新たなる淑女
「嘘でしょ、もしかして私、ベアトリスじゃない!?」
夜中に水を飲もうと身を起こした時。
きらびやかな部屋の中、鏡の前で思わず叫びそうになった声を、どうにか小さく押し留める。
炎みたいな赤みを帯びた金髪に、氷みたいに冷たい水色の瞳。
ぱっと見はすんごい美少女だけど、目は意地悪そうにつり上がって、白い肌に真っ赤な唇がよく栄える。
所謂悪役令嬢顔だ。
実際、ベアトリスは悪役令嬢である。
悪役令嬢転生物とかもよく読んだし、自分が事故死した記憶もあるから状況は理解出来る。
理解は、理解は出来るのだが……。
「せめて……やった事のあるゲームにしてほしかったな……!」
ベアトリス・デ・カルヴァリョブラン。
それは大人気乙女ゲーム『ラ・ピュセル・グレヌⅠ』の続編として制作が発表された『ラ・ピュセル・グレヌⅡ』の、先行公開情報で見ただけの悪役令嬢なのである。
『Ⅰ』のトゥルールートの未来だそうだが、残念ながら私はトゥルールートとやらに辿り着けていない。
前作を軽くプレイしただけの私に、悪役令嬢としての破滅回避は難しすぎる……!
元々知人からの強い勧めで『Ⅱ』に興味を持って、ならばと『Ⅰ』に手を出してハマり、周回して全キャラクターの恋愛エンドを回収したところまでは良い。
やり込みすぎて寝不足になり、階段から落ちたのも……まぁ良くはないけど良い。
ちなみに恋愛エンドと言っても、複数ルートある内の1つだけである。
育成要素もあったり、主人公にもランダム要素があったりして、中々のやり込みゲーなのだ。
そこそこのお値段なだけあるクオリティだった。
それはさておき、兎に角やった事もないゲームでは破滅フラグの避けようもない。
いや、なんなら破滅なんてしない可能性もあるけど、確証はないわけで……。
前作を参考にしようにも、前作の悪役令嬢ベレンガリア・デ・ベラヴィスタ――メインヒーローである王太子の婚約者――は、彼のルート以外ではほとんど出てきてなかったので、余り参考にはならない。
分かっているのは、王太子の恋愛ルートを含む全てのルートで彼女が没落していたということだけ。
いや本当、気付いたら没落していたのだ。
王太子の恋愛ルート以外ではナレーション没落である。
分かるのは没落したまま、その身に流れる自国と他国の王族の血を利用するように遠方の国へ嫁がされていった事だけ。
王太子の恋愛ルートでは没落したけど修道院行きだったので、なんならそっちの方がマシまである。
確かベアトリスもベレンガリアと同じようにメインヒーローの王太子の婚約者か何かだったはずだ。
同じようにナレーション没落させられてしまう可能性はそこそこにある。
燭台を手元に、チェストの引き出しから適当な便箋を取り出して、思い出せる限るの情報を書きなぐる。
思い出せ、兎に角思い出せ、昨日あれだけ公式サイトとシナリオライターのツブヤイターを見ただろう!
『ベアトリス・デ・カルヴァリョブラン』
『炎の金髪、氷の瞳。』
『侯爵令嬢にして第一王孫ヴィセンテの婚約者。幼馴染である彼に執着しつつも見下している。
彼の母を尊敬しており、彼女に見出されてヴィセンテの婚約者に据えられた事を誇りに思っている。
彼女とヴィセンテを』
ベアトリスの立ち絵と共に投稿された文章を思い出すも、眠気が強かったせいか最後の方が思い出せない。
ならばメインヒーローはどうだと、彼の立ち絵を思い浮かべる。
『ヴィセンテ・デ・ポルトケンチ』
『木漏れ日の金髪、宝石より輝く緑の瞳』
『ポルトケンチ王国の第一王孫。
汎ゆる才能が人並み以上にあるものの、それ以上に優秀な幼馴染に劣等感を持っている。
様々なご令嬢と遊び歩く遊び人との噂も。
家族仲も良好とは言えず、弟妹が母の関心を』
だめだ、やっぱり最後がわからん!
けどベアトリスの紹介文と合わせると、とりあえず仲はよろしくない事だけはわかった!
最後はヒロインだ!
彼女だけ立ち絵でなく、後ろ姿の絵しかアップされていなかった。
乙女ゲームでは珍しくないのかもしれないが、前作のヒロインは顔も立ち絵も有っただけに少し違和感を覚える。
『ドゥルセ』
『亜麻色の髪、瞳はお好みの色で』
『本作のヒロイン、伯爵令嬢。
肥沃な土地と莫大な財を持つ伯爵家の長女。
とあるお家騒動が原因で周りの家との交流が少なかったために、少々世間知らずな面も』
今度こそ最後まで思い出せたものの、そもそもヒロインは情報が少ない。
そりゃそうだ、彼女の人間関係は家族を除いてプレイヤー自身が構築していくんだから。
あとはなんだ、ゲームの概要だろうか。
『育成RPG乙女ゲーム。
伯爵令嬢ドゥルセは14歳の春を迎え、王立貴族学園へと通う事になる。
3年間の学園生活の中で、どれだけ己を磨き、どれだけ攻略対象との中を深められるかが鍵となります。
エンディングは前作と同じく300超え!』
エンディングが多すぎるわ! というツッコミは心の中だけに留めておく。
それだけあれば、悪役令嬢が悲惨な目に合うエンディングがあってもおかしくない。
出来ればそれは回避したいんだけど……。
いっその事、ヴィセンテの婚約者にならずに乙女ゲームに関わらないのが一番無難なのだろうか、と考えた時。
部屋に朝日が差し込むと同時に、ふっと日本人の『弥生 日流子』の記憶に押し流されかけた『ベアトリス』の記憶が戻ってくる。
例えば、ベアトリスは今15歳だとか。
例えば、外国語や刺繍の知識だとか。
例えば、父と母は冷めきった政略結婚夫婦で、ベアトリスが勉学に勤しむのを『嫁の貰い手がなくなる』と疎んでいた事とか。
例えば、それなのにベアトリスが8歳の時、その教養と才能を王太子妃に見出されて長男の婚約者に指名された瞬間、手の平を返された事とか。
例えば、だからベアトリスは王子妃ベレンガリアに忠誠を誓っているとか……。
「遅かっ……え?」
王子妃ベレンガリア?
ベレンガリアって、あの悪役令嬢の?
いや、私の知る全てのルートで没落する……?
あり得ない、とは言えない。
私は『Ⅰ』のエンディングを全て回収できたわけではないのだから。
トゥルールートがメインヒーローのルートでないなら、彼女も没落せず皆大団円のルート、なんてのもありえる訳で。
ここをトゥルールートの先の『Ⅱ』の世界だと思ったけど、もしかしたら別のルートの未来の可能性だってある。
でももしも、もしも彼女も転生者で、破滅を回避したのならば、この先の未来についてなにか知っているかもしれない。
ベアトリスの破滅を、避けられるかもしれない。
朝日が目に染みる中、王子妃ベレンガリアと会話する事を目標に、この世界で生き抜く事を決意した。




