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悪役令嬢の息子とヒロインの娘  作者: 野々村 影羽


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淑女の長男

「母はあんな目で父を見ない」

真っ先に出てきた劇の感想はそれだった。

あんな恋しい人を見るような目で夫を見られる人ではない。

私達にするのと同じ、家族を愛する目でしか見られない人だ。

あんな目で父を見られる人だったなら、父は苦労も恋もしなかっただろう。

お互いに難儀な人達なのだ。


次に出てきたのは「面倒な事になった」である。

この劇の事を知らなかったのは確実に痛手だ。

実際にはどれだけ広まっているのか、王族の瞳についてもどこまで知られているのか、王子妃殿下にすら知られているのは申し訳ない。

いや、王子妃殿下が知っているとはいえ、それでなんの行動も起こしてこないなら、劇と違って何も思っていない可能性もある。

わたし自身は王子妃殿下に会った事がないから、なんとも言えないけれど。


 劇が終わっても興奮冷めやらぬという風な観客達の間を縫って、ヴィセンテに手を引かれて劇場を出る。

小劇場や簡易劇場にもお忍び(調査)に出た事はあったけど、それは地元や近隣の領がほとんどだった。

王都のものも見た事はあったけど、この演目について知ったのは初めてで。

単に回数が足りなかったのか、ここでしか上演されていないのかはわからない。


「ちなみに、この演目はここ最近で急に増えたとはいえ、何年か前から細々とやってる。大体は『薔薇乙女と隠された太陽』をやった大劇場のそばの小劇場か簡易劇場でな。大劇場側もいつからか認知し始めて、結婚後の幸せなストーリーは大きく削られる事が多くなった。多分こっちが真実だって気づき出したんだろうな。カストゥラやロシェッドゥノルチが栄えているのは事実だし」


 暫くして周りに人がほとんどいなくなった頃、漸く振り向いたヴィセンテが小声で教えてくれる。

青年にしてはまだ高めの、不機嫌そうでも穏やかな声が耳にとても心地よかった。


「ありがとう。いつから知ってたの?」

「5年前」

「え、教えてくれればよかったのに」

「教えたら対処しただろ、お前ら親子は」

「当然でしょ?」


 だってあの劇は、王子一家の評判を下げるものだった。

うちは王子一家に大恩があるので、彼らの評判には気を使うのは当然だ。

そのうちが彼らの評判を下げる為に使われるなんて、両親が知ったら頭を抱えるだろう。


「この王都には、父上のせいで仕事を失った人が多くいる」

「でもそれは」

「そうだな。母上と、伯夫妻が救済済みだ。一時金に新しい職、場合によっては移住先も」

「……そうだね」

「けどあの頃、とうとう母上のせいで大量の死傷者が出た」

「国営鉄道事件か。あれはごめん」

「なんで謝る……って、防げなかったからだろうな、お前は」

「汽車の設計はうちも見守ってたからさ。当然、あれだって予想できた筈だったんだよ」


 国営鉄道事件。

王子妃殿下の企画した、王国の西部と頭部を繋ぐ大鉄道と、そこを走る汽車で起きた事件だ。

動力は魔水晶で、そこから魔力を取り出す事で鉄の塊である汽車を動かす。

魔法と物理技術を両方使った、正直ちょっと面倒くさいしややこしい乗り物である。

それなら妹達(ビオランテやウラカ)が設計した空艇や湯式汽車の方が簡単に実用化出来そうだけど、きっと王子妃殿下には彼女なりの考えがあるのだろう。

もしくは王子妃殿下の新理論に技術者がついていけなかったのかもしれない。

優秀な技術者の育成に力を入れる必要がある。


 魔水晶は魔力を蓄え、そして放出する性質がある。

そうして放出された魔力でピストンを動かし、いくつかの工程を挟んで最終的には車輪を回すのが王子妃殿下の考えた汽車の仕組みである。

その汽車が完成し、念入りな試運転を終え、多くの人の期待の中人々を載せての初運転の時だった。

魔力を帯びた車輪運動に何度かさらされた線路が魔力で焼ききれたのだ。

通常、長く魔力に晒される可能性のある道具には魔水晶の欠片を砕いたものをまぶしたり混ぜ込んだりするか、専用の魔術式を描く。

そうする事で魔力焼けを抑えるのだ。

他にも魔力含有量の少ない物や許容量の多い物を使う、なんてのもある。

けれど何故か、あの時はそれが行われていなかった。

鉄道を敷く仕事は公共事業として行われた為、極一部の技術者以外は貧しい者達ばかりで専用の魔術式を描くような専門技術はなかっただろう。

技術者達も魔導系の技術者ではなく、鉄鋼関係の技術者ばかりだったという。

ならば当然、魔水晶を用いて、更に線路の材料にも拘っているのだろうと思っていた。

まさか魔の森と呼ばれるフォスタノナ領産の鉄が使われているなんて思わなかったし、なんなら魔水晶すら用いられなかったなんて考えもしなかった。

当時母が妊娠中だったとか、領内の開発にも取り掛かっていたなんて言い訳にもならない。

なんとしてでも実際に線路を見なければならなかった。

そうすればそこに魔水晶特有の煌めきがなかった事を知れただろうに。

結局それを知ったのは、事故が起こってからだった。

線路が焼ききれて変形した事により汽車は脱線、転倒。

専用の馬車を使う事をステータスとする貴族よりも、実際に多く載る事になるであろう平民達に初運転に載ってほしいという王子妃殿下の意見により、初運転に載っていたのはほぼ全てが平民だった。

