4.少女
――滅びたくない。
それは確かな『声』であったし、意思そのものでもある。
そして、今この状況で辻褄が合うとすれば、これは『星の意思』だ。
――それは、わかるのだが。
「……女の子?」
「生体反応は無し……いや、今、出たな」
ラリが目視で確認後、ディアが電子ゴーグルと立体ホログラムでその『個体』を確認する。
|その場に存在しないはず《・・・・・・・・・・・》の生体としてのデータが、瞬き一つの瞬間に浮かび出たのだ。
だが、それは確かに『異常』でもあった。当然、二人もそのように判断しているだろう。
「…………」
一見すると、ただの少女だ。
薄汚れた服は、元は誰かのおさがりだったのか、それともどこかで拾い上げたのか――大人用のシャツをぶかぶかに着たまま、ぼろぼろの布きれのようになっている。細い肩にずり落ちそうな襟元を、小さな手でぎゅっと握りしめる姿は人間味が増していて痛々しくも見える。
白磁のような肌と、薄紫の長い髪。表情はぼんやりとはしているが、大きな瞳はまるでアメジストが宿っているかのように美しい。
「……どうする」
ディアは静かにそう問いかけた。
彼としても、この状況での判断に迷っているのだろう。
ただの少女であれば、真っ先に保護に走れるが、そうではないからだ。
「あれは、やっぱり遺物だ」
ラリがゴーグルの端を指で叩いて数値やスキャンを行った。
その結果が示している通り、目に見えている『少女』はヒトではなく『遺物』であるのだ。
――遺物であるのなら、ラリがすべきことは一つだけだ。
「おいお前……何してる」
「……破壊するしかない。あのままだとサイバーボックスには吸収できないし……」
「正気か、ラリ」
「あんたこそ、現場経験があるくせにこんな時に判断に迷うの?」
ラリは腰に収まっていた自分のハンドガンを取り出し、少女に向けていた。
躊躇いもなく行われたその動きに、ディアはショックを受けたかのような反応をする。
常に冷静に行動すると聞いてはいたが、これでは冷静ではなくただの冷酷で非道なエージェントだ。
「――無抵抗の存在に銃口を向けるな!」
「元軍人サンっていうのは、何かと規律にうるさいね」
「おい、ラリ!」
『……、……』
ラリとディアがそう言い合っていると、少女が視線を下げて悲しそうな表情を浮かべた。
そうして小さく口を開き、何かを呟く。
『……わたし、わたし、は……』
言葉をすり合わせるのが難しいのだろうか。
覚えたてと言うわけではなさそうだが、彼女は何かをまごつかせているかのようにも見える。ゆらりと腕を上げて指先を口元に持っていくと、ずり落ちた袖から目を疑う光景が飛び込んできた。少女の肌が、ところどころで結晶化しているのだ。
「! ラリ、あの子の腕を見ろ」
「……っ、紫色の、結晶……? もしかして、遺物と一体化した……?」
「どうやらそのようだな。お前、それでもあの子を撃つつもりか」
「俺たちの任務は調査と回収だ。……だけど、もう少し様子を見るだけなら……」
『滅びたく、ない……、クォー、ツァで、……生きテ……』
(……っ、やっぱり、クォーツァの子……?)
ラリはそこで一旦は銃を下げる。
直感で撃つには、まだ問題が多いと判断したのだろう。
本来であれば、調査先の遺物が異常があると判断された場合は回収に必要となる行動を取らなくてはならない。ラリが迷いなく少女に銃を向けたのも、異常であると判断したからだ。
――すべては、マニュアル通りの動きをせよ――そうあるべきであると、幼少時からの訓練時にも言われてきた。
だからこそ行動に移したのだが、早計だったのかもしれない。
「お前、俺たちのことはわかるか?」
ディアが僅かに一歩を踏んで、少女へと問いかけた。
すると少女はビクリと一度だけ体を震わせながらも、こくりと頷いて見せる。
「自分がどうしてここにいるかは、わかるか?」
『わから、ない……なにか、声が聞こえて……近くに行ってみタの。そうしたら、よくわからない何かが光って……』
「…………」
ラリは黙ったままで周囲の確認をしていた。
遺跡には入ったことはないが、もしかすると『亜空間航行』に似た、転送ゲートのような働きをするのかもしれない。
このオリクス星では、人々が暮らしていける環境はとうの昔に終わりを告げている。彼女の言語の確認もしているが古語ではなく公用語も使っているので、過去の存在というわけでもなさそうだ。
『クォーツァ』とハッキリと言っていたし、主星がそちらでおそらくは彼女自身も件の星が出身地なのだろうと推測する。
(……クォーツァは二日前に滅びた……その時に、同じ星系であるオリクスに転送した? 彼女の言う声がクォーツァの意思だったとしたら、これは単純な話じゃないのかもしれないな)
そもそも、遺物がなぜ少女と一体化したのだろうか。
これまでは無機物には『寄生』する事例は見てきたが、生命体との共存は有り得ないとすらされていた。
――それどころか、『禁忌』とも言えるものでもある。
「――ラリ。俺は彼女の保護を優先したい」
ディアからの進言があった。
それに耳を傾けつつ、ラリはいよいよハンドガンを腰のホルダーにしまい込む。
「とりあえずは同意するけど、どうやって回収するの」
「回収じゃない、保護だ」
「……どっちにしたって同じだろ」
はぁ、と思わずのため息が漏れてしまった。
反応としては良くないものだと分かってはいるのだが、ラリにはそこまで相手に心を寄せることは出来ないのだ。
(……結局、その存在だって、最後には無駄な感情を寄せてくるかもしれない)
――ラリ=アーク。アクアリスの運命の子。お前はいつだって我々の希望だ。
『希望』という言葉に、どれだけの圧があるだろう。ラリにとっては一番耳にしたくない響きでもあった。
「…………」
自然と視界が下がる。
思い出したくもない事が押し寄せてくると、ラリは何も話さなくなる。
目の前の問題ですらも、どうでも良くなってしまうのだ。
「……おい、ラリ。大丈夫か」
「別に、あんたに心配してもらうことはない。そんなことより、遺物のほうに集中したら?」
任務中である。
目の前には問題があり、ラリは任務を遂行しなくてはならない。
調査。データ分析、問題がある部分は本部へと連絡。
――それから、回収。
手元にあるサイバーボックスを、思わず横手に放った。
自分は何をしているのだろう。
そんなことを考えていると、思考が緩慢になっていく。
「――ラリ!」
「っ!」
左腕を強く掴まれた。
その痛みで、ラリは一瞬だけ遠くなりかけた意識を現実へと引き戻す。
ディアが真剣な表情でこちらを見ている。そうして、あの少女も――。
「……ディア、あの子は?」
「っ、消えた!?」
遺物のもたらす能力なのだろうか。
ディアがラリへと視線を移した一瞬の間に、少女はその場から姿を消してしまったのだった。