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5.遺跡調査


 少女が姿を消した。

 それはすなわち、ラリたちが目の前で遺物を見失ったとも言える。


「……普通に考えて、遺跡に入ったんだろうけど……」

「コレって立ち入り禁止だろ。俺たちはダメであの子は行き来ができるのはおかしくないか」

「当然、この入り口にはバリアが……ほら、簡単には入れない」


 とりあえずは冷静に、と、二人ともが思ったらしい。

 共に歩みを進めて、遺跡の入り口を見ながらの会話が続いた。目には見えないが中と外を繋ぐ境界線へとラリが手を伸ばせば、バチンと音を立てて侵入を防ぐ力が働いた。

 電子粒子が膜となっているのか、とにかく物理的なものを阻むバリアがあるのだ。


「俺たちの組織が施したヤツなんだろ。解除出来ないのか?」

「……どうかな、俺たちが持ってるIDで解除できるなら、上層はこんな手間は掛けないはずだけど」


 ラリとディアが同時に、腕時計型の立体ホログラムを呼び出した。そこにある程度のアクセス権があるIDが内蔵されているが、当然として反応はしない。

 バリアの型としては彼らはそれを知っているので、自分たちの所属している組織の上が禁止措置を出していることは分かっている。

 だが、現状は目的の遺物を見失い、八方塞がりの状態だ。

 ――そもそも、コスモス・レコンは何故、遺物の調査と回収に重きを置くのか。

 遺物は未知数の物質であり、星々の核でもある。この無限に広がる宇宙空間の中で、遺物もまた星の数ほどあるのだろう。

 彼らエージェントが関われるのは、それらのほんの一握りであり、気の遠くなるほど遠い時間をかけてこの先も遺物と向き合っていく。だがしかし、『何のために?』と問われれば、正式な答えを出せる者が果たしてどれだけいるのか。

 ――宇宙のため、星々のため。

 遺物を放置すれば暴走へと繋がる。星の終わりを気付けることもなく、最悪の場合は爆発にさえ巻き込まれるかもしれない。

 そんな後付けのような理由は、いくらでも沸いてくる。

 

「本部に掛け合ってみるか?」

「……それは、最後の手段にしたいかな。多分、許可は得られないだろうし」

「俺も同感だ。……だったら、少々無茶だが、別の方法を試してみるか」

「方法?」

「……お前が言う『元軍人サン』としての経験だよ」


 ディアはそう言うとニヤっと笑って見せた。

 そうして彼は太腿に装着されているポーチを開き、中から小型デバイスを取り出した。

 ラリは黙って彼の行動を見守ることにする。


「……思った通り、外部からの介入が不可で中にいる人間だったら通れるって仕組か。だったら、俺たちも『中の人間』だって一瞬でも思わせればいい」


 デバイス操作を器用に行いながら、ディアはバリアの構成を読み解く。不可能を可能にする事は、若干の危険も伴うはずだが、そこまで計算済みなのだろうか。何らかのコードを打ち込みながら、ディアのその表情は楽しそうでもあった。


(戦略的な経験ってやつかな。ハッキングに似た行動なんだろうけど……戦うだけが軍人じゃないってことか)


 ラリはそう心で呟きながら、ディアの軍人時代を想像してみた。

 前線であっても、ただ戦うだけではなくトラップ解除などの能力が必要だったのだろう。


「バリアの『認証』は生体識別ベース……だけど、こいつには『疑似波形』で騙せる隙がある。時間は……10秒もてばいいか。ラリ、準備はいいか」

「……うん、いつでも。だけどこの方法って、上にはバレると思うよ」

「現場にいなけりゃいくらでも誤魔化せるだろ――よし、突破するぞ!」


 ピ、と小さく電子音が響いた。バリアが一瞬だけ不安定になり、粒子が細かく波を打つのを確認する。

 そうして彼らは、同時に遺跡内へと大きく一歩を踏み込んだ。


 ――その直後。予想していた通りに警告アラートが鳴る。

 

