6.少女の独白、星の声。
わたしは――わたしは、そう……名もない子供。
クォーツァの辺境で、気づけば両親と呼べる人はすでに居なかった。
孤児院に引き取られたのは数年前。院長先生は優しくて、集まったきょうだいたちもみんな仲良しだった。
……だけど、どうしても貧しくて。
みんながどんなに頑張っても、ギリギリの生活を送らなくちゃいけなかった。
先生は……夜になるとどこかに出かけていた。
明け方には戻ってくるけど、すごく疲れた顔をしていて……なんだかそれを見ているのが悲しかった。
麻袋に入ったわずかなお金。今日一日をなんとかみんなで過ごせる銀貨。先生は、毎晩その銀貨を一人で稼いでいるようだった。
わたしと同じ年のあの子は、銀貨で植物の種を買ってきた。
他の子は小さな畑を作って、わたしもそこで土まみれになって働いた。
肥沃じゃない、と誰かが言っていた。言葉の意味は分からなかったけど、畑に適していないということは、誰もが気づいていたと思う。
頑張って、頑張って。
明日を笑顔で迎えましょうと励ましてくれていた先生も、病気で倒れてしまった。看病をする子も、日に日に弱っていった。
飢えで倒れた子も……。
わたしたちは――わたしは、なんて無力なんだろう。
そう思っていたら、どこからか『声』が聞こえた。
あの声は、なに?
ほかの人には聞こえないみたいで、わたしはひとりで声のする方向へと歩いてみた。
歩いて、歩いて――。
気づいたときには、誰もいない場所にたどり着いていた。
――そこが、ここ。
オリクス星。誰もいない小さな星。
『滅びたくない』
あの声は、もしかするとクォーツァの声だった? それとも、オリクスのもの?
何かはわからないままだったけど、わたしは声の向こうに手を伸ばしたの……。
◆
「……うん」
少女の独白に答えたのは、ラリであった。
彼が施した癒しの能力で、少女は気を失ってしまった。今まで張りつめていたものを解放して、疲れてしまったのだろう。閉じた瞳の端には、涙が伝っている。
「ラリ、これでもこの子を破壊するか?」
「……さすがにこの状況で俺が冷酷に見えるなら、悲しいよ。普通に保護する」
「『声』ってのは……やっぱり遺物が発したのか」
「そうなんだろうね。もしかすると、クォーツァの遺物は特殊だったのかもしれない。星そのものが崩壊してしまう前に、このオリクスに無意識で移動してきたのかもしれない」
(だけどもそれは、崩壊を早めた……この子はそれを手伝っちまったことにもなるな)
ディアはそう判断しつつ、表情に陰りを見せる。
遺物は星の核として存在していることが多い。星々によっては異なることもあるが、大抵はこのパターンだ。
本来ならば星の核に留まり続けるはずの遺物が逃げ出したことで、崩壊を防ぐ術を失い、クォーツァ星は消滅してしまった。
『滅びたくない』と言う強い思いがあったはずなのに、知らずに自ら滅びを選んだ。そうして、その声を偶然にも聞いてしまったこの少女が、遺物と融合してしまった。
言わば『遺物の擬人化』にも近い現象が、起きてしまった結果である。
「…………」
(この子が聞こえた『声』は、他の子には聞こえてなかった……だとすると、かなり特殊な性質を持って生きてきたのかもしれない。生まれや環境があんなんじゃ無ければ、もっと早くに誰かに見つかっていたかも。酷な話だけど、悪用されてないだけマシだったのかもしれないな……)
特殊と言い切るには、それ以上に特殊すぎる。ラリはそんなことを思いながら、少女に微かに同情した。
『声』を聞くというものは、この少女の生まれ持った能力なのかもしれない。
ラリが『調和』や『癒し』の能力を持つように、彼女だけが持つ――彼女自身も知らなかった力だ。
「それにしても、この研究所……かなりマズいことをやってた気がするな」
ラリにもたれ掛るようにして倒れた少女を、ディアが抱き上げてやった。
そして彼女を見ながらも、周囲の光景に眉根を寄せる。
完全に壊れてはいるが、バイオポッドがあるだけでも問題である。割れたガラス越しに見えるのは、かつてそこに『何か』があった痕跡だけが残っている。『何か』を考えようとすると、嫌な予感がして思考が止まる。直後にディアは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
違法とみなされるものが経年化して発見されてしまうのは、どうにも後味はよくないと感じてしまうのだろう。
「彼女と直接関係は無いんだろうけど……上がこの場を隠そうとしてたのは間違いないみたいだね。遺物と生命体との共存論っていうのを、どこかのデータで見た記憶がある。研究学会に提出されたけど、却下されてたはずだよ」
「……まさかとは思うが、人体実験か……?」
「わからない。今日のところは、取り敢えず本部に戻ろう」
「そうだな……」
ディアの言ったことは、的を得ているのだろうとラリは思った。
倫理論からは大きく外れてしまっているために、いかなる理由であっても人体実験は禁止されている。過去にそれらを犯そうとした人物がいたからこその、永続的な禁止令なのかもしれない。
(遺物はこの遺跡……施設に微かに残ってた『力』に呼応して移動してきたのかもしれないな。俺には声なんて聞こえないけど……この子がここに移動してきたのも、そうした理由なんだと思う)
――滅びたくない。
その感情は、人間にだって普通にある。死にたくないだろうし、朽ちてしまうのも嫌だと思うだろう。
そうした気持ちが遺物にもあるのだとしたら、少しだけ悲しいものだとラリは考えた。
自分の感情は曖昧に思えても、きちんとここにある。表に出さないようにしているだけで、悲しいことも憂いることも、解らないわけではないのだ。
そうして彼らは、遺跡を出て船の発着場へと戻る。
誰もいない寂しげなオリクス星が、さらに悲しみを湛えているかのような空気は、気のせいではないのだろうと彼らは思わずにはいられなかった。