信用がない俺を信じなかった彼女はざまぁされた
ほんと、ざまぁみろって感じだわ。
数時間前はあんなに強気だった彼女が。どうせ後悔するくせに、俺をあんなにまくし立て、せめていた彼女が。
今や俺のために泣いている。
体中の水分を使い切るまで、身を削るまで、声が枯れた後も、こいつは泣く気なのだ。
は〜、マジで気持ちいいわ。
ようやく思い知ったようだ。
ずいぶんと遅かったようだけど。
◇◇
俺と麻琴は、学生時代から恋人だった。
初めて高校で知り合ったときから、なんだか不思議なオーラを感じていた。
出身はとても離れていて、小学校も中学校も全く違う場所を卒業しており、お互い塾等の経験もない。だから、会ったことはないはずである。なのに、以前話したことがある気がした。
麻琴もそう思っていたらしく、
「なーんか、進二くんとは前から知り合いだったみたい」
とよく言っていた。
今思えばその勘は正しかった。俺と麻琴はすぐに打ち解けた。誰からも仲良しだと言われ、男女の友情は成立するのだと誰もが確信した。だが友情だけでは飽き足らず、結局恋仲となった。
俺たちは運命だったのだと思う。
その後も仲の良さは変わらず、平和な関係を保ち続けた。高校ではみんなが知っている、ラブラブカップルと成り果てた。
当然喧嘩は幾度となくした。けれど、2日もすれば収束したし、関係を脅かすほどの大喧嘩はしたことがなかった。
高校卒業まで一度も別れ話はなく、麻琴は専門学校へ、俺は大学へ進んだ。新しい環境に身を置いたあともトラブルはなかった。
しかし、大学に通って2年目のある日、事件は起きた。
付き合って以来初めての、類を見ない騒ぎだったと思う。
◇◇
その日は日曜日で、駅で集合した後、一緒に遊ぶ予定だった。
麻琴はいつも来るのが早い。一方、俺は常に待ち合わせに遅れる。
約束の時間より10分遅れるくらいなら、よくあることだ。30分遅れることもある。麻琴は、遅刻癖だけが俺の嫌いなところだったという。
なぜ時間にルーズなのか。それは、時間の感覚がおかしいからだ。
10分で到着すると思っていたが、実際は15分必要だった。そんな誤算のために、俺は、数多の信用を失ってきた。
しかし、その日は心配する必要はなかった。集合場所の駅は、毎日の通学に使っているところ。だから、出発時間さえちゃんとすれば、問題なく到着できる。
……はずだった。
その日は予定通りの時間に起床し、余裕をもって家を出た。道中の横断歩道や踏切で、全て道をふさがれようと、ピッタリの時間には着ける。それくらいの自信に満ちていた。
しかし、道をふさいでいたのはそんな生やさしいものではなかった。
踏切を通ろうとしたところ、やはり警報機が鳴った。いつもこの時間に鳴るんだよな……と、内容を知っているドラマを観ている気持ちで待っていた。
ふと、後ろから、歩く音が聞こえた。まあ、自分の背後で立ち止まるだろう……と思い気にしていなかった。
しかし、そうはならなかった。その足音は俺を抜かし……遮断された線路の中へ立ち入ろうとしていた。
「ちょ、危ない!」
俺は理性を手放した。かわりに、足音の主の腕をつかんだ。
死ぬ寸前に命綱をつかみとったときのような、緊張感まみれの手汗に邪魔される。けれど、けして放してはならない……放したらきっと負けだ。
その腕は骨と皮だけでできており、筋肉など知らなかった。この歳の女の子の腕ではない。大抵、もっとふわふわな体つきだろう。強くつかんだら簡単に折れてしまいそうだ。腕には傷つけた痕が幾つもあって、本当に、すっと千切れそうだ。そんな頼りない命綱だった。
電車が通り過ぎる時間が長かった。今放したら……と思っては、命綱に力を込め続ける。自分の力のすべてをかけて、その女の子の命を、脆い綱を、ひきとめる。
ようやく警報機のカウントダウンは終わった。俺は女の子をまだ放さない。
