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18.祈りの檻を超えて

 乾いた風が、壊れかけた遺物を吹き抜ける。

 ラリはそれを頬で感じながら、目を閉じて両手を伸ばした。 神経を研ぎ澄まし、心を空っぽにして――対象に問いかける。

 その際、僅かに意識が揺らいだような気がした。


「……っ、おい、ラリ!? おい……」


 遠くに、ディアの声を聴く。何かの異変を感じたのだろうが、ラリはそれに反応することが出来なかった。

 近くにいるはずなのに、その声はどんどん遠くなっていく。

 それと同時に乾いた風も遺物の歪んだ気配も、徐々に遠ざかっていった。


(……あれ……。俺は……)


 ――水のにおいと、冷たい空気。どこかで懐かしいと感じながらも、思い出したくはない記憶である。

 そんなことを考えているうちに、気づけば足元が変わっていた。

 乾いた大地ではなく、そこは濡れた石畳――無数の足音が水に消えた場所。

 目線を上げると、灰色の空の下、石造りの広場がどこまでも広がっていた。

 そこには列を成して並ぶ少年少女たち。彼らは一様に膝をつき、頭を垂れていた。祈る姿ではあるが、傍から見れば異様な光景でもある。


「――母なる星に身を捧げよ」


 無機質な声が、広場を満たした。 儀式服を纏った大人たちが並び、誰とも視線を交わすことなく、ただ機械的に同じ言葉を繰り返す。

 その中に、少年の姿のラリがいた。  

 小さく痩せた肩を震わせながら、他の子供たちと同じように、冷たい石畳の上に膝をついている。


(……ここは……俺の、記憶……?)


 頭のどこかで、現在のラリが気づきかけた。

 だが、身体は抗えない。呼吸すら昔の自分に引きずられている。

 一人ひとり、順番に水盤の前に移動させられる。体は冷え切って震えているのに、大人たちはそれを微塵も気に掛けない。

 ただ冷たい水面が、ぬるりとこちらを見返してくるのを幼いラリは遠くに受け止めているようだった。


「――手を伸ばせ。そして祈れ。選ばれし者よ」


 命じるような声は、表向きはラリが暮らす村の村長のものだった。

 ラリは震える指先を水盤へと伸ばす。

 だが――何も、感じなかった。

 水はただ冷たいだけであり、星の声も神託も、そして加護も。 何も得られなかった。


「哀れな恥さらしめ」

「……っ」

 

 途端に、広場に漂う空気が冷たく硬くなる。 大人たちの誰かが、氷のような言葉吐き捨てた。

 ――ラリを「選ばれなかった子供」として見下し始めたのだ。


 ――星に定められし運命の子よ……。


 別の声が意識に押し込まれてくる。

 運命を背負えと言われ、希望という名の重荷を課せられた記憶も確かにあるのに――今この光景は、全てが真逆だ。


(これが遺物の……狙い? 俺は……いや、ちがう……)


 言葉にならない。 叫びたくても声は出ない。 そのまま誰かの手に押されて、水盤の中へ突き落とされる。

 冷たい水が、口と鼻を塞いだ。

 苦しい。 誰も助けてくれない。両親すらも―― 誰一人、こちらを見ない。

 ――あの時、選ばれなければこうなっていたのかと、冷静に感じる自分もいた。

 だが、またもや意識が少年のラリと同化し、混濁する。


(……いやだ……いやだ……!)


 必死に藻掻いていた。諦めてこのまま手放すことも出来たはずだが、それでも死ぬのは嫌だと感じたらしい。

 ある程度を藻掻き、力尽きかけたころに水の向こうから、手が伸びてきた。 それは今のラリだった。

 少年のラリを救うように、静かに手を差し伸べる。


「そうじゃない……君は自分のために――生きていいんだよ」


 誰にも強いられず、誰にも否定されず。  

 ただ、生きるために。

 少年のラリが、震える手を伸ばす。 そして、大人のラリの手をしっかりと握った。


 ――その瞬間に、世界が砕けたかのような感覚に陥った。



  ◆


 

「――ラリ!!」


 ディアの怒鳴り声が、耳をつんざいた。

 ラリはその声で意識を取り戻し、瞠目する。 砂塵と光が交錯する中、彼はまだ手を伸ばしたまま立っていた。


「無茶するな、戻ってこい!」


 ディアが叫んでいる。 周囲の空間はなおも不安定だった。だが、ラリの前にある遺物は、確かに変化している。

 波長のずれていた波動も、わずかに重なり始めている状態だ。

 それからほどなくしてじわじわと光が静まり、明滅していた脈動が徐々に整い始めていた。

 ラリはぐっと歯を食いしばりながら、両手を前に突き出す。これは自分の意志で動いているのだと、自身に言い聞かせるようにして遺物を見つめた。


(大丈夫だ。大丈夫……このまま、落ち着かせられる)


 静かに優しく、掌を向かい合わせる。 重なり合うように、二つに裂かれかけた鼓動が、ひとつへと引き寄せられていく。

 ディアが、気配を読むように静かに動いた。 銃を抜くことも、突入することもせず、ただラリの背を守るように立つ。

 そうして――遺物の中心で、最後の光が結ばれた。

 

「――はぁ、はっ……」

 

 短く息を吐く。そのまま力が抜けてがくりと膝をつきかけたが、すぐにディアが支えてくれた。


「……無理するなって言っただろう。まだ回収作業が残ってるんだぞ」

「うん、ごめん……」


 ラリは小さく頷き、測定器を確認した。

 ずれが生じていた波形は安定しており、警告音もすでに止まっている。


(……出来たんだ)


 小さく、誰にも聞こえない声で呟く。

 二人の影が、まだ赤錆びた空の下で静かに交錯していた。

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