第11話 見張りは任せろ!
白く曇った息が、朝焼けの空に溶けていく。
北方の街の西門前には、ずらりと三十台以上の荷馬車が並んでいた。
どの荷車にも北の名産──乾燥魚や保存用の根菜、
鉱石や薬草などがぎっしりと積まれ、荷台を覆う帆布が、朝風にかすかに揺れている。
この大規模な隊商は、北の豪商として知られるタヤタカ商会が組織したものだった。
目的地は西、自由都市同盟。 険しい山脈を越える長旅である。
商会は護衛のため、Aランク評価の実力派傭兵団を
専属で雇っていた。 団員は二十名。
いずれも歴戦の猛者揃いで、その名は護衛業界では知らぬ者がいない。
ただ今回、その傭兵団だけでは人手が足りず、数名の“臨時”助っ人を募集していた。
そこにカレンが巧みに割り込んだ。
──そして今、その“選考”の場に立っていたのが、隼人たちだった。
その一角で、隼人たちは背を伸ばし、
目の前の巨体に見上げるような視線を向けていた。
「……ほぉ、あんたらがシャーリーの紹介かい?」
大きく太い声でそう言ったのは、身長一九〇センチはあるだろう、
見上げるような長身の女だった。
金色のショートヘアをラフに撫でつけ、
鍛え抜かれた筋肉が、鎖帷子の下からでもわかる。
肩にはでかい鉄製のメイス。
風貌はまさに戦場の獣――なのに、ふと笑うと、目元に柔らかさが宿る。
「剛力」の異名を持つ、魔法戦士ジョセフィン。 通称、ジョセ。
《アイアン・グレイン》の団長である。
彼女は、シャーリーから託された紹介状を丁寧に読みながら、
隼人たちを順番にじろりと睨むように見回した。
「……ふむ。 見た目は悪くねぇ。 シャーリーの紹介なら、
悪党ではなさそうだ。 けど……なんか、あんたら……」
ぐいと首を傾げ、隼人の顔をじっと見つめた。
「どっかで見たような気がすんな。 ……最近、どこかで……」
「えぇー!? 団長さん、私ら初対面ですよぅ?」
カレンが肩をすくめて、あっけらかんと笑ってみせる。
「うちみたいな流れ者パーティー、どこにでもいますからね。
勘違いかもしれません」
隼人も苦笑しながら返す。
「……ま、いいか。 紹介があるし受け入れてやるよ。
途中でヘマしたら叩き出すけどな」
ジョセがニッと笑ったとき、小柄な影が隼人の背後から前に出た。
「団長さん、めっちゃ強そうだな! おいらにも、必殺技見せてくれよ!」
ビャッコだった。 褐色の肌に、まだあどけなさの残る顔。
だけどその目には、明確な“憧れ”の光があった。
「なんだガキもいるのか? ……見習いか?」
「孤児でな。 弟子にして面倒みてる。
まだ戦力にはならんけど、荷運びと見張りぐらいはできる」
「ふん、面白ぇ小僧だ。 よし、鍛えてやるよ。 途中で泣いても知らねぇぞ?」
「うん、おいら頑張る!」
ジョセは豪快に笑った。
「よし、準備が整ったら出るぞ! この隊商は、
これから自由都市を目指して“山越え”だ。 気合い入れていけ!」
護衛隊長の号令が響き、馬の嘶きと車輪の軋む音が混じり合う中、
荷馬車の列がゆっくりと門を越えていく。
その中に、隼人たちの姿もあった。
──こうして、一行の新たな旅路が始まった。
幾つもの出会いと戦いが、彼らを待っている。
***
出発から三日目の夜。 隊商はなだらかな峠の手前で野営していた。
三十台の荷馬車が半月を描くように並び、
中央には焚き火の灯りと番小屋代わりのテントがある。
遠くでは夜鳥の鳴き声が響き、あたりを低い霧がうっすらと包み込んでいた。
