11.相容れない共同作業
濃いガスに覆われた空が、降下船の前方モニターを曇らせていた。
視界不良のまま降下シークエンスが進み、着陸脚が重たく星の表面を踏みしめる。
ブォン、と低く鈍い振動。
その音と同時に、船体がほんのわずかに揺れ、エアロックが開く音が響いた。
「視界、最悪だな……」
ディアが淡々と呟く。
薄灰色の霧が地表を這い、遠くの輪郭すらぼやけている。空気はやや湿っており、鉄と硫黄が混ざったような匂いが鼻を刺した。
「これが……任務地……!」
ルビオンが誰よりも先にステップを降り、両手を広げるように深呼吸した。
「おい、空気は未処理だぞ。マスクをつけろ」
すかさずディアが警告し、ルビオンは「あっ」と声を上げて慌ててフィルターマスクを装着する。
続いて、ラリとアメリアが静かに船外へと降り立った。
アメリアは不安げに地表を見つめ、ラリの横にぴたりと寄り添っている。
「……ちょっと、変。遺物の反応がさっきよりもはっきりしてる。すごく近くにあるのに、バラバラになってる気がする」
測定器を手にしたアメリアが、眉をひそめて呟いた。
「まだ地図データと照合していないが……」
「……いや、出てるよ。二つ」
ラリが端末を操作しながら、ディアへと視線を送る。そうしてお互いの電子ゴーグルの端を指で叩いて、反応を確認した。
ラリの言うとおりに、反応が二つへ分かれている。
ディアは一拍置いてから、視線を全体に向けて言う。
「状況が読めないな。……予定変更だ。二手に分かれて周囲を調べるぞ」
ディアの声が落ち着いたトーンで響くと、ルビオンがすかさず反応した。
「では、僕がディアさんと行動します!」
前のめりな申し出に、ラリが一瞬だけ視線を上げたが、すぐに目を伏せて測定器の再調整に戻る。
アメリアはというと、ラリの袖をつまみながら、小さく「……わかりやすいなぁ」と呟いていた。
ディアは軽く溜息をついたあと、「あぁ」と短く応じるしかなかった。
「……ああ。じゃあラリとアメリアは東側を確認してくれ。俺とルビオンは反対側だ」
「了解」
ラリは静かに頷き、アメリアもコクリとうなずく。
それぞれが方向を確認して歩き出す。
分かれる寸前、ルビオンはラリに軽く視線を送った。
「お互い、いい成果を出しましょう」
「……そうだね」
挑発めいたその言い方に、アメリアが小さく顔をしかめた。
しかしラリは、特に表情を変えることなく静かに言葉を返して、ゆっくりと霧の中へと歩を進めた。
ルビオンが去った方向から、ひときわ元気な声が響く。
「――ディアさん、僕が先行します!」
「勝手な行動はするな。必ず報告を入れてから動け」
ぴしゃりと返されて、ルビオンは少しだけしょんぼりとしながらも「はい!」と返事をした。
ラリはそれを聞きながら、どこか遠い音に耳を澄ませるように、霧の向こうを見つめていた。
アメリアがラリの手を引いて、そっと言う。
「……このあたり、遺物の声が強い気がする」
「聞こえるの?」
「うん……すごく小さいけど、なんか……泣いてるみたいな声だよ」
アメリアのこの『聴く力』は、コスモス・レコンとしても重要視しているようであった。
それでも、監視がつくことなくラリとディアに任されているのは、彼らの任務の深層にある、重要事項のためなのだろう。
「…………」
薄暗い霧の中、ラリとアメリアはそのままゆっくりと歩を進めていた。
地表は乾いた岩肌と、水気を帯びた苔のような生物膜に覆われており、足を踏みしめるたびに、じわりと湿った感触がブーツ越しに伝わってくる。
周囲の音はほとんどなかった。遠くに風のような音が聞こえる気もするが、それさえも定かではない。
「……ラリ、こっちかも」
アメリアが足を止めて、ゆっくりと斜面の下を指さした。
ラリがそちらに目を向けると、岩陰に光が漏れていた。紫がかった淡い輝きだ。
遺物――それに似た反応が、静かに呼吸するように明滅している。
ラリはそのまま測定器を確認した。反応値は高いが、かなり不安定だ。
だがそれ以上に、隣に立つアメリアの様子が気になった。
彼女はじっと光を見つめていた。
まるでそこから聞こえてくる何かに、耳を澄ませているかのように。
「……やっぱり、泣いてる。今もずっと、誰かを呼んでるみたい」
アメリアの声は低く、押し殺されたものだった。
「誰か、って?」
「……わからない。でも、すごく……寂しい声。『戻りたい』って、そんなふうに聞こえるの」
ラリは一歩前に出て、遺物の近くまで歩み寄った。
電子ゴーグルで周囲をスキャンするが、他に生体反応はない。
「これは……通常の遺物とは構造が違う。分離された状態で、なお機能を保っている……?」
自分の独り言を聞きながら、ラリの脳裏に、もうひとつの反応の存在が浮かんでくる。
ディアたちのいる方向だ。
今、そちらでも同じように、何かが『呼んで』いるのかもしれない――。
同じ声で、同じ想いで。
バラバラにされた何かが、再びひとつになろうとしている。