「……どうして」
俺はこういうとき、何を喋ればいいのか心得ていない。見ず知らずの相手だから、どこに連れていけばいいかもわからない。話を聞いても、無責任な綺麗ごとしか言えない。それに、俺も一応、このあと約束がある。
「こんなことしたらだめだよ」
「……」
「誰も幸せにならないし、誰も見返せない」
「……」
女の子は黙ってうつむく。涙も浮かべず、目も合わせず、ただ視線を下げているだけ……。そんな彼女を見て、俺は一瞬……本当に、一瞬。
この子のチャンスを奪ってしまったのかもしれない、と……思った。
勇気を出して、この子がようやくつかみとったチャンスが……。
でも、チャンスを奪っていたとしても、俺は、見殺しなんてできない。
◇◇
とりあえず、警察に保護してもらった。
事情を説明し、なんとか助けてやってください……と託した頃には30分くらい経っていた。
「やべぇ……」
あのとき手放した理性が戻らず、連絡をするという冷静な判断ができていなかった。
即待ち合わせ場所へ向かい、すぐに謝った。
「ごめん!本当にごめん……」
あのことを話したら言い訳のようになってしまうと思い、言わなかった。
しかし、麻琴は、遅刻癖のある俺にうんざりし、呆れていた。
「どうせ寝坊したんでしょ」
女はイライラを溜め込み、後になって突然放出する……何処かで聞いた話が不意によみがえる。
そのせいか俺は、さっきのことを話してしまった。
どうにかして、今日のことは仕方ないと思ってほしかったのだ。
けれど……とってつけたように話したせいだろうか。
「それ、本当?」
「本当だよ……!」
「連絡くらいしない?」
「余裕がなかったんだ」
「だとしても、引き止めてすぐに警察に届けたら、こんなに時間かからなくない?警察って、駅前の交番でしょ?すぐ近くじゃん。どちらにしても、出発は遅かったんじゃない?遅く出たなら連絡してよ」
「だから、早く出たんだって……信じてよ」
「もういいよ、この話は」
こんなときに限って、矢鱈と面倒くさく、疑り深い。俺はコイツに心底落胆した。
このまま一緒に過ごしたところで、楽しいわけが無い。
時間が解決するまで一緒にいたくない。
「俺、帰るわ」
「はぁ?」
改札を抜ける直前。俺は踵を返した。
麻琴はすでに改札を抜けていた。向こう側で後ろを振り向くところが見える。
「ちょっと待ってよ!自分勝手過ぎるでしょ!そもそも、疑われるのは日頃の行いのせいじゃん」
「それは悪いけどさ……。でも、これだけ弁解しても信じてくれないなら、俺も、もういいよ。お前とは」
「ねぇ……待って!待ってってばっ!」
時すでに遅しだ。
さっさと駅を出て、帰ろう。
後ろで麻琴が何か言っていたが、気にせず来た道を戻る。今はまだ打ち解けるときじゃない。
来た道ということで、交番の前を通り過ぎる。……と。
交番の中には、まだ女の子がいた。
しかし、かなり会話が行き詰まっているように見える。
どうしたものか……と思っていたそのときだった。
女の子が交番を飛び出した。
「待ちなさーい!」
警察官たちが出ていくところをはち合わせてしまう。流れで、3人の大人がそろって彼女を追いかける。
彼女は、また踏切で全てを投げ出そうとしているのだ。
そんなことはさせられない。
無我夢中で走るけれど、俺たちよりも一歩早く抜け出しているせいで、なかなか追いつけない。
そして、女の子が踏切まで着いてしまった。
目の前の遮断機を、命綱だったはずの腕で、抵抗なく退かす。そして、中へ侵入した。
それを見た途端に、俺の足は2倍速になった。
警察官の人たちと、あっという間に差ができる。
俺とあの子の勝負になることを確信した。
一瞬で踏切に着いて、俺は、間に合ったとひとまず安堵する。
「まだ生きろ!」
精一杯女の子を突き飛ばし、向こう側に行ったのを確かめる。
これでミッション達成……か?
