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1.星の滅び

 一人用の小型宇宙船が、死を間近にしている星へと降り立っていた。

 その場には誰もおらず、ひたすらの静寂だけが広がっている空間だ。


「……目標を確認、回収に入る」


 電子ゴーグルを装着した青年が、小さく言葉を発した。水色の髪にオーシャンブルーの瞳の、どこか儚げに見える人物だ。彼はゴーグルの端を指でトンと叩き、視界に広がる数値などを確認している。

 濃度や形、重さなどがゴーグルのレンズを通してスキャニング出来る仕組みであるらしい。

 気密性と防護性を兼ね備えたフィットスーツを着込み、アウターには機能性を重視したブルゾンを着用している。腕には組織と思わせる円形のエンブレムが施され、『Cosmos Recon』と記された文字が見えた。


 ――銀河系外縁部では、たびたび星の消滅が伝えられてきた。

 その原因は『宇宙遺物』と呼ばれる未知の力を持を秘めた物質のことだ。いずれも星々の核に存在するとされ、安定していれば星は生き、揺らぎが発生すれば星そのものが滅んでしまう。

 それらを取り締まるのが、コスモス・レコンと呼ばれる宇宙規模の組織であった。正式名は『遺物管理機構 Cosmos Recon』とされ、彼らの役割は遺物の調査、回収、管理など多岐にわたる。

 遺物回収をメインとしているこの青年の名は、ラリ=アークと言った。年齢は25歳で、この年ながら既にエリートエージェントだ。生まれ持つ能力『調和』と『ヒーリング』を買われ、幼少期からこの組織に所属している。

 水の星と呼ばれるアクアリス星の出身で、豊かな自然に囲まれながらも科学的にはいずれは滅ぶと囁かれ、星の行く末を一身に託されている重荷を背負っているらしい。


「回収完了」


 ラリはぼそりとそう告げた。

 一人きりの回収任務であったが、右の耳に装着されている装置を通して組織と通信しているために、こうした言葉が義務付けられているのだ。

 今回の遺物は鉱物のような塊であった。素手で触ることができないので、サイバーボックスと呼ばれる回収用の箱に吸収させる。箱を目的に微かに触れさせると、蓋が勝手に開き異物が入り込んでいくという便利なシステム構造であった。


「…………」


 何もない虚無の空間を、ラリはその表情を動かさずに仰いだ。

 この星はいずれ消滅してしまう。それを悲しいとは思わないが、心のどこかで空しさを感じているのかもしれない。

 そうして彼は、再び宇宙船へと乗り込み、滅びゆく星を後にした。


 コスモス・レコンの拠点となっている宇宙ステーション『セレクシオン』へと戻ってきたラリは、任務の成果と回収物を提出した後は食堂へと足を向けた。

 高い天井に、壁は全面ガラス張り。その壁越しに見える無数の星々は、いつもと同じようにキラキラと輝いている。

 最奥部分の天井から下げられた大型ビジョンは三台ほどあり、食事をしながら状勢や娯楽等を楽しむためのものであった。


「よぉ、ラリ。今日は早かったな」

「……別に、いつも通りだよ」

「今回も一人だったんだろ、大変だな」

「普通だよ」

「……ちっ、相変わらず無愛想だな。同期なのにちっとも――」


 広い食堂内の喧騒が、一瞬だけ大きなものへと変わった。

 ラリは同期の同僚と鉢合わせていたところであったが、絡んできた男もその変化に言葉を続けられずにいる。


 誰もが皆、大型ビジョンのニュース速報へと視線を奪われてしまっていた。


『――速報です。予てから危険視されていたクォーツァ星が、先ほど消滅しました。こちらの映像は現地付近にいるエージェントが撮ったものです。調査に向かっていた数名はこの消滅に巻き込まれ、行方不明であると報告を受けています。なお、原因はクォーツァの核であるクリスタルコアの暴走であると専門家は話しており、予測より急速に早まった消滅は、今後の課題ともいえる事態へとなるでしょう。また――』


「……マジかよ、早くないか……?」

「ま、待ってよ、あの調査には兄さんが参加してたのよ! 誰か詳細を知らない!?」

「今年に入ってこれで3つ目か……増えてきたな」


 現地映像では、星が崩れていくさまが見て取れた。

 星の表面にゆっくりと亀裂が走り、青白い光が漏れ出している。やがて空間全体が静かに波打つように、星は崩れ落ちていく――その光景は、儚くも美しかった。

 ニュースを見上げていた女性は、慌てて食堂を飛び出していき、数人の者たちも彼女を追って出ていった。

 近くにいる往年のエージェントは唸るようにして首を振り、残念そうな表情をしている。過去にあの星での調査の経験があったのかもしれない。

 ラリへと声をかけてきた男も、その場で静かに立ち尽くしていた。やはりショックだったのだろう。

 対して、ラリはと言えば――


(……綺麗だな。爆発しないで輝きを放ちながら崩れていく星を見るのは、これが初めてだ)


 そんな感情でしか、この速報を捉えることが出来ずにいた。

 元より彼は感情の起伏がほぼ無く、喜び、怒りや悲しみといったものがあまり表に出すことができないタイプなのだ。だからこのステーション内でも友人という存在がおらず、先ほどのように気まぐれで声をかけてくる同僚はいるが、その誰もが『声をかけて損をした』と後悔してしまうらしい。

 だがそれでも、『綺麗だ』という感情だけは珍しく沸いた。普段なら気にも留めない自分が、なぜこの光景に目を奪われたのか――その理由をラリ自身、理解していなかった。


「はぁ……」


 食事どころではなくなってしまったが、空腹のままではいられない。

 だからと言ってこの場では食べる気にもなれなかったので、彼は携帯食を受け取って食堂を出た。

 通路に出たところでも、動揺と焦りや緊張感が漂っている。泣いている人物もいるので、調査隊の関係者なのかもしれない。

 とにかく、このような短期間での星の消滅は、本来であれば起こりえないことなのだ。


(クォーツァだって、あと一年くらいは保つだろうって見解だった。だから調査に出たんだろうし、担当してた人たちも無事に戻ってこられたらいいけど……)


 同僚たちを心配していないわけではない。

 こうして心では感じる部分は大きくあるし、気にはなる。

 だが、言葉や行動で示すまでには至らないと、彼は判断してしまうようなのだ。


 ――疲れるから。面倒だから。


 表面的に表現してしまえば、そんな乾いた響きになる。

 情もなく無慈悲であると自覚はしているが、どうしようもない。


『まるで人形だな』


 そんな風に言われたこともあった。組んで任務に当たったことのある同僚にすら『ヒューマノイドと一緒のほうがマシだった』と言われる始末だ。

 こうした経緯から、ラリは単独任務を好んでいた。

 コミュニケーション面での注意はたびたびされるが、しっかりとミッションはこなすので上層もそれ以上は言っては来ない。ラリもそれを承知しているが、やはり向上は難しいと感じているのだ。


「……少し休もう」


 ぼそりと独り言が漏れる。

 携帯食を手にしたまま、ラリは通路を進んで居住エリアがある方向へと姿を消していった。

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