その静寂を破ったのは──微かな、小石を踏む音だった。
「……ん?」
野営地の外れ、鉱物を積んだ荷車の裏手で、
夜番をしていたビャッコが眉をひそめた。
彼は焚き火に背を向け、耳を澄ませる。
わずかな足音、風の流れ、空気の違和感……。
──何かが、近づいている。
「師匠っ……!」
駆け足でテントへ戻ったビャッコは、隼人の寝袋を小突いた。
「……盗賊か?」
「たぶん。 二人か三人、鉱石の馬車のとこ。 たぶん高価な鉱石を狙ってる!」
隼人は寝袋から身を起こすと、すぐに腰の剣と装備袋を手に取った。
「よくやった、ビャッコ。 ……カレン、ナヤナ、起きろ」
声をかけると、すぐに二人も身支度を整える。
『手伝います』
ナヤナが静かに念話を送ってくる。
その顔には眠気はなく、既に戦闘モードに切り替わっていた。
「魔法強化の縄を持て。 ……あいつら、コソ泥だ。
騒ぎを大きくする前に抑える」
全員がうなずき、影のように動き出した。
***
ナヤナが目を閉じ、周囲の索敵を始める。 敵を遠視の能力探り出す。
『左手、奥へ五十メートル。 三人です。 身長、一六〇から一七〇。
武器は短剣と袋。 殺気なし──ただの盗賊ですね』
隼人とビャッコは馬車の下へ潜り込み、身を潜めた。
「ここで待つぞ。 俺が出たら、お前は縄を投げろ」
「うん、おいら、やる!」
その小さな手が、きつく縄を握る。
カレンは逆側から、盗賊たちを待ち伏せる。
馬車の近くへ来るまで息を潜めて待つ。
──やってきた。
三人の盗賊が、静かに鉱石の荷馬車へ忍び寄ってきた。
「へへ……この一袋、王都に持って帰りゃ……」
その声が途切れる。 馬車の下から、隼人が飛び出した。
ドン!
柄の部分が盗賊の鳩尾に突き刺さり、男は呻く間もなく昏倒する。
「な、なに──!?」
二人目の盗賊に向けて、カレンの鞭が風を切って伸びた。
クルッと巻きつくと、男の両腕が後ろに固定され、バランスを崩して転倒。
「もう一人は……!」
『ここです』
ナヤナの念動が放たれる。
見えない力が、三人目の盗賊の足元を叩く──小指に正確に命中。
「……っっぐおぉぉ……!!」と声にならぬ声を漏らし、悶絶する盗賊。
「今だ、ビャッコ!」
「うん!」
少年が駆け寄り、次々と縄を投げて盗賊たちの手足を拘束していく。
その手際は慣れてはいないが、真剣そのものだった。
──数分後、三人の盗賊は完全に捕縛され、動けなくなっていた。
***
騒ぎを聞きつけて、鎧の音を鳴らしながら現れたのは、
傭兵団の団長──ジョセだった。
「盗賊か!? ……おおっ、やるじゃねえか!」
豪快に笑って、足元の盗賊を見下ろす。
「お前ら、なかなかやるな。 特に……そこの小僧」
「お、おいらっ?」
ビャッコがきょとんと顔を上げる。
「お前が見つけたんだろ? よくやった。 ……そうだな。
褒美に、小遣いくれてやるよ!」
ジョセは懐から小袋を出して銀貨を手渡す。
「やったー! すげえ!」
ビャッコが大喜びして抱きかかえるように銀貨を握る。
その笑顔に、ジョセも肩をすくめて笑った。
「こりゃ、将来楽しみだな。 小さいくせに、なかなか頼れる見張りだ」
隼人は静かに、ビャッコの頭を軽く撫でた。
「お前はもう、立派な仲間だよ」
その言葉に、少年の胸が熱くなった。
この夜、初めて“誰かの役に立てた”という実感が、
ビャッコの心に灯った。
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