10.思わぬ再会
静かな待機スペースに、カツン、と靴音が響く。
時間にして、任務開始の三十分前であった。
ラリ=アークとディア=ナイトは、遺物調査任務のためにこの数日行動を共にしている少女、アメリアとともに、出発の準備を整えていた。
「この周波数、さっきより強くなってる……やっぱり今回の目的の遺物、すぐ近くにあるよ」
アメリアが手のひらサイズの測定器をのぞき込み、眉をひそめる。
彼女はラリとディアの任務に同行するようになってまだ間もないが、その『聴く力』によって、すでにチームにとって欠かせない存在となっていた。出会った頃は腰まで伸びた乱れた髪に、ボロボロのシャツで痛々しさもあった。だが今は、肩にかかるくらいまで綺麗に整えられた髪と、身体に合ったフィットスーツ姿でそこにいる。
小さな横顔に残るあどけなさと、澄んだアメジスト色の瞳――少女は、ほんの少しずつ『未来』を手にしていた。
「予定通り、このまま現地へ向かう?」
「そうだな。妙な動きがないか気をつけろ。最近は遺物の反応が多すぎる」
ラリとディアが短く言葉を交わしていると、不意にドアが勢いよく開いた。
「ディアさん! お久しぶりです!」
――元気すぎる声が室内に響いた。
ラリとアメリアが、同時に顔を上げる。
そこに立っていたのは、貴族風に仕立てられた制服を着た若い男。赤い髪をハーフアップにまとめ、胸元には研修員バッジ。どこか舞台俳優のような自信に満ちた微笑を浮かべていた。
「……誰だ?」
ディアがほんのわずかに首をかしげて、赤毛の青年を見る。
「えっ……」と、男は一瞬フリーズするも、すぐに笑顔に戻り口を開いた。
「あの、覚えていないかもしれませんが、数年前――あなたが軍属の頃、命を助けていただいた者です。ルビオン=ヴァルディスと申します!」
律儀に頭を下げるその動きに、ディアはわずかに目を細めた。
「……ああ」
思い出したのは、血と硝煙の匂いが充満していたあの戦場。
あのとき、自分は確かにこの少年――いや、少年だった『誰か』を救った。だがそれは救いだったのか、それとも――。
胸の奥に疼く違和感を、ディアは無理やり押し殺すように、浅い溜息だけを漏らした。
「…………」
ラリはラリで、こちらも静かに溜息をついていた。彼の直感が告げているのか、静かな嵐が舞い込んできたと心で思っているようだ。
アメリアはというと、彼の背後に身を隠すようにして、小さく「聞いてない……」と呟いた。
「本日より、こちらの任務に研修員として同行させていただくことになりました!」
胸を張ってそう言い切ったルビオンに、室内の空気がぴたりと止まった。
「……聞いてないが?」
ディアが眉をひそめ、ラリも表情ひとつ変えずに隣の端末を操作し続ける。
「このチームに、誰かが加わるなんて……」
アメリアはディアの背後に回り、彼のジャケットへと手を添えながら、じとっとした目でルビオンを見上げた。
しかし、そんな空気をものともせず、ルビオンはにこやかに続ける。
「ご安心ください、絶対に足は引っ張りません。少しでもディアさんの助けになれたらと……!」
彼はそう言いつつ、ちらりとラリを見た。その視線はまるで、『僕はあなたとは違う』と言いたげだ。
ラリはその視線を真正面から受け止めることもなく、淡々と端末を閉じた。
「……俺たちのチームに、新人が来る話なんて本当に出てなかったのか?」
「少なくとも、俺は何も聞いてないよ。おそらく、上の判断……もしくは、お貴族様の特権ってやつかも」
ディアがやや渋い表情を浮かべながらラリへと言葉を告げると、ラリも小さくそう答えを返す。どちらにしても、あまり歓迎したくはない出会いだと感じた。
そこへ、ルビオンが元気よく一歩前に出る。
「今の任務、遺物の探索ですよね? 炎の索敵なら僕の出番です!」
黒の革手袋をはずし、掌に小さな火の粒を生み出してみせる。
それは美しく揺らめき、確かに力の片鱗を感じさせるが、同時に『未熟さ』も否応なく露呈していた。
「……能力を見せびらかすより、まずは報告と連携を学んだら?」
ラリの言葉に、ルビオンの顔がわずかに引きつる。
「なるほど……ですが、僕は僕なりに、ディアさんの役に立つつもりです。――前のパートナーよりも、ね」
ラリに向けて、わざとらしく意味深な笑みを浮かべる。
ディアはそれには何も言わず、ふっと目を逸らした。その表情には、懐かしさでも嫌悪でもない、どこか『忘れたかった記憶』を前にした人間特有の無言が宿っていた。
「…………」
なんとなくの空気を読んだ少女――アメリアが、背伸びをしてラリへとちいさく耳打ちした。
「……ねぇ、ラリ。このままだと、ディアを取られちゃうよ?」
その言葉を受けたラリは、きょとんとした顔で振り返る。
何を意図しているのかは、この段階では判断できなかったようだ。
「……何、言ってるの、アメリア?」
アメリアはいたずらっぽく微笑んだが、すぐに黙り込んでラリの袖を再びぎゅっと握った。
まるで、そこにいる証を確かめるように。
ラリは戸惑いながらも、その小さな手の温もりだけは、袖越しにしっかりと感じていた。