「くそ、早いな」

「……俺から本部に連絡しておく。あんたの言う通り……現場には俺たちしか居ないんだしね。無事に潜り抜けられたんだし、このまま進もう」

「そうだな」


 ディアもラリも駆け足のままでそんな言葉を交わす。

 遺跡内がどのようになっているかは分からないが、とにかく第一歩は進めた。

 言葉を発すれば何かとすれ違う二人であったが、ここで初めてその波長が微かに合ったようにも思えた。


 

  ◆

 


 遺跡そのものは、おそらくオリクス星に文明がまだあった頃の名残だろう。

 終末期に入った時代には彼らは生まれた星を捨てて、より大きな別の星へと移動した。コスモス・レコンの本部である宇宙ステーション『セレクシオン』でも人材育成の一環で何人かを受け入れている。訓練施設が設立された経緯もこの流れにくまれているらしい。


「……すごいね、データでしか見たことのない文献とか、断片的に残ってる」

「古い時代のは、ある程度は回収済みってこともあって放置されたのかもだな。――その後の時代で、ここを何かの施設として使ってた形跡もあるな。本部の連中か?」

「訓練施設のほうの関係あるのかもしれないね。俺が訓練生として来た時には、この遺跡は封鎖されてたんだけど」


 二人は慎重に遺跡内を見て回った。

 もちろん、消えた少女を探すためでもある。


「反応は?」

「もう少し奥……あの扉の向こう、かな」


 電子ゴーグルと立体マップを交互に見やり、先を進んだ。

 ディアは周囲を見渡し、異常がないかを確認してくれている。


(俺より足が長いんだから先に進もうと思えば出来るのに……こういうところも、軍人として身に着けてきた所作なのかな)


 慎重に動くこと、常に周りを気にかけている部分も含めて、今まで組んできた他のエージェントとの差を感じながら、ラリは不思議な感覚で歩を進める。感情的に言えば、悪くはないのだろう。

 そうして、扉の向こう側へと出た二人は、急に広がった視界に緊張を走らせた。


「……なんだこれ。この空間を使って何かを研究してたのか?」

「壊れたバイオポッドがいくつかあるね……ちょっと異質で、不気味だ」


 広い空間の中には、旧型の大型モニターとテーブル、人が一人入れるサイズの密閉型ポッドが数機残されている。どれも全て、錆びたり割れたりしていて経年を感じされるものでもあった。それから、部屋の隅に置かれているのはこちらも壊れて久しいと思われる亜空間移動装置だ。これは現在、どの機関でも使用が禁止されているものでもある。


「ディア。……あの子だ」

「あぁ、見えてる」


 研究用のテーブルの向こうで、遺物――少女が膝を抱えて座り込んでいた。

 震えているのは、寒さだけではないのだろう。


「……知らない。わたしは、なにも……声が、しただけ……」


 この場に脅えているというよりは、自分がなぜ『声』に導かれてしまったのかを思い出そうとしているのかもしれない。


「なぁ、俺たちから逃げたわけじゃないんだな?」

「……あ、う、うん……声が、また聞こえて……」

「それは幻聴かもしれないね。……自分の中にある『それ』が反響して、混乱してるのかも」

「……?」


 ディアとラリは、少女に静かに歩み寄った。

 最初こそは躊躇いなく銃を向けていたラリであったが、すでにもうこの個体を『回収対象のただの遺物』だとは思えなくなったようだ。

 拒絶されていないことを察したラリは、少女の傍で静かに膝を折って手をかざす。


「な、なに……?」

「大丈夫、何もしない。……ただ、乱れた記憶や感情を穏やかにするだけ」

「…………」


 ラリの行動に、ディアは何も言わずにいた。

 データだけで知っている彼の『能力』――調和と癒しを見極めるためだ。


 ラリの手のひらから、淡い青の光がふわりと広がった。

 それは少女の全身をあっという間に包み、温かいものとして染み込んでいく。水の波紋のように静かに優しく、対象を癒す効果がある。


「……あ、……わたしは……」


 少女が、ゆっくりと瞬きをした。

 俯きがちであった顔を静かに上げて、アメジストの瞳をラリへと向けるのだった。

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