現実イベントが面倒臭い
◇ ◇ ◇
少し前に降り始めた雨は止みそうな気配がない。
彼女は降り止まない雨を見つめて立っていた。
校庭には水溜まりが出来始めている。
このまま歩いて行ったら、きっと靴下まで濡れてしまうだろう。
傘を持っている生徒は既に帰ってしまっている。
傘を持たない生徒も諦めたように徐々に帰りはじめた。
雨を見つめていた彼女はそのまましばらく佇んでいたけれど、雨の中へと歩き出した。
雨が彼女を濡らしていく。頬には濡れた髪が張り付いている。
髪からは雫が肩へと落ちる。肩は既に雨の色だ。
肩に掛けた鞄は雨を弾いているが、制服は彼女の身体を守ってくれているだろうか。
小走りに駅へと急ぐ生徒の中、彼女は濡れるのを気にする風でもなく、いつも通りの歩調で校門から出ていった。
僕は彼女の後を追いかけた。傘を差しているからあまり速度が出せない。
それでも歩いている彼女には、学校からそれほど離れずに追いつくことが出来た。
「途中まで一緒に帰ろう」
僕は彼女へ傘を差し掛ける。
彼女は傘と僕を見つめる。
「ありがとう」
彼女の声を聞いて、僕と彼女は駅までの道を一緒に歩いた。
僕の傘は二人で入るには少しだけ小さかった。
だから僕の左肩は少しだけ雨が染みている。
雨はまだ止みそうにない。
駅までの道はきれいに舗装されていて雨の中でも歩きやすい。
だけど雨の中を走ってくる自転車が時折水を跳ね上げる。
駅までの道はそんなに遠くはない。しばらく歩くと駅にはすぐに着いた。
僕は傘を閉じる。そしてそれを彼女に差し出した。
「僕の家はすぐそこだから」
僕は彼女に傘を渡すと身を翻す。
雨の中を僕は家への道を小走りした。
◇ ◇ ◇
「…」
あー。家は歩いてすぐなんだ。そうなんだ。…だけども俺ムカンケイですが?
「コレ…一体何なんなの?」
俺は開いていた冊子を閉じた。表紙を見る。
「文芸部誌5年度秋号?」
冊子の表紙には、枯葉のイラストの上に『文芸部誌』の文字、そして右下には『5年度秋号』という文字があった。
文芸部?
立ち上がった森くんが、俺の手から冊子を取り上げた。
「美月ちゃんは俺んだから」
森くんは取り上げた冊子を俺の胸に突きつけると、そう言って俺を睨んだ。
つまり安藤さんのカレシ?
俺は呆気に取られて森くんを見た。
どうやら満足したらしい森くんはようやく俺を解放してくれた。
森くんが歩いていく後ろ姿を見ながら、俺は好きになってもいない女子に失恋したような気分を味わった。
言いたいことがたくさんある。だけどせっかく自由の身になったのに、森くんを呼び止める愚は犯せない。分からないことがたくさんある。というか徹頭徹尾意味不明だ。
謎イベントは、まごうことなき謎イベントだった。謎度の深さに何をどうしたらいいのか、迷うべきか忘れるべきか迷う。
うわー…この現実イベント。…めんどくさすぎないか?