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悪役令嬢の息子とヒロインの娘  作者: 野々村 影羽


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新たな淑女と淑女の息子

 さて、王子妃ベレンガリアに会いたいと思ったは良いのだけど、1つ問題がある。

朝の支度を手伝ってくれた侍女達に、思わずという感じで「王子妃殿下にお会いしたい」とこぼしたのだけれど。


「あらお嬢様。もう王子妃殿下が恋しくなりましたの?」

「王子妃殿下が外遊に出られてから、まだ5日ですのに」

「まぁ、今までは毎週のように王子妃殿下直々にお茶会と学習に招いて頂いてたんですもの。7年間も! その王子妃殿下が国外に出るとあっては、お寂しくてもしょうがありませんわ」


 なんと王子妃ベレンガリア、国内にいない!

なんでも福祉に力を入れている関係で、周辺諸国に教えを請われて外遊に出ているらしい。

最初は部下を派遣しようとしたらしいのだけれど、国王からの強い後押しで本人が行く事になったとか。

帰ってくるのは早くても数ヶ月後だという。

3つの国を巡るのだから、それでもかなり予定を詰め込んだらしいけど。

ベアトリスの記憶によれば、このポルトケンチ王国は楕円形のような形をしていて、北端から西、南西にかけては海に囲まれていて、陸地は東に2つ、南東と南に1つずつの外国に囲まれている形なんだとか。


 しかも私は私で今日から王立貴族学園に入学である。

まさかの『Ⅱ』の舞台である。

記憶を取り戻した当日じゃなく、もう少し猶予が欲しかったと思うのは贅沢なんだろうか。


 王立貴族学園の規定内のドレス――統一された制服は特待生の平民用を除いて無いので、これらが制服代わりだ――を纏い、髪はごく軽く結ったベアトリスの姿は、我ながらとっても綺麗だと思う。

流石は王子様――王孫殿下の婚約者に選ばれただけはある。

諸々の勉強道具を入れたカバンを、1人の少年が従者として持つと影のように控える。

本来は令嬢は侍女を、令息は従者を連れて行くものらしいけど、ベアトリスは彼を従者として連れて行くと聞かなかったらしい。

彼の名はカオン。

7年前にベアトリスが拾った孤児だ。

孤児を拾って養育すること自体は貴族がよく行う慈善活動の1つである事で、ギリギリ黙認されている状態だとか。

もっと幼い頃は、2人でお忍びで色んな所に行ったりもしたらしい。


 琥珀色の瞳に灰色に近い銀の髪、輝くような白い肌。

顔立ちも整っていて、従者というより貴公子という感じだ。

正確な年齢はわからないけど、ベアトリスは彼を自分の1つ下として扱った。

彼の身長がベアトリスを越しても、それは変わらない。

『Ⅰ』では無駄に顔の良い非攻略対象――多分友情ルートすらなかった――もいたからなんとも言えないけど、実は攻略対象なんじゃなかろうかと密かに思ってたりする。

そうじゃなくても裏設定でどこかのご落胤だったりするんじゃなかろうか。


 王立貴族学園には貴族寮はないので、平民向けの寮に入るか王都の屋敷(タウンハウス)から通う事になる。

当然、私はタウンハウスから家の馬車を使って通う事になる。

王立貴族学園に通うのは公式行事などとは違うけど、完全な私的用事という扱いとも違うみたいで、格式の高い4頭立ての馬車を使う事になっているらしい。

公式用にしては質素で、けれど上質な、公式行事で載るのと同じ数の馬で引く、家紋の付いた馬車を1台以上、専用で持つ必要があるんだとか。

それを用意できない場合は辻馬車で行くか、寮に入る事になると。


 前世だったなら絶対に載ることのなかった馬車である。

緊張するなという方が無茶だけど、身体は慣れているようで優雅にふかふかのクッションに座っていた。

斜め前に大きなカバンを持ったカオンが座る。


 本来ならば異性が馬車で2人きりなんて醜聞なんだけれど、カオンが平民の孤児である為になんとも思われていない。

簡単に言えば、貴族と同じ生き物にカウントされていないのだ。

犬と同じ馬車に載ったとして、犬と浮気したと思う人はいない。

逆に犬と浮気したという発想が出る事が異常で、その人の方がそういった趣味なんじゃないかと疑われるほどだ。

まぁ、本当に浮気していたと証拠が出たならば貴族同士の浮気どころじゃない醜聞になるわけだけど。


 馬車が走る間、気まずくてボーッと外を眺める。

だって私からしたら初対面に近い相手なので。

ベアトリスの記憶では……2人きりの時はよく愚痴や弱音を吐いていたみたいだけど、私の弱音といえば「原作がわからない」である。

そんな事言えるわけがない。

精神病扱いされるのはごめんである。

……いや、待って?

