表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋愛・短編

信用がない俺を信じなかった彼女はざまぁされた

作者: chise

 ほんと、ざまぁみろって感じだわ。


 数時間前はあんなに強気だった彼女が。どうせ後悔するくせに、俺をあんなにまくし立て、せめていた彼女が。


 今や俺のために泣いている。


 体中の水分を使い切るまで、身を削るまで、声が枯れた後も、こいつは泣く気なのだ。


 は〜、マジで気持ちいいわ。


 ようやく思い知ったようだ。


 ずいぶんと遅かったようだけど。



 ◇◇



 俺と麻琴(まこと)は、学生時代から恋人だった。


 初めて高校で知り合ったときから、なんだか不思議なオーラを感じていた。


 出身はとても離れていて、小学校も中学校も全く違う場所を卒業しており、お互い塾等の経験もない。だから、会ったことはないはずである。なのに、以前話したことがある気がした。


 麻琴もそう思っていたらしく、


「なーんか、進二(しんじ)くんとは前から知り合いだったみたい」


 とよく言っていた。


 今思えばその勘は正しかった。俺と麻琴はすぐに打ち解けた。誰からも仲良しだと言われ、男女の友情は成立するのだと誰もが確信した。だが友情だけでは飽き足らず、結局恋仲となった。


 俺たちは運命だったのだと思う。


 その後も仲の良さは変わらず、平和な関係を保ち続けた。高校ではみんなが知っている、ラブラブカップルと成り果てた。


 当然喧嘩は幾度となくした。けれど、2日もすれば収束したし、関係を脅かすほどの大喧嘩はしたことがなかった。


 高校卒業まで一度も別れ話はなく、麻琴は専門学校へ、俺は大学へ進んだ。新しい環境に身を置いたあともトラブルはなかった。


 しかし、大学に通って2年目のある日、事件は起きた。


 付き合って以来初めての、類を見ない騒ぎだったと思う。



 ◇◇



 その日は日曜日で、駅で集合した後、一緒に遊ぶ予定だった。


 麻琴はいつも来るのが早い。一方、俺は常に待ち合わせに遅れる。


 約束の時間より10分遅れるくらいなら、よくあることだ。30分遅れることもある。麻琴は、遅刻癖だけが俺の嫌いなところだったという。


 なぜ時間にルーズなのか。それは、時間の感覚がおかしいからだ。


 10分で到着すると思っていたが、実際は15分必要だった。そんな誤算のために、俺は、数多(あまた)の信用を失ってきた。


 しかし、その日は心配する必要はなかった。集合場所の駅は、毎日の通学に使っているところ。だから、出発時間さえちゃんとすれば、問題なく到着できる。


 ……はずだった。


 その日は予定通りの時間に起床し、余裕をもって家を出た。道中の横断歩道や踏切で、全て道をふさがれようと、ピッタリの時間には着ける。それくらいの自信に満ちていた。


 しかし、道をふさいでいたのはそんな生やさしいものではなかった。


 踏切を通ろうとしたところ、やはり警報機が鳴った。いつもこの時間に鳴るんだよな……と、内容を知っているドラマを観ている気持ちで待っていた。


 ふと、後ろから、歩く音が聞こえた。まあ、自分の背後で立ち止まるだろう……と思い気にしていなかった。


 しかし、そうはならなかった。その足音は俺を抜かし……遮断された線路の中へ立ち入ろうとしていた。


「ちょ、危ない!」


 俺は理性を手放した。かわりに、足音の主の腕をつかんだ。


 死ぬ寸前に命綱をつかみとったときのような、緊張感まみれの手汗に邪魔される。けれど、けして放してはならない……放したらきっと負けだ。


 その腕は骨と皮だけでできており、筋肉など知らなかった。この歳の女の子の腕ではない。大抵、もっとふわふわな体つきだろう。強くつかんだら簡単に折れてしまいそうだ。腕には傷つけた痕が幾つもあって、本当に、すっと千切れそうだ。そんな頼りない命綱だった。


 電車が通り過ぎる時間が長かった。今放したら……と思っては、命綱に力を込め続ける。自分の力のすべてをかけて、その女の子の命を、脆い綱を、ひきとめる。


 ようやく警報機のカウントダウンは終わった。俺は女の子をまだ放さない。


「……どうして」


 俺はこういうとき、何を喋ればいいのか心得ていない。見ず知らずの相手だから、どこに連れていけばいいかもわからない。話を聞いても、無責任な綺麗ごとしか言えない。それに、俺も一応、このあと約束がある。


