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フラグメント・エコーズ ~心を繋ぐ銀河の旋律~  作者: 星豆さとる
第三章 沈黙の調律

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15.静寂の惑星へ


 船内に低く響く起動音が、出発の合図を告げた。

 ラリ=アークは小型宇宙船の壁にもたれ、軽く息をつく。

 視線の先には、今回の任務地――惑星コアリスのデータがホログラムで浮かび上がっている。

 ――小さな星であった。

 かつては豊かな水源に恵まれたが、現在はほとんどの表層水が失われ、乾いた荒地が広がっている。

 地中深くには、わずかに残る水脈と未解明の地下洞窟が存在するという。

 『調査と回収任務』と呼ぶには、あまりにも静かなそんな惑星でもある。


 そして、今回の任務は――。


「……ここにきて、二人きりか。最初に戻ったみたいだな」

 

 隣の席で、ディア=ナイトが短く呟いた。

 普段は必ず一緒に行動していたアメリアは今回は留守番。ルビオンは別任務で後方支援に回されている。


「……そうだね」

 

 ラリは控えめに応じた。

 声に出さなくても、緊張感は互いに伝わっていた。思い返せば、初めてのツーマンセルでの任務時の空気に若干似ている。

 あの時は、ラリはディアに対して興味も抱かず、そしてディアもラリに対しては不信感しか無かっただろう。

 今でこそ会話が成り立つようにはなったが、変化した感情については互いに距離を置いているような状況だ。

 そして、二人きりでの任務となれば、手を抜くことも他の誰かに頼ることもできない。


(別に、昔からずっとそうだったじゃないか……)


 ディアと出会う前は、ほぼ一人きりの任務だった。

 指示通りに任務地へと向かい、調査をして遺物があれば回収し、本部へと戻る。

 そんな簡単であるはずだった行動は、今はもう遠い過去にようにさえ感じた。


「見えてきたな」

 

 『亜空間航行』を終えた直後、窓の外には惑星コアリスが静かに浮かんでいた。

 乾いた大地と、ところどころ剥き出しになった岩盤。

 わずかに名残を留める青い筋――それが、かつて水脈が走っていた痕跡だ。


(……アクアリスに、似てる)


 一瞬、喉の奥がきゅっと詰まった。

 美しいはずだった故郷。

 だが、その水すらも崩れ、消えていこうとしているあの星。

 それを思い出させるには、十分すぎるほどの似た環境であったのだ。


「警戒はしておけ。ここはただの田舎星じゃない」

「……うん。気を引き締めるよ」


 ラリは小さく頷き、拳を握り直した。

 静かな星。それは静かな、試練の始まりだ。

 船の自動音声が、降下準備を告げる。


『降下シークエンス開始まで、残り二十秒。安全装置を確認してください』


 ラリとディアはそれぞれシートベルトを締め直し、視線を前方モニターへ向けた。

 視界は砂塵にぼやけ、まるで地表そのものが煙るようだった。

 だが、前回の霧星とは違う。

 ここには、濃密な湿り気も甘い腐臭もない。

 ただ、ひたすらに乾いた風が、ざわざわと音を立てているだけだ。


(……空気が、重たい)


 ラリは無意識に手のひらをぎゅっと握った。

 何かが、違う。

 見た目だけなら、穏やかにさえ見えるのに――肌で感じる違和感は、無視できないものだった。


「惑星全体に、微弱な重力波の乱れがあるらしい」

 

 ディアが端末を操作しながら淡々とそう言った。

 

「だからこそ、探索部隊も手をつけなかった。小規模な重力異常、磁場乱れ、電磁波障害……生半可な機材じゃ近づけないってことだ」

「それでも……今、俺たちは降りて行くんだね」

「遺物反応が出た以上はな。調査して回収する、それが俺たちの仕事だ」


『まもなく着陸態勢に入ります。安全確認を行ってください』

 

 軽い振動とともに、着陸脚が地表に接地する。

 霧ではない砂塵が舞い、視界がきめ細かく曇った。


「到着したぞ」

「うん……」


 二人はほぼ同時に席を立つ。

 装備を最終確認し、エアロックの解除ボタンを押した。


 ――シュゥウ、と空気が抜ける音。


 次の瞬間には、乾いた空気が船内に流れ込んできた。


「視界良好……とは行かないか。先にゴーグルを装着しておけ」

「了解」


 ラリは慣れた手つきでゴーグルを装着し、すぐに周囲をスキャンした。

 ディアも同様にゴーグルを起動し、赤外線モードに切り替える。

 地形は不安定、起伏も激しい。


「……行こう」


 ラリがディアに向かって小さく頷く。

 ディアも無言で頷き返すと、二人は並んで乾いた地表の上を歩き出した。

 ――静かな、静かな星。

 だが、この沈黙の向こうには、彼らに与えられた『試練』が確かに待っていた。


 

  ◆


 

 ザリ、と靴底から乾いた音が響いた。かつては潤っていたはずの大地、そして地下にはまだ水脈があるはずなのに、この星はすでに枯れ切っているようにも思える。

 

(近い将来……アクアリスもこんな風になるのかな……)


 その内心の呟きは、若干皮肉めいてもいた。誰にも明かすことのできない、小さな葛藤のような感情だ。

 ラリはそれをかき消すようにして慎重に歩みを進めながら、腕に装着した測定器のモニターを確認する。


「……ディア。この先に遺物の反応が確かに出てる。でも……変だ」

「どこがだ?」


 ディアも立ち止まり、ラリの端末を覗き込む。

 波形グラフが、不規則に揺れている。通常の遺物ならもっと安定した脈動を示すはずだ。

 だが、これは――。


「波長が、……微妙にずれてる」

「なんだ、この反応……?」


 ディアがゴーグルを操作し、独自のスキャンモードに切り替える。

 ひとつの核に、異なる波長の揺らぎが重なっている――。

 まるで、内側で何かが軋んでいるような、そんな印象だった。


「二つ……あるみたいに見えるな」

「でも、信号源はひとつのはずなんだ……」


 ラリが小さく眉をひそめた。

 何かがおかしい。

 これは、ただの遺物の反応ではない。何か別の要因――たとえば、意図的な分離、もしくは変質。

 そして、今この場でそれを引き起こしている原因が、まだ特定できていない。


(こんなに早く、異常が出るなんて……)


 胸の奥で、小さな警鐘が鳴る。

 けれど、それは恐怖ではなかった。むしろ、確かめなければならないという、強い意志のようなものだった。


「――ラリ」

「うん、わかってる」


 互いに短く目配せをし、慎重に歩き出す。

 小さな測定器のアラートが、かすかに警告音を鳴らし始めた。


 ――まるで、これから何かが始まることを告げるかのように。

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