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フラグメント・エコーズ ~心を繋ぐ銀河の旋律~  作者: 星豆さとる
第二章 共鳴の彼方

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12/22

12.かみ合わない導火線

 薄暗い霧をかき分けながら、ディアとルビオンは南東方向の丘を目指して歩いていた。

 足元の岩は湿気を含んでいて重く、ブーツの裏をぬるりと撫でるように粘ついた感触が残る。転びはしないが、どこか足の裏を引っ張られているような心許なさがあった。

 空気は重く、言葉すら霧に吸われていくようだ。


「……足元、気をつけろ」


 ディアが低く言うと、ルビオンは肩をすくめて見せる。


「ありがとうございます! でも僕、こう見えて機動訓練はしっかり受けてるので!」

 

 声は明るく響いたが、どこか空回りしていた。

 ルビオンの内心は、初任務の高揚感がまだ胸に残っている。

 だがそれでも、霧の濃さや空気の重さ、そしてディアの無言の背中――それらが、少しずつルビオンの心を冷やしていく。

 あれほどまでに憧れていた存在が傍にいるのに、どうして不安ばかりが込み上げてくるのだろう。

 否、これは『焦り』だ。


(認めてもらわなきゃ――だけど、現場がこんなに過酷だなんて……)


 彼は周囲を見渡す。何も見えない。何も聞こえない。

 それなのに、胸の奥で何かがざわついていた。

 体は軽いはずなのに、妙にぎこちない足取りと、浅くなる呼吸。

 ディアに悟られまいと、意識を外に向けようとするのに、焦りの熱はどこまでも自分の内側に居座り続けた。


「止まれ」


 ディアが短く合図の言葉を漏らした。

 それと同時に霧の切れ間に、淡く滲むような紫の光が浮かぶ。

 ディアとルビオンは姿勢を低くしてその光に向かって数歩進み、電子ゴーグルや測定器で数値の確認をする。


「……やっぱり、こっちにも反応があるな」


 岩陰に、かすかに明滅する淡い光があった。

 ラリとアメリアが見つけたものと同じ色だが、こちらの光はゆらゆらと不安定でもある。


「ありましたね……遺物!」


 声を弾ませたはずの自分の声が、妙にかすれていた。

 けれど、そのときにはもう、彼の頭の中では『次にすべきこと』しか考えられていなかった。

 ディアがルビオンの反応に苦言を出そうとするも、彼はそれを振り切るようにして大きく一歩を進む。


(……アークさん達より先に見つけた。だから、証明しなきゃ。僕の力も意志も、役に立つって――)


 手柄を奪うつもりなど、無いはずであった。

 だが、ただ一歩前に出ることが彼にとっては今、すべてなのだ。


「ルビオン、待て。まだ不用意に近づくな。ラリとアメリア側の反応と照合してから――」


 ディアの制止は冷静で、声の調子も変わらなかった。

 だがその眼差しには、わずかな緊張と警戒が滲んでいた。

 遺物に対する経験則が、彼に『慎重すぎるほど慎重に動け』と告げていたのだ。


「大丈夫です! 僕、やれますから!」


 サイバーボックスを展開しながら伸ばした手は、自分のものではないかのように震えていた。

 霧と寒さのせいだ――そう思いたかった。

 そうして、遺物まであと一歩、というところで。


 ――キィィィ……ン。

 

 耳を刺すような金属音が鳴り響く。反応装置が悲鳴をあげたかと思うと、遺物の紫の光が、一瞬だけ赤く染まる。

 続いて、鼓動にも似た重たい震動が指先から背筋を伝って、全身を揺さぶった。


「っ――!」


 その瞬間、彼は確かに『何かの意思』を感じた。無機質なはずの遺物が、まるで生き物のように拒絶している。

 『私に、触れるな』と――そう叫ばれた気がした。


「ルビオン!」


 ディアが即座に腕を引き戻し、ルビオンの身体を庇うように自身の背後へ押しやる。

 遺物はビリビリと脈打つように激しく光を放ち、霧の中の空気すら震えていた。

 警告音が一斉に鳴り始め、周囲の地面が微かに揺れ始める。


「あ……」


 思わず漏れた声は、ルビオン自身のものだった。

 胸の奥が、一瞬で凍りつく。

 あれは、ただの暴走などではない。――生きている、意思を持った存在の拒絶だと、感じ取れたのだ。

 無力化したサイバーボックスが足元で転がっている。それへと視線を泳がせながら、ルビオンは自分の『失敗』を痛感していた。

 呆気ないほどに、先ほどまで握っていたはずの自信は掌から零れ落ちて、どこにも見つからなくなっていたのだ。


「……これは、まずいぞ」


 ディアの低い声が、淡く揺れる霧の中で重く響いていた。


 

  ◆


 

 ラリがふいに顔を上げた。ディアたちが向かった方向を見たのだ。

 何かが――視界ではなく、身体の奥の方で『揺れた』気がした。


「……っ」


 小さく息を呑んで、彼は空を仰ぐ。

 風はないのに、どこかがざわついている。

 耳鳴りに似た、けれどそれよりももっと内側に響くような、高いノイズが全身を撫でていた。

 あちら側で何かが起こった。ある程度の予測は出来るが、今は動くべきではないと判断する。


「……、っ……」


 ラリのすぐ横で、アメリアが測定器を握ったまま固まっていた。

 彼女の眉間には見たことのない緊張が刻まれ、その目は何かに怯えるようにも見える。


「ラリ……遺物が、怒ってるよ」


 その声は小さかったが、確かに震えていた。

 まるで、感情をそのまま言葉に載せたような、そんな響きだった。


「……やっぱり、そっち側か」


 ラリがそう呟いたとき、霧の向こう――遥か彼方で、淡く逆流するような光の揺らぎが見えた。

 淡い紫の光――今ここにあるものと共鳴する何かが、もうひとつ存在している。

 アメリアの瞳がさらに細められた。それは、彼女にしか聴こえない『声』に集中しているときの顔でもある。


「怒ってるっていうより……泣いてるの。助けてって、ずっと呼んでるのに、誰にも届かなくて――」

 

 言葉を選びながら、それでも確信を持って彼女は言葉を続ける。


「戻りたいって、ずっと言ってたのに。……無理やり触られたから、怖がってる。拒絶してる」

「そうか……」

 

 ラリは、ふっと小さく息をついた。

 ほんの一瞬だけ目を閉じ、そしてゆっくりとアメリアに手を伸ばす。

 手袋越しに、彼女の小さな手に触れた。

 その温度は、ほんのりと体温を含んでいて、霧の冷たさを和らげてくれるかのようだった。


「今度は……こっちから、ちゃんと声をかけよう」


 ディアのように命令や制御で押さえつけるわけでもない。

 無理やり理解させるでもない。

 ラリは――この世界と遺物と、そしてそこに宿る『記憶』と、ただ静かに繋がろうとしていた。


「……アメリア、遺物の座標を同期して。こっちから『調和』してみるよ」

 

 優しく、けれど確かな声で言葉を置くと、アメリアが遅れずに頷いてくれる。


「う、うん。やってみる」


 霧の向こうで、まだ見ぬ記憶が、微かに呼吸している。

 何かを探し続けるように、震えながら返答を待っていた。

 きっとそれは、孤独な光だったのだろう。

 誰かに『わかってもらえる日』を、ただずっと――ひたすら孤独に、待っていたのだ。

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