イケメンは世界を救う
初投稿です
セフィルス王国の大神殿にて、一人の神官が見回りを行っていた。一通り見終わったのか、最後に彼は最奥の広間に続く扉を開いた。何も置かれていない大きな広間は、長い間使われていなかった様で、床には薄く埃が積もっていた。異常なしと判断した神官は広間を出ようとした。
その時、広間の床に描かれた大きな魔法陣が、薄く光を放ち始めた。
神官は目を疑うようにに何度か瞬きをしたが、現実だと分かると、大慌てで広間を飛び出して行った。
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「納得できませんわ!どうして婚約を解消しなければならないのですか!」
「アンネマリー、仕方のない事なんだ。わかってくれ。」
アンネマリー、と呼ばれた少女は父の言葉に、悔しそうに俯いた。
アンネマリー・エインセルはエインセル公爵の愛娘だ。
そして、セフィルス王国王太子であるジルフリートの婚約者だった。昨日までは。
事が起こったのは、つい先日のことだった。大神殿を見回りしていた神官が、最奥の広間に描かれた魔法陣が発動している事を見つけたのだ。
この魔法陣は、百年から二百年に一度、異世界の聖女を召喚するものだ。数千年前からあるとされ、セフィルス王国は召喚された聖女達の力によって繁栄してきた。いずれの聖女も、魔法陣が起動してから1週間と経たずに召喚されている。
そして、聖女は王族と結婚する事が決まりとなっていた。
現在、セフィルス王国の未婚の王族はジルフリート王太子一人だ。
決まりを守るためにも、ジルフリートが聖女と結婚しなければならないことは、アンネマリーとて理解していた。しかし、10年もの間、ジルフリートの婚約者として過ごしていた彼女にとっては到底受け入れることはできなかった。
アンネマリーはジルフリートに恋をしていた。ジルフリートは、アンネマリーに恋をしている様ではなかったが、それでも、大切にしてくれていた。二人で穏やかに国を治めていくつもりだった。
しかし、異世界から聖女が来た今、そんな未来は決してあり得ない。
どんなに嘆いても、ジルフリートと結ばれる未来は、もう叶わないのだ。
「とにかく、婚約は解消だ。アンネマリー、父のためだと思って、折れてはくれないか?」
父は申し訳なさそうに、アンネマリーに言った。
しばらく間をおいて、アンネマリーはため息と共に、
「わかりました。」
と小さく答えた。
アンネマリーは心の中で、聖女への恨みを積もらせた。
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所変わって、大神殿の大広間にはセフィルス王国の王族が集まっていた。
恐らく現れるであろう聖女を迎えるためだ。召喚された聖女は美女が多い為、心無しか浮き足立っているものもいる。
お前ら既婚者だろうが。
そんな中、ジルフリートは一人緊張した面持ちで魔法陣を見つめていた。
そして、魔法陣は一際強い光を放ち始めた。
あまりの眩しさに、人々は目を瞑った。
光が収まり、ジルフリートの目は魔法陣の上に座り込む一人の人物を捉えた。
魔法陣の上に座り込んでいたのは、聖女ではなく、イケメンだった。
事態に気づいた国王や大神官達は慌て始めた。
聖女(?)は周りの様子を一通り見渡した後、立ち上がって周りを取り囲む王族達に声をかけた。
「申し訳ないのだが、ここが何処か教えて貰えないか?」
聖女(?)は声までイケメンだった。
突如として現れたイケメンに戸惑っていた国王だったが、聖女(?)の気分を損ねてはいけないと思ったのか、カンペをチラ見しながらすぐに答えた。
「よく来てくれたな、異世界の旅人よ。ここはセフィルス王国。其方は神に選ばれて、この世界へと召喚されたのだ。私はセフィルス王国の国王だ。其方を歓迎しよう。其方の名は?」
「聖女」ではなく、旅人と言ったのは国王のアドリブだった。
若干棒読みだったけど、ナイス国王。
「ミズキだ。なるほど、それで、私は何をすれば良い?」
聖女(?)の美声に、イケメン耐性の無い若い神官が何人か倒れた。
イケメン耐性のあった神官達が、どうにか倒れた者達を運び出して行った。
後ろに控えて居た神殿長も、若干のダメージを喰らっていたが、聖女(?)に答える為に、どうにか前に進み出た。
「それについてはワシが説明しよう。ここに描かれている魔法陣は数百年に一度、異世界から聖女と呼ばれる女性を召喚するのだ。どうやら手違いで貴方様が召喚されてしまった様だ。神殿を代表して謝罪しよう、申し訳なかった。」
聖女(?)は考え込む様に止まった後、若干の間を置いて言った。
「それは、私が聖女の力を持っていないという事か?」
「いや、しかし……。貴方様は男性ですので……。」
神殿長が言いにくそうに言うと、聖女(?)は驚いた様に目を丸くすると、少し微笑んで言った。
「よく間違えられるのだけれど、私は一応女だよ。」
聖女(?)の言葉に、広間にいた人々はフリーズした。
……女、だと?
その言葉に、広間にいた人々は一斉に聖女を見つめた。しかし、どこからどう見てもイケメンである。大広間にいる全員に衝撃が走った。
衝撃から一瞬早く立ち直った国王は、聖女に声をかけた。
「その、聖女ミズキよ。申し訳ないのだが、女性神官たちに確認させても良いだろうか?いや、決して其方を疑っているわけではないのだが、念のため、な。」
ミズキは女性神官たちと共に裏へと居なくなっていった。
ミズキがいなくなった大広間では、王族も神官たちも混乱の真っ只中であった。
え、あんなにイケメンなのに、女なの?