ふと気づく。
あ、俺いま踏切の中
「……っ!」
◇◇
ほんっとうに、ざまぁみろ。
いっつもそう。いつも麻琴は俺より先のところにいる。
待ち合わせは先に待ってばかり。今回なんてひどすぎる。遅れた俺が弁解しても、早合点してる。そのくせ、一緒に行きたいからって先に改札を抜けている。
なのにズルい。
今回だけは、俺が先だった。
いっつも先に待ってたくせに、最後の会話は「待って!」「ちょっと待って」だなんて、情けない。
ほんっとうに情けねぇな。
待ってほしいのはこっちだ。
先走って疑ったり、うんざりしたり、呆れたり、そのくせ一緒に遊びに行こうとする。
どうして信じてくれなかったんだ。やっぱあれか。日頃の行いってやつ?
そっか、元は俺が悪かったんだ。
じゃあ、俺こそ待ってなきゃいけなかったのかな。あのときの「ちょっと待ってよ」に応えなきゃいけなかったのかな。
でもそしたら、さっき助けたはずの女の子は死んでいた。
ひょっとしたら、俺たちが乗った電車の下で……。
だから俺はこれでいい。
◇◇
でも、未練がある。だからまだいけない。
待たせている誰かがいる。
「……」
『……なぁ』
「……」
『おい』
「……」
『なんか言えよ、気まずいだろ』
「進二……」
『あ、言ったほうが気まずかったわ』
うつむいて、麻琴はひたすら黙り込む。彼女の中で、いったいどれだけの思いがあふれているのだろうか。
「……」
『……』
しかし、急に。
「……へへっ」
突然、すっと両の口角をつり上げた。
笑っている。
「これで良かった。喧嘩したまま別れられて良かったんだよ……」
『どうして』
「大好きの最高潮から、どん底まで落ちるほうがつらい。それよりは、憎んだままだから。どん底のまんまだから、マシ」
『ほう』
「そうだよ。マシなはずなんだよ。私は、どん底のまんまだからマシ。そうだと思う。そうだと信じてるのに。……全然マシじゃない」
『そうなの?』
「私、ちゃんと信じれなかった。進二のこと。惨状をみて初めて、あぁ、そうだったんだって、理解した。でも、言葉じゃすぐに受け入れられなかった」
『本当だよ、ひどいな』
麻琴はずっとひとりで悔やみ続ける。けれど、なかなか涙は流さなかった。
だが、彼女のダムは突然決壊した。
「やっぱもう一度会いたい!もっかいチャンスが欲しい。せめて……せめて、ちゃんと別れを告げたい……後悔のないさよならをしたい。少しでも話がしたい……」
『……麻琴』
「進二……信じてあげれなくて、ごめん」
『ダジャレみたく言うなよ』
俺はなんとかこの雰囲気をほぐそうとする。
でも、いくらこの俺があたふたしたところで、自己満足だ。
けど。せめて、俺も……。麻琴と……。麻琴と。
できるはずもないってわかるけど。
麻琴の背中に手を伸ばす。
抱きしめたくて……。
だけど。
『……!?』
ばっと立ち上がった。
「私、もう行かなきゃ」
『……』
「次の瞬間に行かなきゃ」
『……次の……』
「私は生きてるから」
そう言って、麻琴は俺の体をすり抜けていく。
麻琴と俺は……。最初からすれ違っていたのだろうか。
いやそんなはずないだろ。
だけど、もういつもとは違う。
麻琴も俺も。
もう、待ってくれない。
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