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目覚め

 

 歴史学は尊く、無限の魅力を秘めた学問である。


 世の全ての物、事柄には歴史があり、そこには謎が散りばめられている。今を生きる者たちは、数々の説を飛び交わし、謎に挑まんとする。だが当然、その過去を生きた者の他に、真実を知る者は無し。自身が直接的に経験した事柄で無いのであれば、それは完全な真実とは言い難い。

 

 圧倒的に、答え無き学問。だからこそ、この無限の謎に人々は魅せられるのだ。


 俺、坂本直巳(さかもと なおみ)もその一人である。幼少から歴史に魅了された俺は、幸運なことに、現在はある大学教授のもと、研究者として活動している。自慢では無いが、いや自慢だが、なかなかに結果を残せていると自負している。最近では、他の大学にて講義を行ったのだ。出版社から本を書いてみないかとのお誘いもあるのだ。まだ27歳の身としては、誇りある名誉だろう。これからの私の未来には、高名な学者としての名誉の道が開けているのだ。


 さて、こと歴史学、とりわけ専門である政治哲学においては、俺にはそれなりの見識があり自信もある。ここで注意したいのは、俺が修めているのは我らが青き星、()()()の歴史学である。


 では、この世界において、俺は無知の役立たずだ。


====================================

 

「どこぉ……?」


 両頬に手を当て、開いた口が塞がらない。今現在、俺の顔はノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンクの『叫び』の表情そのものだろう。

 眼前に広がるのは、鬱蒼と茂る木、木、木。足元には、見たことの無い草花。今、目の前をササッと通り過ぎて行ったのは、鹿のような動物だったが、俺の知る鹿に頭は二つも無い。すぐ近くの木に触れてみると、ザラりとした感触が手のひらに強く残る。そして植物たちがもたらす自然の香りが鼻孔をくすぐる。夢ならば、大したものだ。容赦の無い現実である。


 冷や汗が一滴、額を伝う。

 まったく訳が分からないし、そもそも俺は自宅で……何をしていたのだったか。どうにも直近の記憶が曖昧だ。とはいえ、最後に自宅にいたことは確かだ。

 

 (誘拐……か?あれか、宇宙人か!?エイリアン・アブダクションか!?いや、とりあえず今はそれは重要じゃない……)


 ここはどこか。問題はこれだ。

 しかしながら、見当はもうついているのだ。突然の見知らぬ風景、謎の動植物。

 これはあれだろう、最近流行りの異世界召喚というやつだろう。勉強ばかりの毎日だったので、よくは知らないが、俺も現代を生きる20代(後半)少しぐらいは知っている。現代人が剣や魔法でバッタバッタと敵を屠るやつだろう。最近の若者たちは、よく異世界に召喚ないし転生しているのだという。そして皆それに憧れているのだとか。

 冗談じゃない、迷惑だ。俺は歴史学者。歴史を愛し、究めんとする者。そしてやっと栄光の学者道が開かれつつあったのだ。ここが異世界であるのならば、やるべきことはここには無いと断言しよう。


 ともあれ、まずは事実確認が肝要である。少し、周囲を散策してみることとした。

 もう一時間ほど歩いただろうか。取り敢えず、適当に歩き出してみたものの、木、草、木、草の繰り返し。鬱陶しい程、森である。しかしこの謎の植物たちには大層驚いた。ひまわりのような美しい黄色い花を見かけたので、近づいてみると、突然花が根ごと空中に飛び上がり、二本の根が人間の足のようになったかと思えば、走って逃げていった。

 また、休憩をしようと木に寄りかかってみると、枝がニョキニョキと俺の方に伸びてきて、実っていた果実のようなものをくれた(ように見えた)。梨と桃を合わせたような味で、大変みずみずしく、美味しかった。

 訳が分からないだろう?俺もだ。というか急にファンタジー感が増してきた……これはもう、異世界確定でよろしいですか?


 とぼとぼと、もうすっかり見飽きた森の中で歩みを進めると、崖淵に出た。眼前の圧倒的すぎる光景に、俺は息を呑んだ。天を仰げば、太陽が燦燦と煌めき、温もりの火を放つ。彼方には、悠々とそびえ立つ岩山が連なり、その麓には、街が見える。巨大な街だ。城壁で囲まれており、橙色の屋根の家々が見て取れ、教会建築物のような建物もあるようだ。訪れたことは無いが、イタリアはトスカーナ州のフィレンツェの街並みによく似ている。

 であればここはイタリアであるのか。否。欧州諸国のどこでもない。……地球ではない。

 

 なぜならば、地球に竜はいない。そいつは岩山の周囲を飄々と飛び回っている。時折恐ろしい咆哮を放ちながら。しばらくすると、竜は雲の中へと姿を消した。


 (これは……間違いなく……)


 異世界だ。疑いようもないファンタジーが目の前に広がっている。竜、奇怪な植物、二つ頭の獣。


 ここはどうしようもなく、異世界だ。

 さて、どうする。


ご覧いただきありがとうございます。

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