咄嗟に作動した「安全装置」によって死者数は抑えられたけどゼロではないし、怪我人は大量に出てしまった。

輝かしい王子妃殿下の経歴に大きな罅を入れた事件だ。


「あの劇はガス抜きにもなってたんだよ。母上も誰かさん達も見舞金をばら撒いたり生活の保証をしたり、慰霊碑を建てたりはしてたけど、それでも不満は出る。度重なる父上の被害者と、あの件での母上の被害者。けど母上は『淑女の鑑』で、悪評も文句も言ってはならない。公爵家や母上の取り巻き達が作ったそういう空気を壊したのが、あの劇だった」


 なるほど、ただあの劇に対処するだけでは意味がなかったという事か。

自然と他の劇に関心が流れるように出来れば別だけど、下手をすると王子一家への不満が増した可能性もある。

それくらいならあの劇を見逃して王家の寛容さを示した方が余程良い。

少なくとも当時の王都の空気から、ヴィセンテはそう考えた。

ならばそれはきっと正しい。


 ヴィセンテは自分の事を凡才だと言うけれど、別にそんな事はない。

王子妃殿下が特別有能だから霞むだけで、ヴィセンテだって才能があって努力家だ。

少なくとも人心を把握する能力については、わたしや母よりも余程高い。


「あと単純に、見てて面白いからな。あの劇は」


 わたしからすれば面白いとは言えなかったけど、確かにヴィセンテからすれば面白かったんだろう。

ヴィセンテの言った王子妃殿下を批判してはいけないという空気、その真っ只中に否応なくいるしかないヴィセンテからすれば。

上の三子をいないものとして扱う王子妃殿下を、諦めているように見せて諦めきれないヴィセンテからすれば。


「そう。分かった。あの劇はそのままにしとくよ。ちなみに、王子妃殿下はあの劇の事は?」

「知る訳ないだろ。知ってたら即刻潰されてる。母上はプライドが高いからな」

「じゃあうちの瞳の事は? どこまで知ってるの?」

「どこまで……と言われてもな。おれ自身どこまで知ってるか分からないのに、分かる訳ないだろう」


 うちには現在、父も含めて5人の王族の瞳の持ち主がいる。

そのうち2人は世間に知られると少し面倒なので、出来ればわたしともう1人だけだと良いのだけれど。


「王族の瞳について言いながら大荒れしてたのが6年くらい前だから、上の5人のうち誰かの事だろうとしか分からないが……」

「うん、それなら良いや」


 それなら知られても問題ない。

王子妃殿下にも世間にも隠し建てせずに見せる事が出来る。

世間には王族の瞳をやけに神聖視する者もいて、その持ち主こそが王位につくべき、なんて考える連中もいるから、万が一にも担ぎ出されないように普段は色変えをつかってるけど、それが王子妃殿下を余計に不安がらせるくらいなら晒したって構わない。

父は既に王籍を抜けていて、更にはわたしも妹達も女子なので今の王制で王位継承権はない。

そういった連中も諦めざるを得ない筈。

歴史的に見ても、13度も王制の変わったこの国ですら瞳のためだけに王制を変えた、なんて事はないし。

出来たとしても精々がヴィセンテやその弟達の婚約者にわたし達をねじ込むくらいだけど、両親を嫌う王子妃殿下がなんとしてでも止めてくれる筈だ。


 本当は王立貴族学園では気楽にヒメナエス(家名)の方を名乗って、適当な色の瞳で過ごすつもりだったのだけど、世間にもコリナドラダ伯爵家(うち)に王族の瞳の持ち主がいる事が知られているなら、わたしは大人しくコリナドラダ(母の爵位名)ロシェッドゥノルチ(新領地名)カストゥラ(父の地位)を名乗って瞳を晒すべきか。

1人が表に出てしまえば、残りは気楽な学園生活を送れるだろうし。

わたしではなく(ウラカ)ならヴィセンテとは3年の在学期間は被らないけど、代わりに(エステヴァン)殿下と被る。


 王立貴族学園には、王侯貴族の子息は14〜16歳の間に、令嬢は13〜15歳の間に入学する事になる。

それから3年間の在学期間を経て卒業し、国王陛下への公式な謁見を以って社交界で認められる。

ちなみに貴族の子女を集めるのは若い世代への統一された愛国教育のためでもあるので飛び級は認められていないし、特別の理由なく決められた年齢を過ぎても入学しないのは王家の不信を買う事になる。

同年代同士の社交の練習場という面もあるから、規定より幼い年齢での入学も歓迎されない。

規定内でも早ければ「この年までに一定の教養は納めております。もう皆さんとの社交の場に出しても問題ありません」という意味に、遅ければ「我が家は王家の信を得ているので入学が遅れても問題ありません」という意味に取られる。

