表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

11.相容れない共同作業

 

 濃いガスに覆われた空が、降下船の前方モニターを曇らせていた。

 視界不良のまま降下シークエンスが進み、着陸脚が重たく星の表面を踏みしめる。

 ブォン、と低く鈍い振動。

 その音と同時に、船体がほんのわずかに揺れ、エアロックが開く音が響いた。


「視界、最悪だな……」

 

 ディアが淡々と呟く。

 薄灰色の霧が地表を這い、遠くの輪郭すらぼやけている。空気はやや湿っており、鉄と硫黄が混ざったような匂いが鼻を刺した。


「これが……任務地……!」

 

 ルビオンが誰よりも先にステップを降り、両手を広げるように深呼吸した。


「おい、空気は未処理だぞ。マスクをつけろ」

 

 すかさずディアが警告し、ルビオンは「あっ」と声を上げて慌ててフィルターマスクを装着する。

 続いて、ラリとアメリアが静かに船外へと降り立った。

 アメリアは不安げに地表を見つめ、ラリの横にぴたりと寄り添っている。


「……ちょっと、変。遺物の反応がさっきよりもはっきりしてる。すごく近くにあるのに、バラバラになってる気がする」

 

 測定器を手にしたアメリアが、眉をひそめて呟いた。


「まだ地図データと照合していないが……」

「……いや、出てるよ。二つ」

 

 ラリが端末を操作しながら、ディアへと視線を送る。そうしてお互いの電子ゴーグルの端を指で叩いて、反応を確認した。

 ラリの言うとおりに、反応が二つへ分かれている。

 ディアは一拍置いてから、視線を全体に向けて言う。


「状況が読めないな。……予定変更だ。二手に分かれて周囲を調べるぞ」


 ディアの声が落ち着いたトーンで響くと、ルビオンがすかさず反応した。


「では、僕がディアさんと行動します!」


 前のめりな申し出に、ラリが一瞬だけ視線を上げたが、すぐに目を伏せて測定器の再調整に戻る。

 アメリアはというと、ラリの袖をつまみながら、小さく「……わかりやすいなぁ」と呟いていた。

 ディアは軽く溜息をついたあと、「あぁ」と短く応じるしかなかった。


「……ああ。じゃあラリとアメリアは東側を確認してくれ。俺とルビオンは反対側だ」

「了解」

 

 ラリは静かに頷き、アメリアもコクリとうなずく。

 それぞれが方向を確認して歩き出す。

 分かれる寸前、ルビオンはラリに軽く視線を送った。


「お互い、いい成果を出しましょう」

「……そうだね」


 挑発めいたその言い方に、アメリアが小さく顔をしかめた。

 しかしラリは、特に表情を変えることなく静かに言葉を返して、ゆっくりと霧の中へと歩を進めた。

 ルビオンが去った方向から、ひときわ元気な声が響く。


「――ディアさん、僕が先行します!」

「勝手な行動はするな。必ず報告を入れてから動け」


 ぴしゃりと返されて、ルビオンは少しだけしょんぼりとしながらも「はい!」と返事をした。

 ラリはそれを聞きながら、どこか遠い音に耳を澄ませるように、霧の向こうを見つめていた。

 アメリアがラリの手を引いて、そっと言う。


「……このあたり、遺物の声が強い気がする」

「聞こえるの?」

「うん……すごく小さいけど、なんか……泣いてるみたいな声だよ」


 アメリアのこの『聴く力』は、コスモス・レコンとしても重要視しているようであった。

 それでも、監視がつくことなくラリとディアに任されているのは、彼らの任務の深層にある、重要事項のためなのだろう。


「…………」


 薄暗い霧の中、ラリとアメリアはそのままゆっくりと歩を進めていた。

 地表は乾いた岩肌と、水気を帯びた苔のような生物膜に覆われており、足を踏みしめるたびに、じわりと湿った感触がブーツ越しに伝わってくる。

 周囲の音はほとんどなかった。遠くに風のような音が聞こえる気もするが、それさえも定かではない。


「……ラリ、こっちかも」

 

 アメリアが足を止めて、ゆっくりと斜面の下を指さした。

 ラリがそちらに目を向けると、岩陰に光が漏れていた。紫がかった淡い輝きだ。

 遺物――それに似た反応が、静かに呼吸するように明滅している。

 ラリはそのまま測定器を確認した。反応値は高いが、かなり不安定だ。

 だがそれ以上に、隣に立つアメリアの様子が気になった。


 彼女はじっと光を見つめていた。

 まるでそこから聞こえてくる何かに、耳を澄ませているかのように。


「……やっぱり、泣いてる。今もずっと、誰かを呼んでるみたい」

 

 アメリアの声は低く、押し殺されたものだった。


「誰か、って?」

「……わからない。でも、すごく……寂しい声。『戻りたい』って、そんなふうに聞こえるの」


 ラリは一歩前に出て、遺物の近くまで歩み寄った。

 電子ゴーグルで周囲をスキャンするが、他に生体反応はない。


「これは……通常の遺物とは構造が違う。分離された状態で、なお機能を保っている……?」

 

 自分の独り言を聞きながら、ラリの脳裏に、もうひとつの反応の存在が浮かんでくる。

 ディアたちのいる方向だ。

 今、そちらでも同じように、何かが『呼んで』いるのかもしれない――。

 同じ声で、同じ想いで。

 バラバラにされた何かが、再びひとつになろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