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悪役令嬢の息子とヒロインの娘  作者: 野々村 影羽


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淫婦の長女

 18年前、衆目の場で婚約者に決別を告げた男がいた。

男は当時、このポルトケンチ王国の王太子だったアフォンソ・デ・ポルトケンチ――この件で国号を名乗る事を禁じられ、カストゥラを名乗る事となる。

決別を告げられた婚約者は『淑女の鑑』と謳われたベレンガリア・デ・ベラヴィスタ。

アフォンソがある下位貴族の淫婦にうつつを抜かした結果とされる。

その行動の愚かさから叔父王に廃嫡を言い渡され、下位貴族の淫婦に婿入りさせられた。

逆にベレンガリアは叔父王の息子である王子に求婚され、やがて婚姻して王子妃となった。

アフォンソの転落とベレンガリアの成功譚は数多くの劇となり、今も多くの劇場で演じられている。



『ベレンガリア嬢よ! 淑女の鑑よ! 王国の薔薇よ! 愚かな従兄弟を止められなかった私を許してくれるなら、どうかこの手を取ってほしい!』


『あぁドゥアルテ殿下! 王国の新しき若き太陽よ! 公の場で婚約破棄されたわたくしで良いのならば! 永久を貴方様と共に歩みましょう!』


 18年も演じ続けられた劇に飽きもせず人々は熱狂する。

『現実』が変わった後も。

まるでそうしなければならないとでもいうように。

勿論、少しでも刺激的にと劇を更新し続けてきた演者たちの努力もあるのだろうけど。


「ふふ、やっぱり良いよねぇ。『薔薇乙女と隠された太陽』。頑張り続けた女性が報われるのは、いつ見ても良いものだよねぇ」

「……よく言うよ」


 同じボックス席で劇を見ていた相手が、くすくすと笑いながら劇のクライマックスに笑みを深める。


 少女にしては低く、艶のある声。

貴族令嬢としては異例と言っていい肩までしかない髪は、けれどふんわりと巻かれた角度も上品な亜麻色も、控えめな花の香りさえ貴族令嬢らしかった。

ミルクのような白い肌に、薄薔薇色の頬と唇が花咲く。

彫像のように整った顔立ちも合わさって、劇に釘付けの横顔だけを見ればどこまでも高貴な姫君のようだった。

何よりも猫のような形の目、その瞳。


「母上は婚約時代に虐げられてなんていなかったし、お前の母上に陥れられた訳でもない。従伯父おじ上が宣言したのも婚約破棄じゃなくて婚約解消だろ」


 外側と内側――白目側と瞳孔の周りとで色の違う瞳。

王族の瞳と呼ばれる、王族にたまに現れる特徴的な瞳。

外側は母親から受け継いだ晴天のような澄んだ青で、内側は父親から受け継いだ鳩の血のように深い赤。


「まぁね。でも劇が面白いのは事実じゃない? 『ベレンガリア』が頑張ったのも」

「『カストゥラ伯爵位事件』なんかの、母上の瑕疵を丸々なかったことにして。従伯父おじ上をこれでもかと愚かにして、とにかくその凋落を愉しむ悪趣味な劇だけどな」

「ひねくれてるなぁ、ヴィセンテは。王子妃殿下と『ベレンガリア』は違うってわかってるんだし。父さんと『アフォンソ』も違う。劇は劇として楽しめばいいのに」


 ドゥルセ・デ・コリナドラダ。

紛れもない王族の証を持つ少女は、劇中で婚約破棄した元婚約者に縋る男のモデルとなったアフォンソ元王太子と淫婦イネス・デ・コリナドラダの長女である。

父親譲りの国を傾けかねない美貌と、母親譲りの馬鹿みたいな才能を受け継いだカストゥラ伯女にしてコリナドラダ伯爵令嬢だ。


 そしておれは、淑女の鑑と謳われた母からは面立ちだけを、彼女への愛情だけが取り柄の父親から才能を受け継いだ、ベレンガリア王子妃とドゥアルテ王子の長男、ヴィセンテ・デ・ポルトケンチである。


 劇に関心を向けたまま、横目でドゥルセがおれを見る。

そんな仕草でさえ姫君らしくて、その視線一つでこいつは何人もの男を虜にできるんだろうな、とぼんやり考えた。

おれでなく騎士道精神に溢れた男がここにいたなら、すぐさまその手に口付けしただろう。

おれには騎士道精神なんてほとんどないので、入れ替わるように劇に視線を移す。


『アフォンソ』は王族の地位を追われ、淫婦と罵り合いながらも国王の命令で淫婦の実家の伯爵家――元は男爵家だが王族の血筋を婿入りさせるために広大ながら不毛の地を押し付けられて伯爵家となった――に婿入りし、逆にヒロインの『ベレンガリア』は、彼女を陰ながら支え続けたヒーロー『ドゥアルテ』と結婚し、いつまでも幸せに暮らす。