特にジルフリートは、自分はミズキと結婚することになるはずなだが、果たして自分はミズキよりもイケメンなのか、と考え込んでしまっていた。
しばらくして、戻ってきた女性神官らはミズキが女性であると断言した。
大広間は今日何度目かわからないざわめきに包まれた。
「う、うむ。聖女ミズキよ、申し訳なかった。さて、其方には聖女の力を磨くため、学園に入ってもらう。学園には我が息子のジルフリートも通っている。困った事があれば頼ると良い。」
国王に紹介されたジルフリートは前へと進み出た。
「セフィルス王国王太子のジルフリートと申します。聖女殿下、これからよろしくお願いします。」
「よろしく。敬語は使わないでもらえると嬉しい。私の事はミズキと呼んでくれ。」
ミズキはジルフリートに答えた後、少し近づいて耳元で囁いた。
「もしかして、国王と君には敬語を使った方が良かったのか?礼儀作法には疎くて。」
至近距離でミズキの美声を喰らったジルフリートは一瞬ふらついたが、なんとか踏み止まると、
「ミズキはこの世界に来たばかりだし、聖女は王族と同じ扱いだから、敬語を使うのは父上にだけで大丈夫だよ。」
と返した。
ミズキは少し恥ずかしそうにした後、小さく「ありがとう」と微笑んだ。
その後、ジルフリートがミズキの笑顔のギャップにやられて倒れてしまったのは言うまでもない。
ジルフリートは開けなくても良い扉を開けてしまった。
また、倒れたジルフリートをミズキが姫抱きで運んだため、それを見た周囲に二次被害が起き、神殿は阿鼻叫喚となった。
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早朝、セフィルス王国の学園には早くも登校する生徒たちが集まってきていた。
アンネマリーもその生徒の中の1人だった。
普段は遅めに登校している彼女だが、今日早くに登校したのは、聖女の悪評を広めるためだった。
いくら聖女とはいえ、婚約者を奪われたのだ。
許せるわけがない。
しかし、急いでいたため足元を見ていなかったアンネマリーはわずかな段差に躓いてしまった。咄嗟に護衛が駆け寄ってくるが、間に合いそうにない。彼女はやってくるであろう痛みに目を瞑った。
が、いつまで経っても痛みはやってこない。
アンネマリーが恐る恐る目を開けると、1人の生徒が彼女を支えてくれていた。
慌てて自分を支えてくれた人を見上げた彼女は、うっとりと頬を染めた。
自分を支えてくれていた生徒がとてつもないイケメンだったからだ。
「怪我はないか?」
「は、はい!」
声までイケメンだった。
「あの、私はアンネマリー・エインセルと申します。貴方のお名前は?何かお礼をさせていただけませんか?」
「私はミズキだ。たまたま近くにいた君を受け止められただけだから、礼には及ばないよ。」
ミズキはそれだけ言うと、アンネマリーの側を去った。
アンネマリーは遠くなっていくミズキの後ろ姿をうっとりと見つめていた。
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「ミ、ミズキ様が聖女でしたの!?」
二年生の教室でミズキが聖女と紹介されると、アンネマリーは思わず叫んでしまった。
まさか、自分から愛しい人を奪った聖女が自分が見惚れるほどのイケメンだとは夢にも思わなかった様だ。
アンネマリーの叫びを聞いたジルフリートは、ミズキに問いかけた。
「ミズキ、アンネマリーと知り合いだったのかい?」
「あぁ、今朝、少し話をしたんだ。」
アンネマリーはミズキと親しげに話すジルフリートを羨ましげに眺めていた。
圧倒的なミズキという存在を前にして、淡い初恋は光の速さで消え去っていった。
ふと、アンネマリーの視線に気付いたミズキが彼女に近づいて来た。
「エインセル公爵令嬢。よ、良ければ私と友達になってはもらえないか?」
ミズキの恥ずかしそうな表情を間近で見てしまったアンネマリーは、鼻から何かが垂れてくるのも気にせず、食い気味で頷いた。
「はい、喜んで!アンネマリー、と呼んで下さい!」
「ありがとう!アンネマリー、鼻血が!」
ミズキは慌ててポケットからハンカチを出すとアンネマリーの鼻血を拭った。
「ジル、保健室まで連れて行った方がいいかな?」
ミズキは慌てた様子でジルフリートに聞いた。
「ミズキが魔法で癒すのが1番早いけれど、できる?」
「昨日練習したから、多分できると思う。アンネマリー、手を出して貰えないか?」
アンネマリーは再び食い気味で手を出した。
ミズキはアンネマリーの手を出して握ると、
「ヒール」
と唱えた。
「アンネマリー、鼻血は止まった?」
アンネマリーはしばらく惚けていたが、慌てて
「止まりましたわ!ありがとうございます。」
と返した。
アンネマリーがミズキのファン第一号となったのは言うまでもない。
公爵令嬢であるアンネマリーと友人となった上に、イケメンであるミズキをいじめるものなどいるはずも無く、聖女へのイジメは未然に防がれた。
こうしてアンネマリーの悪役令嬢フラグは折れた。
その後も、ミズキはその圧倒的なイケメンと聖女の力によって平民、貴族、王族を国や性別関係なく魅了して行った。
セフィルス王国はジルフリート王とミズキ王妃の代に最も繁栄したと言われている。
ミズキの名は繁栄の聖女として、「イケメンは世界を救う」ということわざと共にセフィルス王国で語り継がれて行った。