文芸部誌5年度秋号
放課後、俺は図書準備室に行くことにした。
安藤さんはクラスメイトと何か話をしている。
一人の時に声をかけるって、いざやろうと思うとなかなか難易度が高い。
我が美術部の部室は、美術部の隣の美術準備室。だから文芸部の部室が図書準備室なんじゃないかっていう高坂先輩の推理は、とても納得がいった。
図書準備室には行ったことはないけれど、おそらく図書室の隣にあるのだろう。
図書室は特別教室棟とは反対側、管理棟の中にある。
管理棟への渡り廊下を図書室を目指して歩く。
図書室の扉を通り過ぎて廊下を進む。
「あれ?」
図書室の扉を通り過ぎた先、廊下の行き止まりまで進んでも他の扉がない。
準備室が図書室から離れた場所にあるとは思えないし、図書準備室は存在しないのか?
美術準備室があるのに図書準備室がないのは不思議な気がするけれど、特別教室棟と管理棟では教室の仕様が違うのかもしれない。
俺は少しだけ途方に暮れたけれど、せっかくここまで来たのだからと図書室に寄ることにした。
図書室に入って、まずは『文学』の棚へ向かう。
棚に並ぶタイトルを眺めながら、ぼんやりと描きかけの絵のことを考える。
俺は自分が描いている絵がすごく好きだ。
好きだから描いているし、好きになれないなら描かない。
だけど最近、何か足りないような、何か違うような、もっと違う何かを描きたいような気持ちになる。
いつもと違うところに行けば何か見つかるのかもな。
『文学』の棚を見ている間、図書室には幾人かの生徒が出入りしている気配がした。近くの棚の間から通り過ぎる制服が見える。俺は『歴史』の棚へと移動した。
図書室には頻繁に来るわけではないが、真新しく感じる蔵書は見つけられない。
それでも何かを探して棚の間をうろうろとしてから、中東の文化と衣装に関しての本を手に、俺は貸出カウンターに向かった。
貸出手続きを頼もうと貸出カウンターの中を見て、俺は図書委員の存在を思い出す。カウンターの中、貸出手続きを担当している図書委員の後ろには『図書準備室』と書かれた扉があった。
図書準備室への入り口は図書室の中にあったのかと気づくと同時に、だけどあそこはおそらく図書委員の部屋なのだろうと思う。
そうすると文芸部はクラブ棟の方にあるのだろうか?そう考えながら貸出手続きを終えた本を受け取る。図書室から出ようとした時、扉の手前にある机の上に、冊子が重ねて置かれているのに気がついた。冊子の表紙は昨日中庭で見たものと同じだった。
「あっ…」
文芸部誌5年度秋号!
『ご自由にお持ち帰りください。校内資料棚にバックナンバーもあります』横にはそう書かれた紙が貼られている。
俺は文芸部誌5年度秋号を1冊手に取った。
これを読んだところで何も分からない気もするけれど、とりあえずもう一度読んでみたい。
俺は借りた本と文芸部誌を鞄に入れると、図書室から廊下へと出た。
謎は少しも解明されていないけれど、今日は誰にも因縁をつけられていない。役に立つのかは分からないけれど、取り敢えず文芸部誌が手に入った。良くはないけど悪い日ではなかったはずだ。
昼の続きを描きに行くか。
俺は廊下を普通教室棟の方へ向かって歩き出す。
今日は特別なことは起きていない。だけど思考はずっと昨日に振り回されている。
それは俺の描く絵にも影響するだろうか。