それで療養の為に修道院や領地行き、中々良いんじゃなかろうか。

貴族社会で生きるよりは私には合ってる可能性がある。

そもそも王族の奥さんとか向いてないし、メインヒーローはヒロインとくっつく可能性もあるし。

貴族の妻としての家政とやらだって出来る気はしない。

なら行かず後家として領地や修道院でまったり暮らす方が良いかもしれない。


「お嬢様」

「……な、にかしら」


 突然話しかけられて、思わず腰が浮きかける。

貴族令嬢としてのベアトリスの身体はそんな無様をさらさなかったけど、心臓が止まるかと思った。

少年にしては低い声の持ち主は、当然ながらカオンである。


「今朝からいつもとご様子が違うようでしたので。何かございましたか?」

「……なんでもないの。緊張してるだけよ」


 一瞬、私の事を話してしまおうかとも思ったけど、うまいことのんびり領地ライフになるとも限らないし、もし「病死」でもさせられる事になったらと思ったらそれは最終手段にする事にした。

それでも訝しげに私を見るカオンに「本当よ。同年代の貴族との交流は今までほとんどなかったんだもの」と言うと、渋々という風に頷かれる。


 ポルトケンチでは基本、王立貴族学園に入学するまで子女の情報は他家にはほとんど漏れない。

王家だけは出生届や死亡届でどの家に何歳の子供が何人いるのか把握しているけど、余程親しい家でなければ入学前の子供達の交流はないのだ。

唯一、王家の開く茶会などの社交場に、招待状に特別の記載があれば子供達が集まる事もあるけれど……。

というか、ベアトリスが王孫殿下の婚約者に決まったのも、王家の茶会で知り合ったからなんだけども。

同年代の子供達との交流はそれ以来、大体8年ほどはない事になる。

そりゃ緊張してもおかしくないはずだ。


 そうして王立貴族学園に着いたカルヴァリョブラン侯爵家の馬車は、規定のエリアに止まる。

爵位や立場ごとに馬車を止めるエリアは決まっていて、ベアトリスは王族の婚約者だから一番高貴なエリアに止める事になっているのだ。

高貴なエリアってなんだよ、としか思えないけど、簡単に言えば学園校舎に一番近くて、一番広くて、一番綺麗に手入れされたエリアの事らしい。

止まる馬車の数は少ないのに、滅茶苦茶広いんだもの。


 王家の紋の入った馬車から少し離れた所に止まった馬車に、近付いてくる人影。

王家の馬車から降りてきたその人は、紛れもなく『ラ・ピュセル・グレヌⅡ』の公式サイトで見たメインヒーローだった。

御者が扉を開けると、メインヒーロー――ヴィセンテ王孫は私に黒手袋を付けた手を差し出してくる。

ベアトリスの記憶曰く、王立貴族学園入学時点で婚約者がいる者がこうしてエスコートするのは当たり前ではないけどそこそこある事らしい。

友好的な関係でいたいなら割と有る、感じらしい?

