14.静穏の帰路にて
『――まもなく、宇宙ステーション『セレクシオン』へ到着いたします』
セレクシオンへの帰還を知らせる船内アナウンスが、静かに流れた。
揺れの少ない航行だった。ラリは窓の外の星々を見つめながら、霧の星での一連の出来事を思い返していた。
「…………」
回収された遺物は、今も彼のサイバーボックスの中に静かに収められている。
その核からは不思議と穏やかな波動が伝わってきて、どこか心を落ち着かせる作用すらあった。
(……それにしても、この遺物の分離……明らかに外的要素があって起こったはず。なのになんで、上からは何も通達は無かったんだろう……)
そんな思考を巡らせていると、妙なブレを感じた。
上が何も情報をよこしてこなかったわけではなく、誰かが秘密裏にこの分離を行った――だとすれば、ラリが思い当たるのは『Z』の影だ。
(もともと、そういう任務だったしな……ということは、今回は当たりを引いたって思ってもいいのかも)
「ふぁ……」
ラリの横に座っていたアメリアが、小さくあくびをした。
あの霧の中を歩かせてしまったのだ、疲れたのだろう。
「眠ってても良かったんだよ」
「ううん、平気。……あのね、さっきラリの力、すごかったね」
「……あぁ、うん。自分でも、あそこまでうまくいくとは思ってなかったよ」
ラリは照れるように視線を逸らした。アメリアは彼の袖をつまみながら、にこっと笑う。
「でも……あれは、わたしにはできないな。きっとラリだから、遺物も応えてくれたんだよ」
「……そうかもしれない。だけど俺はまだ、自分の力を使いこなせてるとは言えない気がするよ」
そんな返事をしながらも、ラリの表情には少しだけ自信が宿っていた。
――反対側の席では、ディアが端末を見ながら報告書をまとめていた。
彼の顔は相変わらず無表情に近かったが、目元のわずかな緩みが今回の任務の成果を物語っている。
そして、その隣では――。
「…………」
ルビオンは、うつむいたまま一言も口を利いていなかった。
手元の指先は、革のグローブの上から何度も何度も擦られている。
まるでそこに何か残っているのではないかとでも言うように。
胸の奥に渦巻いていたのは、劣等感か、悔しさか――それとも、単なる嫉妬か。
答えは出ない。けれど、あの光の拒絶に、自分だけが選ばれなかったという事実だけは、痛いほどに残っている。
拳を握る手が、かすかに震えた。
(……まだ終わりじゃない。僕は、こんなところで折れたりしない)
ラリがふと目線を向けた。
その気配に、ルビオンも顔を上げた。今まで合わさることのなかった二人の視線が、初めて交差した瞬間でもあった。
数秒の沈黙のあと、先に口を開いたのは、ルビオンだった。
「……あれで、満足?」
低く、張りのない声だ。
だが、続けて発せられた言葉は、どこか痛みにも似た強さを孕んでいた。
「あなたのやり方で、あの遺物は収まった。僕にはできなかった。だからって……」
言葉に詰まる。ラリは何も答えない。ただじっと、彼の言葉の続きを待っていた。
やがて、ルビオンはゆっくりと立ち上がり、ラリへと指をさす。
「……『お前』なんかに、負けるものか!」
その声は小さかったが、確かに力がこもっていた。
誰に聞かせたいのかも分からない強がり。それでも、今のルビオンにとっては、最大限の誇りだった。
ディアがちらりと視線を向けたが、何も言わなかった。
アメリアも少しだけルビオンに視線を送ったが、それ以上は何も言わずにいる。
ただ、ラリだけが――ほんの少しだけ微笑み、唇を開いた。
「……そうだね。俺も、負けないよ」
短く、そう答えた。
船内に再び静けさが戻る。
だが、どこかその静けさの中に、次の物語の予兆のような熱がわずかに揺れていた。
――窓の外に、セレクシオンの輪郭が浮かび上がる。
船体がわずかに揺れ、軌道接続のアラートが鳴る。
光のラインが導くように広がるドッキングベイが、次のステージの扉のように見えた。
四人は無言のまま席を立ち、整列しながらハッチの開放を待つ。
これで任務は終わり――いや、むしろここからが始まりなのかもしれない。
ラリは、背中越しにルビオンの気配を感じながら、もう一度だけ心の中で呟いた。
(負けないよ。俺も、きっと)
――そう思えるようになったのは、たぶん今、真正面からぶつかってくる誰かがいるからだ。
どんな形であれ、比べられて見られて抗われることで、ラリもまた「進む」ことを選べる。
そう思えるほどには、きっと、彼も変わってきたということなのだ。
二章・終