15.静寂の惑星へ
船内に低く響く起動音が、出発の合図を告げた。
ラリ=アークは小型宇宙船の壁にもたれ、軽く息をつく。
視線の先には、今回の任務地――惑星コアリスのデータがホログラムで浮かび上がっている。
――小さな星であった。
かつては豊かな水源に恵まれたが、現在はほとんどの表層水が失われ、乾いた荒地が広がっている。
地中深くには、わずかに残る水脈と未解明の地下洞窟が存在するという。
『調査と回収任務』と呼ぶには、あまりにも静かなそんな惑星でもある。
そして、今回の任務は――。
「……ここにきて、二人きりか。最初に戻ったみたいだな」
隣の席で、ディア=ナイトが短く呟いた。
普段は必ず一緒に行動していたアメリアは今回は留守番。ルビオンは別任務で後方支援に回されている。
「……そうだね」
ラリは控えめに応じた。
声に出さなくても、緊張感は互いに伝わっていた。思い返せば、初めてのツーマンセルでの任務時の空気に若干似ている。
あの時は、ラリはディアに対して興味も抱かず、そしてディアもラリに対しては不信感しか無かっただろう。
今でこそ会話が成り立つようにはなったが、変化した感情については互いに距離を置いているような状況だ。
そして、二人きりでの任務となれば、手を抜くことも他の誰かに頼ることもできない。
(別に、昔からずっとそうだったじゃないか……)
ディアと出会う前は、ほぼ一人きりの任務だった。
指示通りに任務地へと向かい、調査をして遺物があれば回収し、本部へと戻る。
そんな簡単であるはずだった行動は、今はもう遠い過去にようにさえ感じた。
「見えてきたな」
『亜空間航行』を終えた直後、窓の外には惑星コアリスが静かに浮かんでいた。
乾いた大地と、ところどころ剥き出しになった岩盤。
わずかに名残を留める青い筋――それが、かつて水脈が走っていた痕跡だ。
(……アクアリスに、似てる)
一瞬、喉の奥がきゅっと詰まった。
美しいはずだった故郷。
だが、その水すらも崩れ、消えていこうとしているあの星。
それを思い出させるには、十分すぎるほどの似た環境であったのだ。
「警戒はしておけ。ここはただの田舎星じゃない」
「……うん。気を引き締めるよ」
ラリは小さく頷き、拳を握り直した。
静かな星。それは静かな、試練の始まりだ。
船の自動音声が、降下準備を告げる。
『降下シークエンス開始まで、残り二十秒。安全装置を確認してください』
ラリとディアはそれぞれシートベルトを締め直し、視線を前方モニターへ向けた。
視界は砂塵にぼやけ、まるで地表そのものが煙るようだった。
だが、前回の霧星とは違う。
ここには、濃密な湿り気も甘い腐臭もない。
ただ、ひたすらに乾いた風が、ざわざわと音を立てているだけだ。
(……空気が、重たい)
ラリは無意識に手のひらをぎゅっと握った。
何かが、違う。
見た目だけなら、穏やかにさえ見えるのに――肌で感じる違和感は、無視できないものだった。
「惑星全体に、微弱な重力波の乱れがあるらしい」
ディアが端末を操作しながら淡々とそう言った。
「だからこそ、探索部隊も手をつけなかった。小規模な重力異常、磁場乱れ、電磁波障害……生半可な機材じゃ近づけないってことだ」
「それでも……今、俺たちは降りて行くんだね」
「遺物反応が出た以上はな。調査して回収する、それが俺たちの仕事だ」
『まもなく着陸態勢に入ります。安全確認を行ってください』
軽い振動とともに、着陸脚が地表に接地する。
霧ではない砂塵が舞い、視界がきめ細かく曇った。
「到着したぞ」
「うん……」
二人はほぼ同時に席を立つ。
装備を最終確認し、エアロックの解除ボタンを押した。
――シュゥウ、と空気が抜ける音。
次の瞬間には、乾いた空気が船内に流れ込んできた。
「視界良好……とは行かないか。先にゴーグルを装着しておけ」
「了解」
ラリは慣れた手つきでゴーグルを装着し、すぐに周囲をスキャンした。
ディアも同様にゴーグルを起動し、赤外線モードに切り替える。
地形は不安定、起伏も激しい。
「……行こう」
ラリがディアに向かって小さく頷く。
ディアも無言で頷き返すと、二人は並んで乾いた地表の上を歩き出した。
――静かな、静かな星。
だが、この沈黙の向こうには、彼らに与えられた『試練』が確かに待っていた。
◆
ザリ、と靴底から乾いた音が響いた。かつては潤っていたはずの大地、そして地下にはまだ水脈があるはずなのに、この星はすでに枯れ切っているようにも思える。
(近い将来……アクアリスもこんな風になるのかな……)
その内心の呟きは、若干皮肉めいてもいた。誰にも明かすことのできない、小さな葛藤のような感情だ。
ラリはそれをかき消すようにして慎重に歩みを進めながら、腕に装着した測定器のモニターを確認する。
「……ディア。この先に遺物の反応が確かに出てる。でも……変だ」
「どこがだ?」
ディアも立ち止まり、ラリの端末を覗き込む。
波形グラフが、不規則に揺れている。通常の遺物ならもっと安定した脈動を示すはずだ。
だが、これは――。
「波長が、……微妙にずれてる」
「なんだ、この反応……?」
ディアがゴーグルを操作し、独自のスキャンモードに切り替える。
ひとつの核に、異なる波長の揺らぎが重なっている――。
まるで、内側で何かが軋んでいるような、そんな印象だった。
「二つ……あるみたいに見えるな」
「でも、信号源はひとつのはずなんだ……」
ラリが小さく眉をひそめた。
何かがおかしい。
これは、ただの遺物の反応ではない。何か別の要因――たとえば、意図的な分離、もしくは変質。
そして、今この場でそれを引き起こしている原因が、まだ特定できていない。
(こんなに早く、異常が出るなんて……)
胸の奥で、小さな警鐘が鳴る。
けれど、それは恐怖ではなかった。むしろ、確かめなければならないという、強い意志のようなものだった。
「――ラリ」
「うん、わかってる」
互いに短く目配せをし、慎重に歩き出す。
小さな測定器のアラートが、かすかに警告音を鳴らし始めた。
――まるで、これから何かが始まることを告げるかのように。




