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8.君の名前


 ディアと一緒に食堂で休憩をした。

 ラリが誰かと共に本部内を歩くこと自体が珍しい光景であったので、誰もが視線を向けてくる。


「……人気者だな」

「別に、珍しいもの見たさってやつだよ。……それにしてもディアは、一回の食事でそんなに食べるの?」

「まぁな。待機時間なんかはトレーニングルームで体動かしてることが多いせいか、食えるだけ食うって感じだ」


 ラリとディアは向かい合って座っていたが、ラリはパンとスープのみである一方、ディアはしっかりと大盛のカツカレーとポテトサラダにスープといったメニューであった。

 こういった差から見ても、ディアがこの組織に身を置いていること自体が不思議だとラリは思った。本部に転属前は辺境の支部にいたことも考えると、軍人時代に何かあったのだろう。


(そういえば……宇宙規模の平和条約に触れたって書いてあったっけ。戦争を引き起こしてたのは個人じゃなくて星そのものの罪だとは思うんだけど)


 ――ディアマンテ星が『戦火に沈む星』とも呼ばれる事は、有名である。


 元々は鉱物資源が豊かな星だった。主に金剛石をよく輩出したが、それゆえなのか科学的な発展が急成長したために、戦争が起こった。誰もが『力』を誇示し、周囲の弱き星を攻めては滅ぼしてきた歴史もある。国ではなく星そのものであること――奪ってきた命の重さがありすぎること――それらが、最終的には彼らの首を絞めることになった。

 資源を取りつくしてしまえば、当然として星は滅びを迎える。急激なスピードで終末期に入ってしまったディアマンテは、今はただ静かに滅びの瞬間を待つしかない。どの星系からの支援も得られず、『罰』を受けるのみの星となってしまった。

 軍隊はある程度の制裁を受けたと聞いたが、ディアはそれを免れてコスモス・レコンへと来たのだろうか。


 ――それとも。


「……ディアはどうして、コスモス・レコンに所属しようと思ったの?」


 ラリは思わずそう問いかけてしまった。

 固めのパンをちぎってスープに入れていたのだが、思考から無意識に言葉が出てしまったらしい。


「そうだなぁ。ある種の罪滅ぼしみたいなモンか。って言えば、軽く聞こえるか。……所属して3年はディアマンテからかなり離れた星で奉仕活動をしてたさ。あそこは形ばかりの支部だったからな」

「確か、グレイス星だっけ……戦争の被害を受けて……あ……」

「いや、いいさ。確かに『俺たち』が侵略した星だからな。支部の体制を除けば、今は戦災孤児とか他星の難民を受け入れて前を見てる星でもある」


 ラリがディアの過去を抉る言葉選びをしてしまい、慌ててスプーンを置いて手を口元へと持っていくと、そんな仕草を見たディアが苦笑しながらもそう続けてくれた。

 感情的にならずにいてくれるのは、己のやってきたことを悔いている証拠なのだろう。


 グレイス星は、『寛容の星』とも呼ばれる惑星だ。

 戦争からの復興や再生を経てすべてを赦し、様々な星系から集まった人々が作り上げた星とも言える。コスモス・コレンの支部もあるのだが、ディアの言う通りであまりいい評判は流れては来ない。ぬるま湯生活をしているのか、とにかく怠慢体制なのだろうと感じる。

 組織の環境としてはディアにとっては苦痛そのものだっただろう。そんなことを考えながら、ラリは再びスプーンを手にしてスープを掬う。

 年上な分、ディアは感情のコントロールが上手いとは思っている。今でさえ何も気にはしてない様子でカレーを食べている。

 ラリに対しても、出会った当初に醸し出していた若干の嫌悪感すら、今は感じない。


(……歩み寄りって、やつなのかな。俺も……別に、ディアとこの先一緒に任務でも平気そう)


 脳内でそんな呟きをしながら、ラリはスープに浸していたパンをスプーンで口に運んだ。

 普段は対して味を気にして食べたことは無かったが、この日だけはこの雑な食べ方でも美味しいと感じていた。



  ◆



 二人が食事を終えた頃、医療チームから通信が入った。

 あの少女の一通りの検査が終わったという連絡であり、二人はそろって指定された医療ルームへと足を運ぶ。


「――心身ストレスと栄養不足で弱ってるけど、この医療カプセルで治療が可能だったから休ませているわ。だけど、彼女の体に融合してしまっている結晶は……治療は難しいと思うの」

「拡がったりはしないのか?」

「それは心配ないわ。結晶のほうもスキャンしたけど、異常値は一切出なかった。だから、これはもう彼女の体質だと割り切ってしまったほうがいいかもしれないわね」

「……なるほど」


 少女は一つのカプセル内にいた。いわゆるエイドポッドというものだ。

 鎮静効果があるので、現在は眠っている。実際に言葉が交わせるようになるのは恐らく数日はかかるだろう。

 担当してくれた女性医師の話を聞きつつ、ディアもラリも安堵の表情を浮かべながら彼女に視線を送っていた。


「ラリ君の上司からの話も聞いてるし、彼女の安全は保障するわ。着替えも準備させてるから、安心してちょうだい」

「あぁ、わかった」

「……この子の今後だけど、部屋の事とかはどうするの?」

「女の子だからね……貴方たちさえ良ければ、私のほうである程度は面倒を見たいと思っているのだけど」

「そうしてもらえると助かる。俺たちは個室だし、……やっぱり、どうにも……女の子の世話なんてのは、難しいと思ってたしな。ラリも、それでいいよな?」

「うん」


 女医は信頼できる人物である。

 というのも、ラリがこの宇宙ステーションに誘致されてから、主にメンタルケアを彼女が受け持ってくれていたからだ。実年齢は不明なのだが、あのころから一切外見は変わってないように見える――美人で厳しいラリにとってもある意味では『姉』のような存在でもある。


「……あぁ、そうそう。この子に名前を付けてあげて?」

「え……」

「あ、ぁ……そうか、この子……そういや名前も貰えなかったのか」


 女医が電子カルテにデータを入力しつつ、ディアとラリにそんなことを言ってきた。

 ラリは当然困惑し、ディアも困ったような表情をしている。


「ラリ、何か思いつくか?」

「……いや、俺は……こういうの、苦手で……。ディアに任せるよ」

「うーん……そうだなぁ。この子の目を見た時に、凄く綺麗な宝石みたいだなって思ったんだよな。その宝石にちなんで、アメリアってのはどうだ」

「悪くないと思う」

「いいわね、きっとこの子も気に入るわ」


 少女は紫水晶――アメシストのような瞳をしていると、ラリも最初に強い印象を受けたことを思い出す。

 綺麗な響きなので、少女自身も嫌がることはないだろう。

 そんなことを思いながら、カプセルで穏やかに眠っている少女――アメリアを見て、ラリは心の奥が温まっていくかのような感覚を抱くのだった。



 第一章・終

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