3.オリクス星にて
今回の移動用の小型機は、二人が余裕をもって座れる程度の広さがあるものであった。
一見するとただのコンテナのような形をしているが、多機能で有能でもある。運転はオートパイロットで、プログラムに行き先を入力すると適度なスピードで移動が開始されるのだ。
「…………」
「…………」
最初は当然、無言の重い空気が漂った。
ラリは他人との会話そのものが苦手であったし、ディアにも悪印象を与えてしまっていると自覚している。
チラリと彼を見やったが、眉根に皺を寄せたままで手元のタブレットへと視線を落としたままだ。
「……、お前、ずっと本部一本なのか」
「そうだよ。小さい頃に本部にスカウトされて……そのまま」
「支部の状況とか、把握したことはあるのか」
「別に……俺には関係ないし」
「はっ、そうだと思ったぜ」
ホログラムデータを使わずにタブレットを見ていたのは、ラリのこれまでの経歴を確かめていた為だ。
人生経験でいえばディアのほうが上だ。軍人時代を含めて考慮すれば、踏んできた場数ですらラリを上回るだろう。
『コスモス・レコン』は本部セレクシオンを含めて、活動拠点がいくつか分かれている。本部から距離があるほど辺境の地と言われ、何かと差別化も多くされてきた。支部を収める者の怠慢などがあれば、当然として不満も多く出るだろう。
そういった意味合いでは、本部所属のエージェントは『ぬるま湯に浸かった調査員』などと揶揄されることもある。
実際にラリ自身も、支部から派遣されてきたと言うエージェントにそう言われたことがあり、そういうことがあるということは知っている。
だが、それでも――。
(……言葉を選んでるうちに、どうでもよく思えちゃうんだよな……)
文句や嫌味をぶつけられ、言葉による煽り行為をされたとしても、ラリはそれらにほぼ何も返すことがなかった。適切な言葉を思いつかず、その間は無言になってしまうために相手も彼を相手にしなくなってしまう。
ディアの先ほどの言葉は挑発のような、それでいて嫌味とも取れる響きだとわかっていながらも、やはり何も返すことが出来ずに、ラリは押し黙る一方だった。
「……言い返さないのか」
「どんな言葉を返したって、相手は怒るだけだし」
「はぁ……まぁ、いいさ。構うなって言うんなら、俺も必要以上に干渉はしない」
「そうしてもらえると、助かるよ……」
会話はそこで再び途切れた。
ディアは何か言いたげでもあったようだが、ラリの拒絶に思うところがあったのかもしれない。
(10歳でスカウト、13歳で初任務か……)
『――ラリ・アークには特秘事項有り。許可なく開示することを禁ずる。』
ディアが見たラリのデータの文末に、そんな文言が綴られていた。その先にはロック機能が掛けられたままで、見ることは出来ない。
誰にでも触れられたくないものはある。ディアですら軍人時代のことや母星ディアマンテのことを触れられたくはないと思っている。ラリにもまた、そういった事柄が存在するのだろう。大抵は出身星でのことであるとは推測できる。
ラリの母星であるアクアリスは、見かけは青く美しい星と言われているが、その実は美しさに隠された闇のようなものを抱えている。ディアが軍人であった頃に一度だけ立ち寄ったことがあるのだが、水に関するものは一切よそ者には与えない――つまりは補給などは一切支援しないと言われたことがあった。それは単に戦争を反対する感情であるが故だと、普通の人であれば思っただろう。
だが、ディアはそうは感じなかった。
どちらかと言えば、水に対する執着にも似た――まるで、『それ』に信仰があるかのような不気味さを感じていたのだ。
『まもなく亜空間航行へと移行します。体の固定を推奨します』
小型機のプログラムから、そんな機械的な言葉が聞こえた。