「こんなことしたらだめだよ」


「……」


「誰も幸せにならないし、誰も見返せない」


「……」


 女の子は黙ってうつむく。涙も浮かべず、目も合わせず、ただ視線を下げているだけ……。そんな彼女を見て、俺は一瞬……本当に、一瞬。


 この子のチャンスを奪ってしまったのかもしれない、と……思った。


 勇気を出して、この子がようやくつかみとったチャンスが……。


 でも、チャンスを奪っていたとしても、俺は、見殺しなんてできない。



 ◇◇



 とりあえず、警察に保護してもらった。


 事情を説明し、なんとか助けてやってください……と託した頃には30分くらい経っていた。


「やべぇ……」


 あのとき手放した理性が戻らず、連絡をするという冷静な判断ができていなかった。


 即待ち合わせ場所へ向かい、すぐに謝った。


「ごめん!本当にごめん……」


 あのことを話したら言い訳のようになってしまうと思い、言わなかった。


 しかし、麻琴は、遅刻癖のある俺にうんざりし、呆れていた。


「どうせ寝坊したんでしょ」


 女はイライラを溜め込み、後になって突然放出する……何処かで聞いた話が不意によみがえる。


 そのせいか俺は、さっきのことを話してしまった。


 どうにかして、今日のことは仕方ないと思ってほしかったのだ。


 けれど……とってつけたように話したせいだろうか。


「それ、本当?」


「本当だよ……!」


「連絡くらいしない?」


「余裕がなかったんだ」


「だとしても、引き止めてすぐに警察に届けたら、こんなに時間かからなくない?警察って、駅前の交番でしょ?すぐ近くじゃん。どちらにしても、出発は遅かったんじゃない?遅く出たなら連絡してよ」


「だから、早く出たんだって……信じてよ」


「もういいよ、この話は」


 こんなときに限って、矢鱈と面倒くさく、疑り深い。俺はコイツに心底落胆した。


 このまま一緒に過ごしたところで、楽しいわけが無い。


 時間が解決するまで一緒にいたくない。


「俺、帰るわ」


「はぁ?」


 改札を抜ける直前。俺は(きびす)を返した。


 麻琴はすでに改札を抜けていた。向こう側で後ろを振り向くところが見える。


「ちょっと待ってよ!自分勝手過ぎるでしょ!そもそも、疑われるのは日頃の行いのせいじゃん」


「それは悪いけどさ……。でも、これだけ弁解しても信じてくれないなら、俺も、もういいよ。お前とは」


「ねぇ……待って!待ってってばっ!」


 時すでに遅しだ。


 さっさと駅を出て、帰ろう。


 後ろで麻琴が何か言っていたが、気にせず来た道を戻る。今はまだ打ち解けるときじゃない。


 来た道ということで、交番の前を通り過ぎる。……と。


 交番の中には、まだ女の子がいた。


 しかし、かなり会話が行き詰まっているように見える。


 どうしたものか……と思っていたそのときだった。


 女の子が交番を飛び出した。


「待ちなさーい!」


 警察官たちが出ていくところをはち合わせてしまう。流れで、3人の大人がそろって彼女を追いかける。


 彼女は、また踏切で全てを投げ出そうとしているのだ。


 そんなことはさせられない。


 無我夢中で走るけれど、俺たちよりも一歩早く抜け出しているせいで、なかなか追いつけない。


 そして、女の子が踏切まで着いてしまった。


 目の前の遮断機を、命綱だったはずの腕で、抵抗なく退かす。そして、中へ侵入した。


 それを見た途端に、俺の足は2倍速になった。


 警察官の人たちと、あっという間に差ができる。


 俺とあの子の勝負になることを確信した。


 一瞬で踏切に着いて、俺は、間に合ったとひとまず安堵する。


「まだ生きろ!」


 精一杯女の子を突き飛ばし、向こう側に行ったのを確かめる。


 これでミッション達成……か?


