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19.乾いた星の終わりに

 

 遺物の光が、静かに収束していった。

 ラリはディアに支えられながらも、ゆっくりと膝をつき呼吸を整える。


「……大丈夫そうだな」

 

 ディアが短く呟いた。

 彼の視線の先では、遺物は完全に落ち着いたように見えた。青白い光は淡い脈動に変わり、まるで深い眠りについたかのようだ。

 ラリは震える指先で測定器を再び確認する。

 波形グラフは安定したまま、警告音も再び鳴る気配はない。

 ただ、どこか――遺物そのものに、かすかな『疲弊』のようなものを感じ取った。


(……もしかして、これも……)


 ラリはかすかに眉をひそめる。

 暴走していたのは、単なる異常ではなかった。

 遺物自身が『何か』に抗って、そして疲れ果てた末に壊れかけていたのではないか――そんな直感が胸をよぎったのだ。


「回収できるか?」

「……うん、多分。まだ脆くなってるけど、慎重にやれば」


 ラリは回収用のサイバーボックスを取りながら、そう言った。

 そしてそのまま、封入作業に入る。

 ディアはそれを無言で見守りつつ、周囲の警戒を怠らずにいた。

 そして、その数秒後。

 『カチリ』と小さく、サイバーボックスが閉じる音が、乾いた空気に響いた。


「……完了」

「よし、すぐに引き上げるぞ」

「そうだね、了解」


 ディアがラリに手を差し伸べる。

 ラリは一瞬だけ迷ったが、素直にその手を取った。

 ぐっと引き上げられ、二人は再び並び立つ。


 ――空を見上げると、赤錆びた雲が、さっきよりも不穏に波打っていた。


「……ディア、あれ……」

「やっぱり、気づいたか」


 ディアも、すでに同じ異変を感じとっているようだった。

 遺物が安定したにもかかわらず、この星の空気は妙な緊張感を孕み始めている。


「たぶん、遺物の暴走が原因じゃないよ」

「星そのものか……?」


 二人の間に、短く重い沈黙が落ちた。

 測定器を再起動して周囲のデータを拾うが、地表の磁場に微かなゆらぎが生じていることがわかる。

 ごく小規模なもので、すぐに影響が出るわけではない。だが、これが星の深層部に繋がる問題なら――長期的には、コアリスも滅びの道をたどるかもしれない。


「……これも報告はしておくか」

「うん」


 遺物の暴走だけが問題ではなかった。

 この星もまた人知れず、だが確実に終わりへ向かっているのだ。


「行くぞ、ラリ」

「……そうだね」


 二人は背を向けた。

 収束した遺物の脈動を背に、砂煙の中へと足を踏み出す。

 ――乾いた星に、二つの影だけが静かに伸びていき、二人は小型船へと引き返していった。

 背中越しに、乾いた風が砂を舞い上げる音だけが響いている。


「……やれやれ。静かすぎるってのも、不気味なもんだな」

「事前に貰ってたデータも、少し古かったのかもしれないね。俺はもう少し、水源も残ってるのかと思ってたよ」

「調査を後回しにしてたツケってやつだな。こんな風になっちまう前に、もっとどうにか出来ただろうに」


 乗船後、ディアはぐったりと肩を落としながらそう言った。

 それを聞いていたラリも同じようにして肩を落としつつ、航行プログラムを起動させる。

 電子パネルが浮かび上がり、『帰還しますか?』の文字が表示される。

 遺物として星のコアは回収出来たとしても――星そのものの崩壊を防ぐことは出来ない。ディアの言うようにもっと早くから調査隊が入ることが出来ていれば――安定を引き延ばすことだって出来たかもしれないのだ。


(……結局は、結果論に過ぎないけど……)


 ラリは心でそう呟きながら、電子ゴーグルを外した。

 船内にはゴーグル専用の洗浄場があるので、迷わずそこへと入れる。


「俺のも頼む。……っと、報告は先に出しとくか」

「うん。そうだね」

「まとめのほうは俺のほうでやっておく。お前は少し休んどけ」

「……ありがとう」


 ディアのゴーグルを受け取り、先ほどの場所へと置く。するとプログラムが起動して、ゴーグルは静かに洗浄用の液体の中へと消えていった。

 その後は小型船が低く振動し、上昇準備に入る。それを座りながら確認すると、ラリは安堵の表情を浮かべた。


 ――その、数分後。


 荒れた地表の上――ラリとディアが立っていた場所の傍に、ふっと人影が現れた。


「あぁ、……我らが……神よ……」


 ローブを深く被った細身の人物だった。ざらついた声であったが、それが男性か女性かは判別しにくい響きでもあった。

 当然ながら、顔は見えない。ただ、ゆっくりと砂上に歩み寄り、ラリたちが去った後の空間に立ち止まる。

 地面を見下ろすその足元には、収束しきったはずの遺物の欠片が、かすかに光っていた。

 人物はしゃがみこみ、細い指先を伸ばす。

 そして、何かを確かめるように、低く呟いた。


「……導きは、まだ……終わっていない……これから、なのだ……」


 乾いた風がローブを揺らし、砂塵が巻き上がる。

 次の瞬間、影は音もなく地表から消えた。

 誰にも気づかれることなく――上昇中であった二人の船にも、感知されることはなかった。

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