きらびやかな結婚式で踊る役者達をラストに、幕は降りる。

少し前までは結婚後までストーリーが伸びることも多かったが、最近はここまでで終わる事が多い。

その理由を、きっとドゥルセはまだ知らないだろう。

知っていたらきっと『対処』しているだろうから、この親子は。


 諦めたようにおれから視線を外したドゥルセは、劇へと熱い拍手を贈る。

劇場全体が歓声に満ちて、上品な拍手の音に包まれているのを居心地悪く思いながら時間を潰す。

やがて席を立つ観客が出始めるのを確認して、ドゥルセの腕を掴んだ。

拍手の途中で、飾り気がなくも上質な薫衣草色のドレスに包まれた腕を無造作に掴まれても、何の抵抗もなく立ち上がる。

支配人に軽く挨拶だけして劇場を去るまでの間、文句一つ言わず、まるで控えめな淑女のような態度で着いてきた。


 劇場を出て暫く歩き、路地に入った所で漸く手を離して振り返る。

ドゥルセの髪と瞳はおれと同じ、何の変哲もない金と緑になっていた。

ボックス席から出る時には色変えの幻惑魔法を使っていたのだろう。

王族の瞳は城下通りの王立大劇場やその近隣では目立ちすぎるから。


「今日はありがとう。コリナドラダ伯爵家(うち)の名前じゃ『薔薇乙女と隠された太陽』はどうしても席が取りづらいからさ。まさか王立大劇場で見られるとは思ってなかったよ。入学前に最高のプレゼントを貰った気分!」


 彫刻染みた顔を、無邪気な子供のように綻ばせるドゥルセに、思わず眉間に皺を寄せた。

返事もせずに再び背を向けつつ、手の動きだけで着いてくるように促せば、やはり何の迷いもなく追ってくる。

まるで従順な子犬のようだ。


「ところでさっき、人に見られてたけど大丈夫?」

「何が」

「淑女をエスコートもせずに引っ張ってた事。折角の王孫殿下の評判が落ちたらどうするの」


 これも抗議でも嫌味でもなく、本当にただの疑問である事はそこそこの付き合いで分かっている。


「なんだ、そんな事か。今更だよ」

「今更?」

あの(・・)母上に見向きもされない時点で、おれの評判は終わってる。それに王立貴族学園(がくえん)に入る前からあちこちのご令嬢を連れ回してる女好きって噂も出てるしな」

「あれ。婚約者でもない特定のご令嬢と一緒よりは良いかと思ったんだけど。ごめんね」


 そのくせこちらの嫌味にはすぐに気付いて謝罪まで入れてくる。

言葉の通り、誰かさんが毎度違う色に髪と瞳の色を変えるせいでおれは数多の令嬢を連れ回す遊び人として認識されている。

けれどドゥルセの言う通り、王立貴族学園に入る前から婚約者以外に特定の相手を作る方がよろしくないとされるため、八つ当たりにも等しいのだが。


 謝罪に返答せずに歩き続けることしばらく。

まだ整備されていた路地が小汚くなってきた頃。

小さな劇場の前に辿り着く。

王立大劇場とは比べ物にならない程に小さく、けれども異質な熱気に満ちた劇場だ。

本来よりもやや多めらしい金額を渡せば、当日だろうが時間ギリギリだろうが明らかに面倒な身分の者だろうが受け入れてくれる。

いつもより更に3倍(多め)の金額を従業員に手渡せば、正装のおれとドゥルセにもチケットを渡して半券をちぎり、中に通す。

立ち見も多い人混みの中を、仕方がないから再び腕を引いて通り抜ける。

そこそこ見通しのいい場所を確保して、人並みに流されないように腰を抱くようにしてドゥルセを固定する。

なされるがままになりつつも、その隙にチケットに書かれた文字を確認するドゥルセの、不思議そうな声が耳元でやけに響いた。


「『影の王家』?」

「……始まるぞ」


 言った途端、開演を告げるベルが鳴る。

ハッとしたように舞台へと目を向けたのを確認して、自分も劇に意識を向ける。

隣から注意は逸らさずに。

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