこまで想定しておくべきか、
見誤れば足元をすくわれる)
炎の揺らめきが、結晶の表面で脈打つように反射した。
彼の目には、その赤が“血の予兆”のように映った。
(ふふふ……だが、楽しみでもある。どんな結末を迎えるか)
その夜、アジトの空気には静かな緊張が漂っていた。
猟犬たちは、まだ気づいていない。
この戦いが、ただの追撃戦では終わらないことを。
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