ベアトリス自身ですら人伝に聞いた事なので、その記憶を覗き込んでるだけの私にはその空気感は分からないけれど。


 差し出された手に自分の、ドレスに合わせた淡い水色のグローブに包まれた手を乗せて、馬車から降りる。

手に意識を向けていたけれど、初めて「生」で見たヴィセンテの顔はとても綺麗で……とてもベレンガリアに似ていた。

イラストではわからなかった、細かい鼻の高さや眉の角度、頬のラインに唇の形まで。

確実に、2人は親子なのだろう。

悪役令嬢ベレンガリアは没落を回避して、王子妃になった。

同時に、公式でもそれがトゥルールートとして扱われている可能性がある。

それがわかっただけでも、既に収穫だ。


「お久しぶり、というほどでもありませんが。お変わりありませんか、ベアトリス嬢」

「……ええ、ヴィセンテ殿下。この通り息災ですわ」


 シナリオライター曰くベアトリスに劣等感を抱いているらしいけれど、そんな事はお首にも出さない穏やかな笑み。

この顔と優しげな雰囲気なら、そりゃあ遊び人と言われてても女の子も集まるだろう。

実際のところはどんな性格をしているのかわからないけど。

ベアトリスの記憶では、彼はいつも穏やかに笑う人だった。

ベアトリスに対して誠実で、でもベアトリスがその能力を見せると少しだけ視線を伏せる。

特にベレンガリアの前で魔法の腕や学問の成果を披露して認められると、一瞬だけ悲しそうな顔をする。

そんな人だった。

少なくともベアトリスが見た中には、他のご令嬢と一緒にいる記憶はないから、遊び人という評価はもしかしたら誤解の可能性もあるけれど。


 そんな風に考え事をしながら、ヴィセンテに手を引かれて歩いていた時だった。

突然、ヴィセンテに強く腕を引っ張られる。

え、と思った時には彼の腕の中にいて、そうして私のいた辺りを8頭立ての馬車がそれなりの速さで通り過ぎていった。

カオンが私のカパンを持ったまま、その馬車を睨みつける。

馬車は最も高貴なエリアに止まると、御者が恭しく扉を開ける。

出てきたのはまるでお姫様のように綺麗な顔の緑髪をした女の子だけど、その子も御者の隣で恭しく頭を下げる。

次に出てきたのは可愛らしい緑髪の女の子で、その子もやはり恭しく手を差し出した。


 最後にその手に引かれて出てきたのは、彫刻みたいに綺麗な顔で、けどイタズラな猫みたいな目のせいで生きた魅力がプラスされて、なぜだか妙に色っぽい少女。

若草色のドレスに包まれた身体も、まだ少し未成熟には感じさせるけどとてもバランス良く育っていて、妙な色気に拍車をかける。

瞳は外側が晴れた空、内側は深い赤の2色に分かれていた。

確かそれは、『ラ・ピュセル・グレヌⅠ』でメインヒーローのアフォンソが持っていた、『王族の瞳』と呼ばれる瞳の特徴だったはずだ。

それならこの子は、お姫様?

けれどベアトリスの記憶では、現在王家の娘は第3王孫シェバール殿下だけらしいし、彼女はまだ10歳なので学園に入る年じゃない。

王族公爵家のご令嬢は何人かいるけど、王族に連なるとは言っても公爵家のご令嬢達は8頭立ての馬車に載る事は……出来ない事はないけど、常識知らずと思われてしまうらしい。


「失礼しました。ご無事ですか、ベアトリス嬢」

「え、ええ。なんともありません。助けていただき、ありがとうございました」


 腕の中から私を解放したヴィセンテの声にハッとして、なんとかお礼を言うと安心したように微笑まれる。

ヤバい、単純だけどキュン死しそう。

絶対に王妃とか向いてないのに、このまま結婚しちゃっても良いかもと思えてきた。


「あらまぁ。申し訳ありません」


 低くて艶のある、少女の声が私とヴィセンテの間に割って入る。

こてんと首を傾げた若草色のドレスの少女が、残り2人の女の子を従えて、しずしずとこちらに歩いてきていた。

口元を隠すのはドレスと揃えられた上質な扇。

猫のような目で見据えられると、何故だが妙に背中がざわつく。


「カストゥラ伯女、随分な速さで馬車を走らせていたようだが」

「これはこれは王孫殿下。侯爵家の馬車が止まっているのが見えたもので、まだわたくしの止まるエリアは先かと思ってしまいましたの。もう最も高貴なエリアでしたのね」


 カストゥラ伯女。

私には全く分からなかったけど、ベアトリスは違うようだ。

カストゥラ伯。

ポルトケンチの東側にある国の1つを治める伯だという。

伯爵と伯は違うというのが私にはよくわからないけど、小国を治める君主は王ではなく公とか侯とか伯とかの称号を授かる事もそれなりにあるんだとか。

確かに公国なら聞いた事がある。

伯の妻は伯爵夫人じゃなくて伯妃で、婿なら伯配。

娘は伯女で、息子は伯子だという。

例え小国でも君主は君主、8頭立ての馬車に載る権利もこのエリアに馬車を止める権利も持っている、らしい。

ちなみに第9王制時代に色々あって、ポルトケンチの内部には公国が3つ、侯国が9つ、伯国が26ある。

大抵がポルトケンチの貴族が君主を兼任しているからあまり意識する事はないらしいけども。

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