逆に13や14で入学したのに教育がなってなければその家は恥知らずと思われるし、15や16で入学したのが王家と関わりの薄い家だったならば野心家か王家への不満と取られる訳だ。


「ヴィセンテ、なんで去年入学しなかったの? 家庭教師に教わる事はもう終わってるでしょ」

「単に母上がおれの知識に満足しなかっただけだよ。下手したら来年になる可能性もあった。父上のとりなしで婚約者と同じ年から通う事になっただけだ」

「なるほど。王子妃殿下は自分にも他人にも厳しいらしいからねぇ。彼女が求めるレベルとなるとちょっと厳しいよね。婚約者と一緒っていうなら1年遅らせてもらう事も出来ないし。かと言ってわたしが1年遅らせるのもまずいしなぁ」

「まず間違いなくお祖父様も母上も全力で突っ込むだろうな」


 どうあがいてもヴィセンテとわたしの在学期間は丸被りするのである。

やはり一度家で相談した方が良いだろう。

ふぅと息を付けば、珍しくヴィセンテの目が真っ直ぐに

わたしを見る。

どんな宝石よりも美しく輝く、緑色の瞳。

全部を諦めたようで諦めきれない瞳。


「もしも他に王族の瞳を持つ姉妹がいて、エステヴァン()シェバール()と在学期間が被りそうだったなら」

「……うん」

「王族の瞳も能力も名前も、明かすのはお前にしろ」


 未だに母親の愛情を求める弟妹を愚かだと嘯きながら、それでも自らが泥を被ろうとする心根も。

屈辱を感じているのが分かる、それでもこちらを睨みつける瞳も。

全部が綺麗だと思った。

勿論、絹の白さの肌も、夜でも木漏れ日を思わせる柔らかな金髪も、母親譲りの息も凍るような顔立ちだって綺麗だ。

10年前に会った時からずっと、変わらず全てが美しい人。

それがヴィセンテ・デ・ポルトケンチだ。


「うん、分かった」


 本当ならそれを決めるのはわたしではないけど。

多分両親はなんだかんだ認めてくれるだろう。

あの2人もただ1人のために他を諦める人だから。

能力を出し切る事を出来なくしてしまう妹達には申し訳なく思う。


「学園にいる間、わたしは瞳を隠さない。成績でも負けない。名前も……そうだね、カストゥラを使おう。代わりに妹達には全力を出さないでもらうし、ヒメナエスの名でいてもらう。これでいい?」

「……あぁ」


 だって、いつまでもどこまでも美しいこの人が、わたしは好きなので。

きっとこれは恋なので、今この瞬間、わたしはどうしようもない愚か者に成り下がる。

好きな人の願いを叶えるために、妹達の未来を売る悪い姉になる。

安心したような、バツが悪そうな顔をするヴィセンテに、できるだけ柔らかく見えるように微笑んだつもりだったのだけど、目を逸らされてしまったので失敗したかもしれない。


「代わりに、また遊んでね」

「……お前はいつもそれだな」

「だって言わないと、遊んでくれなくなっちゃうでしょ?」


 王子妃殿下が付けた護衛を撒くのが大変な事なんて分かってる。

そしてそれが王子妃殿下からの評価として返ってくるのも。

それでもヴィセンテが約束を破った事はない。

そういう所も好きでいてしまう要因で。


「今日はもう遅いし、送ってこうか?」

「いい。というか普通、逆じゃないのか」

「立場としてはおかしくないと思うけど」


 ただでさえ長い『薔薇乙女と隠された太陽』を夕方の公演で観終わった後に、短いとはいえもう一本演劇を見た訳で。

流石に護衛なしで王孫殿下が出歩くのはまずい時間だろう。

一応は護衛になる強さがあると自負してるけど、出来るだけ長くいたい下心がバレたのか断られてしまった。


「最近の護衛は不真面目だから、ご令嬢と遊んでくるって言ったら時間と場所を聞かれたよ。この近くで待ち合わせてる。すぐに合流出来る」

「じゃあ護衛さんが目に入るまでだけ。ほら、どこなの?」


 決定事項としてしまえば相手が折れるのを承知の上で、無理に一緒にいようとするから嫌われてしまうんだろうか。

別に好かれたいとは思ってないから、嫌われても無事でいてくれればいいんだけど。

告げられたのは本当にこの近くで、確かに大した距離でもない。

でも2人で歩く短い時間は、ヴィセンテがここにいるというだけでキラキラしていた。

護衛だという青年が視界に入り、個人を識別されない程度の距離で立ち止まる。

それじゃあまた、としっかりと2人が合流したのを確認だけしてその場を離れた。


 春からの学園生活、ヴィセンテと婚約者が仲良くしているのを見るのが楽しみで仕方がない。

かつて『王様になんてなりたくない』と泣いた彼を、玉座から降ろしてくれる婚約者(ひと)

あまりうまく行ってないとは聞いているけど、それならうまく行くように誘導してはどうだろうか。

巷で流行りの恋愛劇の『悪役令嬢』の真似事をしてみるのも良いかもしれない。

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