 ふと気づく。


 あ、俺いま踏切の中


「……っ!」




 ◇◇



 

 ほんっとうに、ざまぁみろ。


 いっつもそう。いつも麻琴は俺より先のところにいる。


 待ち合わせは先に待ってばかり。今回なんてひどすぎる。遅れた俺が弁解しても、早合点してる。そのくせ、一緒に行きたいからって先に改札を抜けている。


 なのにズルい。



 今回だけは、俺が先だった。



 いっつも先に待ってたくせに、最後の会話は「待って!」「ちょっと待って」だなんて、情けない。


 ほんっとうに情けねぇな。


 待ってほしいのはこっちだ。


 先走って疑ったり、うんざりしたり、呆れたり、そのくせ一緒に遊びに行こうとする。


 どうして信じてくれなかったんだ。やっぱあれか。日頃の行いってやつ?


 そっか、元は俺が悪かったんだ。


 じゃあ、俺こそ待ってなきゃいけなかったのかな。あのときの「ちょっと待ってよ」に応えなきゃいけなかったのかな。


 でもそしたら、さっき助けたはずの女の子は死んでいた。


 ひょっとしたら、俺たちが乗った電車の下で……。


 だから俺はこれでいい。



 ◇◇



 でも、未練がある。だからまだいけない。


 待たせている誰かがいる。


「……」


『……なぁ』


「……」


『おい』


「……」


『なんか言えよ、気まずいだろ』


「進二……」


『あ、言ったほうが気まずかったわ』


 うつむいて、麻琴はひたすら黙り込む。彼女の中で、いったいどれだけの思いがあふれているのだろうか。


「……」


『……』


 しかし、急に。


「……へへっ」


 突然、すっと両の口角をつり上げた。


 笑っている。


「これで良かった。喧嘩したまま別れられて良かったんだよ……」


『どうして』


「大好きの最高潮から、どん底まで落ちるほうがつらい。それよりは、憎んだままだから。どん底のまんまだから、マシ」


『ほう』


「そうだよ。マシなはずなんだよ。私は、どん底のまんまだからマシ。そうだと思う。そうだと信じてるのに。……全然マシじゃない」


『そうなの?』


「私、ちゃんと信じれなかった。進二のこと。惨状をみて初めて、あぁ、そうだったんだって、理解した。でも、言葉じゃすぐに受け入れられなかった」


『本当だよ、ひどいな』


 麻琴はずっとひとりで悔やみ続ける。けれど、なかなか涙は流さなかった。


 だが、彼女のダムは突然決壊した。


「やっぱもう一度会いたい!もっかいチャンスが欲しい。せめて……せめて、ちゃんと別れを告げたい……後悔のないさよならをしたい。少しでも話がしたい……」


『……麻琴』


「進二……信じてあげれなくて、ごめん」


『ダジャレみたく言うなよ』


 俺はなんとかこの雰囲気をほぐそうとする。


 でも、いくらこの俺があたふたしたところで、自己満足だ。


 けど。せめて、俺も……。麻琴と……。麻琴と。


 できるはずもないってわかるけど。


 麻琴の背中に手を伸ばす。


 抱きしめたくて……。


 だけど。


『……!?』


 ばっと立ち上がった。


「私、もう行かなきゃ」


『……』


「次の瞬間に行かなきゃ」


『……次の……』


「私は生きてるから」


 そう言って、麻琴は俺の体をすり抜けていく。


 麻琴と俺は……。最初からすれ違っていたのだろうか。


 いやそんなはずないだろ。


 だけど、もういつもとは違う。


 麻琴も俺も。




 もう、待ってくれない。


 読んでくださりありがとうございます。


「面白い」

「もっと読みたい」

と感じていただけたら、「☆☆☆☆☆」を押して応援してくださると嬉しいです。


 リアクションのみでも構いませんので、ぜひ、感じたことを作者に伝えてほしいです!


 励みになりますので、最後に評価をどうかお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
オオカミ少年と同様に、日ごろの行いのツケを支払っただけなのに、冒頭のざまぁ発言をする彼氏にドン引きです。 そもそも、彼女のように日本人的な時間にきっちりした人と彼氏のように時間にルーズな人は、根本的に…
彼女に後悔はあれど、ざまぁはされてなくない?
理想の「別れ」を求めるけど、希望通りになることはほぼない。 この話、信じてくれないのは9分9厘彼氏が悪いのだけど、あえて最期に彼女から「行かなくちゃ」という言葉が出るということは執着はなかったのでしょ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