亜空間航行とはいわゆるワープのことで、これを終えれば目的地に辿り着くことができるのだ。
ラリもディアも、腰かけている場にあるベルトと手をかけるバーを確認する。そうして彼らを乗せた小型機は、その数秒後にはワープを開始した。
静かな星、オリクス。
月のように小さな星は、やはり荒涼とした寂しげな雰囲気であった。発着場の設備も古さを感じ、施設が放棄されたのだと一目でわかる。
「静かだな」
「……無人だからね」
「それでも、10年前までは本部の連中が出入りしてたんだろ」
「新人育成の訓練場だったんだ。俺もここで訓練を受けてた」
「へぇ、それは意外だな。セレスティア内部にだって立派な訓練場があるだろ……って、おい、先に進むな」
「もう調査は始まってる」
ラリはディアの言葉を遮るようにして、腕時計型の立体マップを呼び出し歩き出していた。腰にはハンドガンのみという軽装であったが、今までもこうして任務を遂行していたのだろう。
ディアは電子ゴーグルを装着しつつ、やれやれと言いたげにラリの後を追った。
「干渉はしないって言ったが、バディを組んでることは忘れないでくれよ」
「別に、マップ内の調査ポイントをそれぞれ確認出来たら、それでいいんじゃない? 遺物があったらその時に連絡したらいいんだし」
「おい――……、っ」
『……ナイ』
早歩きでディアを撒こうとしているラリと、それを追うディアが、同時に何かを聞いた。二人ともそれぞれのマップを見るが、そこに示すものは何もない。
『……滅ビタク、ナ……消エ……ナイ……』
「この声、どこから……地下遺跡?」
「そっちは立ち入り禁止区画だろ。……おい、ラリ!」
ラリはまたもや勝手に単独行動に出た。
誰ともわからぬ『声』に導かれるようにして、調査ポイント外である場所へと歩き出したのだ。
『消エタク、ナイ……』
(滅びたくない、消えたくない……って言ってるのか? これじゃあまるで――)
「ラリ、止まれ!」
ディアの電子ゴーグルに、危険を示すコード文字が浮かび上がった。
ラリにも同様に表示されているはずなのだが、彼はそのまま歩を進めようとする。
軽く舌打ちをしたディアが、大きく一歩を踏み出した後、ラリの目の前に手のひらを差し出してその行動を止めさせた。
「……ちょっと」
「お前、いつもこうして指示を無視してんのか? 無意味に危険地域に踏むこむな!」
これは、軍人時代の癖でもあったし、勘でもあった。
上の指示に従わす、トラップを踏んで命を落とした仲間や部下たちを何人も見てきた。だからこそ、ラリの行動に口を出さずにはいられなかったのだ。
「ディアも気づいてると思うけど、あれは多分遺物だよ」
「それはそうだとは思うが、俺は今まで遺物が声を発したなんて事案は聞いたことがない」
「……俺も聞いたことはないし、見たこともない。でも、だからこその調査でしょ」
「それもわかる。だがなラリ、これが罠だったらどうするつもりだ」
「……それは、……」
ラリはそれに答えることが出来なかった。
自分でもこんなに軽率に足が向かってしまったことが、少々不思議ではあったのだ。
好奇心だろうか、それとも、あの『声』のようなモノに、とてつもなく惹かれてしまったからなのだろうか。
どちらも違うような気がして、ラリはその場で深呼吸をする。
「……お前、この遺跡がなんで立ち入り禁止になったのかは、上司から聞いてないのか」
「量子分解が影響してるだとかっていうのは、昔に聞いてたけど……」
(オリクスはクォーツァの星系だから……原因はそっち?)
クォーツァはほんの二日前に滅んだ星だ。
爆発をせずに形を崩したあの光景は、ラリにとっては美しいものだったと記憶している。
『……滅ビたク、ない』
「!」
「っ、おい……」
声が近づいてきた。
崩れかけた古い遺跡の入り口の前にゆらりと姿を見せた『それ』は――小さな少女の形をしていた。