2.ツーマンセル
二日後、早い時間に上司からの呼び出しがあった。
ブリーフィング室は3階の特別棟011室とホログラム通信機が示していて、ラリは脱力しながら着替えを済ませる。
その部屋に呼び出される時は、決まって誰かと組まされての任務であると、彼は知っているのだ。
そうして彼は自分のIDが登録された腕時計をドアの前で掲げて、部屋を出た。
――その数分前。
宇宙ステーション『セレクシオン』内が俄かに騒がしくなっていた。
昨日の星崩壊のニュースとはまた別の空気だ。主に女性たちが色めき立ち、一人の人物へと熱い視線を送っている。
「なぁ、あれってディアマンテ星の……」
「……あぁ、『ストライカー』だろ?」
「セレクシオンに赴任してきたって聞いてたけど、こんなに早くその姿を見れるとはな……」
「ねぇ、あのイケメン誰? すっごい好み」
「前に噂になってた人じゃない? ディアマンテの軍人だった人……」
「素敵ね……」
どうやら、相当に有名であるらしい。
ひそひそと囁かれていた言葉たちは当然に本人の耳にも届いており、彼は苦笑を浮かべつつも目的の部屋まで歩き続けていた。
高身長にしっかりとした体躯。プラチナホワイトの髪が前で揺れるたびに女性のため息が漏れる。
そんな『彼』が向かう先は――特別棟011室であった。
「――今回の任務では、ツーマンセルで当たってもらう」
「それは、強制ですか」
「君の言いたいことは分かるが、こちらとしてももう少しチームワークを深めてほしいんだよ、ラリ=アーク」
「……はぁ、わかりました……」
――分かりたくはないが、と本心では思いつつ、ラリは頷くしかなかった。
壮年の上司が渋い顔をしている。何度も同じことを言われ続けてきたのだろう。
「それで、誰と組まされるんですか?」
「支部から転属してきたばかりの人物だよ。データは手元で見たまえ」
「はい……」
立体ホログラムを呼び出し、詳細データを確認する。
ディアマンテ星出身、ディア=ナイト。30歳。元軍人。母星が消滅の危機に陥り、宇宙規模の平和条約に触れたことをきっかけに解散。別の星系の支部ステーションに所属していたが、本日付で本部であるセレクシオンに転属と記されている。
『通称:ストライカー』と追記で記されているが、これは軍人としての名残なのだろう。
(よく言う『栄転』か……早速気が合わなそう……)
ラリが最初に抱いた印象は、やはりマイナスであった。
他人がどういう出自であるかは普段からさほど気にかけはしないのだが、今回ばかりはその感情が少しばかり動いたようだ。
――ポン、と短い電子音が鳴った。
この部屋に誰かが来たことを告げる音でもある。
渦中のディアが来たのだろう。
「入りたまえ」
「――失礼します」
微かに空気が張り詰めた。
直後にスライド式のドアが開き、その姿が一歩を進んでくる。
いかにもといった鍛えられた体躯に、整えられた風貌。女性たちが放っておかないであろうとラリですら思うほどの美形の男が現れた。
「本日付でセレクシオン配属となりました、ディア=ナイトです」
「よく来てくれた。歓迎するよディアくん。――早速だが、こちらの彼が今回の君のバディだ」
「……へぇ、噂はかねがね。若いながらも既にエリートエージェント。そんな彼と組めるなんて光栄です」
「…………」
眩しい笑顔を向けられ、ラリは思わず視線を泳がせた。
早速信頼を寄せられた言葉を投げかけられたというのに、それに答えることが出来ない。
「ラリくん」
「……あぁ、はい。どうも、ラリ=アークです。よろしく」
視線を合わせることが出来ずに、小さな声で挨拶をした。
抑揚のないその声と態度に、ディアの表情が微かに歪む。そして彼は視線のみでラリと上司を素早く見て、状況をある程度理解しているかのようだ。
「お前、いつもそうなのか」
「……気に障ったんなら、謝るよ。今回限りのツーマンセルだろうし、ミッションが終わるまで我慢して」
「ふぅん……まぁ、今回限りだとしても、組む以上はそれなりの働きをしてくれ」
「俺は俺のしたいように動く」
「…………」
展望のない会話であった。
初対面でこのパターンは、ラリの上司としては茶飯事でもあったが、相手がどう受け取るかでまた結果も違ってくる。
ラリが担当するミッションそのものに失敗はないが、レポートには必ず苦情が入るのだ。
『協調性皆無。バディの意味を成さない』
『次回は組みたくない』
『勝手に行動されて、組んでいる意味が全く無かった』
「はぁ……」
上司もラリの行動は常に問題視していた。
それゆえにあらゆる任務で試行錯誤をしているが、どうにも成果が上がらない。思わずの溜息がこぼれてしまうのも、仕方のないことなのだろう。
彼の個しての性格やバックボーンを鑑みても、明るくはないのだ。
「――今回の任務内容だが、オリクス星に不可解な物質を観測した。そちらの調査と回収を担当してほしい」
「オリクス星といえば……数日前にそっちの星系で星が一つ滅んでますね」
「あぁ、クォーツァ星だろう。それらも兼ての調査だと思ってくれていい」
「…………」
上司とディアが言葉を交わしている間、ラリは手元のデータを確認していた。
オリクスは小さな星なので普段から人はおらず、過去にはセレクシオン本部の訓練場として使われてきた歴史がある。幾度目かの調査で地下に古い遺跡のような建造物を発見後は、立ち入り禁止とされてきた。
(不可解……どっちみち何かの遺物なんだろうけど……遺跡のほうとは無関係そうだな。オリクスそのものに滅びの兆候は出ていないから、外部からの影響かな……今の環境ってどうなってるんだろう)
ラリは心でそう呟きつつ、静かにホログラムデータを操作してみた。
現在のオリクス星の環境はどうなっているか。それを呼び出してみたのだが、一瞬だけノイズが走り、その直後の画面に『|unanalysable《解析不能》』のエラーメッセージが出されたのだ。
「!」
「ただの調査じゃ済まなそうだな」
ディアも同様に、データを確認していた。
彼にもそれなりの経験が備わっているので、状況判断が先に働くのだろう。
「――では、行動開始だ」
「はい」
上司が緊張感を保たせるために、手のひらをパンと叩いた。
それが合図となり、ラリは顔を上げて頷きを見せる。だが、ディアのほうへは視線をやらずに、そのまま特別室を出て行ってしまった。
「やれやれ、本部での初任務がこれとは前途多難だな……」
ディアは小さくそう呟きながら、しっかりとした足取りで部屋を後にする。
「ラリ=アーク」
「……ラリでいいよ」
「お前も嫌かもしれないが、組んでる間は少しは協調性を見せろ」
「……任務に協調性や感情なんて必要ないと思うけど」
「感情のない奴に命を預けるようなことはしたくないんでね」
「…………」
廊下を進むラリを引き留めたディアが、諫めるようにしてそう言った。
年長者としての進言でもあったが、本音でもある。
対するラリは返せる言葉を見つけられずに、眉根を寄せてから床に視線をやりそのまま無言で踵を返してしまった。
ディアはその彼の行動を黙って見送った後に、自身も歩を進めて任務に就く準備を始めるのであった。