終わらない謎イベント
◇ ◇ ◇
彼女は抱えていた荷物をもう一度抱え直した。
授業で使っていた大判の紙は丸められて腕に抱え込まれている。
地図やら図表やら模型やら、今日の授業はやたらと参考資料が出てきた。そしてそれを資料室へと片付ける役目を仰せつかってしまったのだ。
紙の角に引っかかったのか、彼女の髪は少しだけ乱れている。肩までのさらさらした髪は真っ直ぐで、いつも整えられている髪が乱れているのは珍しくて少し新鮮だ。
彼女が何度目か荷物を抱え直す。
丸めた紙の重さはそれほどではないものの、腕で抱え込んでも歩いているうちに徐々に下がってしまい、歩きながら何度も抱き直している。
僕はダンボール箱を両手で抱えて横を歩きながら、彼女の歩みに歩速を合わせる。
模型を積み込まれたダンボール箱は正直言うと少し重い。さっさと運び終わりたい気持ちもあるけれど、一人だけ先に行ってしまうのは躊躇われる。
彼女がまた荷物を抱え直す。同時に彼女の制服のスカートが少し捲れた。
「あ…」小さく声が出た。
スカートが荷物に引っかかってしまったのだろう。
「待って」
渡り廊下の手前で立ち止まると、僕は持っていたダンボール箱を脇に置いた。そして彼女のスカートを直してやろうと手を伸ばしかけて…慌てて手を引っ込めた。
彼女の抱えている紙に手を伸ばすとそれを代わりに持つ。
「スカート捲れてるから」
僕は丸めた紙で顔を隠すようにしてそう言うと、彼女がスカートを直すのを待った。
「ああ…、ありがとう」
彼女はそれだけ言うと、スカートの裾を直して僕から紙を受け取って抱え直す。
僕もダンボール箱を再び持ち上げた。
渡り廊下に差し込む陽の光が彼女の髪を照らす。
廊下の陰りではしっとりとして見えた彼女の髪色は、光の中では青みがかって見えた。
◇ ◇ ◇
「資料を片付けているのは日直だからだろう。お前の出席番号は美月ちゃんの前だからな。つまりこれはお前としか考えられない!」
どうだ!という顔で森くんが俺を見てくるが、いや、…ん?美月ちゃん?
「えーと?つまりこの女子は安藤さんなの?」
2年C組 安藤美月 出席番号2
「読めば分かるだろ」
読んでもわかんねーよ。えーと。肩で髪を切り揃えたサラサラヘア。確かに安藤さんの髪も真っ直ぐで肩までだ。だけど安藤さんの髪が光の中で青みがかって見えるかは知らん。
安藤さんだと言われたら違うとは言えないけど、こんな髪型の女子って他にも結構いないか?
「…確かに安藤さんと言われたらそんな気もするけど、俺は安藤さんと一緒に荷物運びなんかしたことないよ」
というか荷物運び自体、頼まれたことは一度もない。
「じゃあお前は、美月ちゃんと資料の片付けをしたのも1年だって言うつもりなのか!?ありえないだろう」
「あー、それは確かに。もしも安藤さんが片付けを頼まれたとしたら、出席番号1の俺と一緒にすることになるだろうね。…って、いや、だからこれは俺じゃないから!」
そろそろ現実イベントを楽しむノリじゃなくなってきた。もう帰っていいかなー。帰りたいなー。でも帰してくれそうにないなー。
「えーと、つまり。森くんはこれがノンフィクションで、この女子は安藤さんだって言うんだな?それで、この男子?書いた人?を探してるってことか?」
状況整理。だけどそもそも安藤さんなのか?それ以前にこれ実話なのか?
「しかもお前の家は徒歩圏内だ」
「え、気持ち悪い。なんで俺んちまで知ってるの」
思わず真顔で森くんの顔を見つめてしまった。
「お前の家までは知らない。けど、うちのクラスのヤツがお前の家は歩いてすぐだと言ってた」
誰?森くんのクラスのヤツ!ウラムゾ!
「…すごく嫌な感じだけど、俺の家が近所だとなんなの」
「こいつの家は歩いてすぐだと書いてある。つまり足立お前だ」
「…」