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フラグメント・エコーズ ~心を繋ぐ銀河の旋律~  作者: 星豆さとる
第二章 共鳴の彼方

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11.相容れない共同作業

 濃いガスに覆われた空が、降下船の前方モニターを曇らせていた。

 視界不良のまま降下シークエンスが進み、着陸脚が重たく星の表面を踏みしめる。

 ブォン、と低く鈍い振動。

 その音と同時に、船体がほんのわずかに揺れ、エアロックが開く音が響いた。


「視界、最悪だな……」

 

 ディアが淡々と呟いた。

 『C-ノクシア星』――かつては豊かな生態系を育んでいたが、今ではガスの蔓延によって、生命の気配はすっかり失われている。

 足元には薄灰色の霧が地表を這い、遠景の輪郭すら霞んでいた。ここが、生き物の営みを許さない場所であることは、ひと目で察せられる。

 肌に触れる空気は湿り気を帯び、鉄と硫黄が混ざったような刺激臭が鼻を突いた。


「これが……任務地……!」

 

 ルビオンが誰よりも先にステップを降り、両手を広げて深呼吸をした。

 彼にとっては『初任務』だ。期待と興奮ゆえにそうしてしまったのだろう。


「おい、空気は未処理だぞ。マスクをつけろ!」

 

 すかさずディアが警告すると、ルビオンは「あっ」と声を上げて慌ててフィルターマスクを装着する。

 続いて、ラリとアメリアが静かに船外へと降り立った。

 アメリアは不安げに地表を見つめながら、ラリの横にぴたりと寄り添っている。


「……ラリ。遺物の反応が、ちょっと……変かも。さっきよりも乱れてる感じ。すごく近くにあるのに、バラバラになってる気がする」

 

 測定器を手にしたアメリアが、眉をひそめて呟いた。

 彼女は出発前からこの星の遺物反応を感知していたので、異変が起こっていることには敏感でもあったのだ。


「まだ地図データと照合していないが……」

「……いや、出てるよ。二つ」

 

 ラリが端末を操作しながら、ディアへと視線を送る。そうしてお互いの電子ゴーグルの端を指で叩いて、反応を確認した。

 ラリの言うとおりに、反応が二つへ分かれている。

 ディアは一拍置いてから、視線を全体に向けて言う。


「状況が読めないな。……予定変更だ。二手に分かれて周囲を調べるぞ」


 ディアの声が落ち着いたトーンで響くと、ルビオンがすかさず反応した。

 大きく一歩を出て、右腕を上げる。


「では、僕がディアさんと行動します!」


 前のめりな申し出に、ラリが一瞬だけ視線を上げたが、すぐに目を伏せて測定器の調整に戻った。

 正直なところ、一緒に行動するよりかは分散したいという気持ちがあった。

 そういう面では、ディアには負担になるだろうがそちらについてくれて助かったとすら思えてしまう。

 アメリアもルビオンを警戒したままなので、時間が欲しいと思っていたのだ。


「……じゃあ、ラリとアメリアはこっちの東側を確認してくれ。俺とルビオンは反対側だ」

「了解」

 

 ラリは静かに頷き、アメリアもこくりと頷いて見せた。

 そうして、それぞれが方向を確認して歩き出す。

 分かれる寸前、ルビオンはラリに軽く視線を送りながら口を開いた。


「お互い、いい成果を出しましょう」

「……そうだね」


 挑発めいたその言い方に、アメリアが小さく顔をしかめる。

 だがしかしラリは、特に表情を変えることなく静かに言葉を返して、ゆっくりと霧の中へと歩を進めた。

 ――感情を殺すことには慣れている。だからこそいつも通りではあったのだが、指先に棘が刺さったかのような感触を、ラリは不思議に思いながら無言のままに嚙み砕く。

 一方で、ルビオンが去った方向からは、ひときわ元気な声が響いてきた。


「――ディアさん、僕が先行します!」

「勝手な行動はするな。必ず報告を入れてから動け」


 ピシャリと返されて、ルビオンは少しだけしょんぼりとしながらも「はい!」と返事をした。

 ラリはそれを聞きながら、どこか遠い音に耳を澄ませるように、霧の向こうを見つめる。

 その直後、アメリアがラリの手を引いて、小さく呟いた。


「……このあたり、遺物の声が強い気がする」

「聞こえるの?」

「うん……すごく小さいけど、なんか……泣いてるみたいな声だよ」


 アメリアのこの『聴く力』は、コスモス・レコンとしても重要視しているようであった。

 それでも、監視がつくことなくラリとディアに任されているのは、彼らの任務の深層にある、重要事項のためなのだろう。


「…………」


 薄暗い霧の中、ラリとアメリアはそのままゆっくりと歩を進めていた。

 地表はざたついた岩肌と水気を帯びた苔のような生物膜に覆われており、足を踏みしめるたびにじわりと湿った感触がブーツ越しに伝わってくる。

 周囲の音は、ほとんどなかった。遠くに風のような音が聞こえる気もするが、それさえも定かではない。


「……ラリ、こっちかも」

 

 アメリアが足を止めて、ゆっくりと斜面の下を指さした。

 ラリがそちらに目を向けると、岩陰に光が漏れている。紫がかったような淡い輝きだ。

 遺物――それに似た反応が、静かに呼吸するように明滅している。

 ラリはそのまま手元の測定器で数値を確認した。対象の反応値は高いが、ゆらゆらとしていてかなり不安定だ。

 だがそれ以上に、隣に立つアメリアの様子が気になった。


「アメリア、大丈夫?」

「……うん……」


 彼女はじっと光を見つめていた。

 まるでそこから聞こえてくる何かに、耳を澄ませているかのように。

 それから数秒後、アメリアはようやくラリへと視線を動かした。


「……やっぱり、泣いてる。今もずっと、誰かを呼んでるみたい」

 

 アメリアの声は低く、押し殺されたものだった。


「誰か、って?」

「……わからない。でも、すごく……寂しい声。『戻りたい』って、そんなふうに聞こえるの」


 ラリは一歩前に出て、遺物の近くまで歩み寄った。

 電子ゴーグルで周囲をスキャンするが、他に生体反応はない。


「これは……通常の遺物とは構造が違う。分離された状態で、なお機能を保っている……?」

 

 自分の独り言を聞きながら、ラリの脳裏にもうひとつの反応の存在が浮かんでくる。

 ディアたちのいる方向だ。

 今、そちらでも同じように、何かが『呼んで』いるのかもしれない――。

 同じ声で、同じ想いで。

 静まり返ったこの空間で、バラバラにされた何かが、再びひとつになろうとしていた。

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