描きたいもの
教室を出た俺は、普通教室棟から渡り廊下を通って特別教室棟へ向かう。
ちなみに、この学校の渡り廊下は1階と2階にある。
普通教室棟は1階が3年生、2階が2年生、3階が1年生の教室なので、1年生が特別教室棟に行くには階段を降りなくてはならない。
特別教室棟にある美術準備室兼美術部室の扉を開く。
誰もいないだろうと予想していたが、部室の中には高坂先輩がいた。
「あれ?足立くん?」
パンを食べている高坂先輩が、俺を見て首を傾げた。
「…ちわっす」
俺は人がいたことに少しだけ驚いたが、挨拶して適当な椅子に座る。
「お昼食べるの?」
高坂先輩が俺の弁当を見て聞いた。
「あ、お邪魔だったりしますか?」
「あ、違う違う!ごめん、いつもお昼は誰も来ないからびっくりしただけ」
高坂先輩は慌てたように両手を左右に振った。
「先輩はいつもここで食べてるんですか?」
俺は弁当箱を開けながら尋ねた。
「うん、最近はね。放課後は時間がないからお昼に描きたくて」
高坂先輩は食べ終わったパンの袋をゴミ箱に入れると、描きかけの絵の前に向かった。
絵を描く準備をしながら静かに言葉を続ける。
「卒業したら絵を描くことはあまりなくなると思うんだ。少なくとも絵を展示する機会なんか、次の文化祭が最後だと思う。…だから、最後の絵はしっかり描きたくて…」
美術部では3年生の引退の時期が明確に決まっているわけではない。けれど夏休みが明けると部活に顔を出す3年生はほとんどいなくなる。11月の文化祭も3年生には出展の義務はないので、出展する先輩もいればしない先輩もいる。
「放課後は受験勉強もあるから来られないし、お昼に少しずつ描いてるの」
高坂先輩はそう言うと絵に向き合った。
俺は邪魔をしないように窓の方に身体を向けて弁当を食べ始める。
部室の窓からはグラウンドが見える。体育の授業終わりだろうジャージ姿が歩いている。午前の最後の授業が体育だと腹が減るので好きではない。…ちなみに朝一が体育の授業だと眠いから好きではないし、午後が体育の授業だと腹がいっぱいだから好きではない。
せっかく部室に来たし、俺も描いていこうかな。
俺は弁当を食べながら描きかけの絵のことを考えた。
今、俺が描いているのは『空を飛ぶ城』。
大体の形は出来上がっていて、細部を少しずつ描き込んでいっているところ。文化祭まではまだ2ヶ月くらいあるし、このままゆっくり描いていても問題なく仕上がるはず。
ただ、なんとなく別の何かを描きたいなという気持ちもあった。
中学の頃はゲームばかりしていた。対戦ものもやったけれど、特にハマったのはRPG。
ゲームの世界の端っこが見てみたいと思った。
画面の中に広がる世界がどこまであるのか気になった。画面で見えないところを想像して、想像したものを紙に描いてみた。
描いてみると、それは画面の中の世界を取り出したような心地がして、満ち足りた気分になった。
だから段々と描く絵が増えていった。
『空を飛ぶ城』は確実に俺の好き系。細かいところを描くのは面倒だけど、仕上がったところを見るのはすごく楽しい。
それなのに何故か少しだけ物足りない気がする。
描くのに飽きたわけではない。むしろもっともっと描きたい。なのに描いていると、もっと違う何かが描きたくなってしまう。
まだ、文化祭まで時間がある。とりあえずこれを仕上げることが先決。
弁当を食べ終えて、俺は高坂先輩の横で少しだけ絵の続きを描いた。
「先輩、文芸部って部室どこか知ってますか?」
「文芸部?知らない。うーん…図書準備室とかじゃない?なんで?」
昼休みの終わり、画材を片付けながら俺は思い出して高坂先輩に聞いてみた。
「あー、…ちょっと文芸部誌が見てみたくって?」
「ふーん?」
不思議そうにする高坂先輩に、俺は曖昧に笑い返した。