21. 影と焦燥の帰還
宇宙空間に浮かぶセレクシオンの姿が、じわじわと視界に迫ってくる。
コアリスからの帰還を終えたラリたちの乗る小型船は、現在、ステーションの自動着艦モードへと移行していた。
「……無事に戻ってこれたな」
「うん」
ディアが、安堵を隠すように短く呟いた。
ラリはサイドシートに座りながら頷き、掌に残るかすかな震えを意識する。
(――今回の任務は、試練みたいなものだったな……)
ただ遺物を回収しただけではない。あの星で、自分は確かに何かを越えた。
そして、ディアも似たような感情を胸の内で感じているようだった。
小型船がステーションのドックに滑り込むと、管制からの指示が届く。
『エージェント・ナイトおよびエージェント・アーク。任務帰還を確認。報告ブリーフは後刻。まずは整備室へ』
電子音声が淡々と伝える。ディアがラリの方を見て、軽く顎を横に向けた。
「行くか」
「うん」
二人が整備室へと向かうと、そこにはすでに整備員たちがスタンバイしていた。
サイバーボックスを預けると同時に、彼らを出迎えるために待っていたアメリアが慌ただしくラリに駆け寄ってきた。
「ラリ、ディア。おかえりなさい。 ……疲れた?」
「ただいま。……ちょっとね、回収で色々あったけど、大丈夫だよ。ありがとう」
軽く笑って返すと、アメリアはやや緊張を解いたようだった。だが、直後に何かを感じ取ったのか、ラリの手元を見る。
微弱な指先の震え。背の低い彼女くらいしか気づかないであろうそれに、アメリアは触れることを躊躇ってしまった。
(……ラリ、なにか……隠してる? ううん、そうじゃない……きっと、回収の時に何かを感じたんだ)
アメリアがそんなことを考えている間に、別の隊員がラリとディアにそっと耳打ちをしてきた。
「あの、ルビオンさんのチーム、さっき帰還したらしいんですが……どうも、うまくいかなかったみたいで……」
「!」
ラリの表情がわずかに曇る。
整備室を出るとすぐ、ステーション内部の廊下で、ルビオンの姿を見つけた。
彼はひとり壁にもたれ、測定器のログを見返している。その表情には、悔しさと焦りが露骨に滲んでいた。
「なんでだ、なんで……僕の計算ではあそこで完ぺきに回収出来たはずなのに……!」
「……ルビオン……」
思わず声をかけると、彼は一瞬肩を震わせたが、すぐにそっけない態度で答えた。
「……あぁ、戻ってたんだ。お疲れ様だね。僕は……ふん、少しミスっただけだから」
明らかに自分に言い聞かせるような口調だった。
ラリはそれ以上を踏み込まず、そっと視線をディアに送った。
ディアはそんな彼らを見て、溜息を吐きながら口を開く。
「気持ちはわかるが、焦るな。……失敗は誰にでもある。その焦りをコントロール出来なきゃ、今後に響くぜ」
「ディアさん……」
(……僕だって、ヴァルティス家としての誇りが……っ、こんなミス、兄さんたちだってきっと僕を笑う……!)
ルビオンの目が、揺れた。焦りの自覚はしっかりとあるらしい。
だがそれでも、自尊心がすべてを崩してくる。だからこそルビオンは、その後は何も言わずに視線をそらしたままだった。
◆
その日のブリーフィングは、予定よりもずっと簡潔だった。
だが、ひとつだけ不穏な報告が二人の元に届けられる。
コアリスで回収された遺物の波長に、『外部的な干渉の痕跡』が残っていたのだ。
それは自然由来のものではなく、何者かの意図が感じられる細工された痕があったという。
「やっぱり……」
小さく反応したのは、ラリであった。
ディアも同じように眉目を寄せつつ、何かを考えこんでいるようだ。
――『Z』の影。
誰もその名を出すことはなかったが、確かにここに『意志』があると、感じるのだ。
「この先、厄介なことになっていきそうだな」
「……そうなんだろうね」
手元の立体パネルを操作しながら、ラリはディアの言葉に頷いた。
通常任務の裏で『Z』の存在を追う真の任務は、彼らにしか与えられおらず、口外も出来ない。だからこそ、内に潜むかのような妙な気配にも気を配らなくてはならない。
コアリスでの件も、偶然としては出来過ぎている部分も否めない。
――もし、このセレクシオン内部に、『Z』と繋がれる人物がいたとしたら?
「……っ」
ラリはそこまでを考えて、緩く首を振った。
あり得ないことではないが、実際にそうだとしたらそれは相当まずいことにもなる。
「アメリア……彼女を、次から必ず連れ出そう。もしかするとここにいても、安全とは言い切れないかもしれない」
「あの女医曰く、自分の目の届く限りは大丈夫だとは言ってたが……俺も、完全じゃないと思うぜ」
「……これからは、お互いに慎重に過ごしていこう」
「そうだな。……あぁ、そういえば、明日の昼には本部主導の報告会議があるらしい。お前さんの調和の力について、――上の連中も気になってるらしいぞ」
「……、今更だな……でも、そうだね。タイミング的に言えば今が丁度いいんだろうね」
ディアの言葉に、ラリは若干否定的な感情を見せた。
だがそれでも、今までの任務では今回のように明確な『調和』の力を発揮させたことはなかった。そのデータを見て、上が何かを言ってくるだろうという事はある程度予想していたらしい。
「まぁ、お前のその力を目の当たりにしてるのは俺しかいない。何かやっかみが入っても、俺がフォローしてやるよ」
「……うん、助かるよ」
ラリとディアには、お互いの自覚すら出来ないうちに信頼と絆の感情が出来上がっていた。
極秘である情報を同時に知ってしまったあの日から――その運命は決まっていたのかもしれない。
今では互いに考えていることすら自然と分かり合えるようになり、こうした会話もスムーズになった。
だからこそ彼らは、より慎重に前に進まなくてはならない。
――『Z』という存在は、自分たちが思っているより相当厄介な人物なのだろう。
そう、心に言い聞かせながら、ラリは顔を上げてまだ見ぬ不透明な未来へ意識を向けた。