ふつうのきょうだい
それからおじいちゃんとおばあちゃんが夕食にごちそうを用意してくれて、食後にはお母さんがパフェをつくってくれた。
グラスの中の真っ白のヨーグルトにふりかけられた、色とりどりのチョコレートの粒。
お母さんは「せっかくの誕生日だから、ケーキでも買ってくればよかったね」と冴さんに謝ったけれど、冴さんは僕とお姉ちゃんを見て「これがいいんだよね」と笑った。
そのとおり。パフェはきょうだいの証で、家族の絆だ。
わいわいとにぎやかな食事を終えると、冴さんが泣きだしてしまった。
「帰りたくない」
お姉ちゃんは冴さんに抱きついて、「帰らなくていいじゃない」と半泣きになる。僕も「ずっと一緒にいればいいよ」と言った声が湿った。
するとそのとき、玄関からチャイムの音がひびいた。びくりと体をすくめた冴さんに、お母さんが「わたしが冴のお父さんに連絡したの」と話した。「これからのこと、冴のお父さんと相談するから、みんなは二階で待っていて」
僕らは二階のお母さんが子どものころ使っていた部屋のベッドの上で、膝を突きあわせて作戦会議をする。
「お父さんに伝えてみたらいいんじゃない? ママと暮らしたいって」とお姉ちゃん。
「でもお父さん、私に興味ないの。いつもおじいさんとおばあさんの言いなりだし」と冴さん。
「きっと、お母さんがうまく説得してくれるよ」と僕。
うんうんと三人でうなっていると、一階から冴さんが呼ばれた。冴さん、お姉ちゃん、僕の順に、恐る恐る階段をおりる。
玄関の前に、お母さんとスーツ姿のおじさんがいた。ほうれい線が深くて、髪をぺったりと撫でつけた、くたびれた雰囲気のその人が、冴さんのお父さんらしい。ため息を吐き、冴さんに話しかける。
「心配かけるんじゃない、冴」
「ごめんなさい」
「冴は、お母さんといたいのか」
うつむきがちだった冴さんが、ぱっと顔をあげた。
「……うん!」
もう一度、冴さんのお父さんは大きなため息を吐いた。
「今日は、一旦帰るぞ」
「……はい」
背中を丸めながら、靴を履く冴さんにお母さんが「また連絡するから」と声をかける。冴さんは少し悲しそうに微笑み、静かにうなずいた。
お父さんに連れられ、冴さんが玄関を出る。戸が閉まりかけたとき、お姉ちゃんが裸足のまま外に飛びだした。
「お姉ちゃん!」
冴さんが振り向く。
「あたしたちは、きょうだいだからね!」
飛びついてきたお姉ちゃんを、冴さんが受けとめる。僕も思わず駆けだした。あのお屋敷で、味方もなく耐えてきた冴さん。僕らがついていると、伝えなきゃいけない。
「離れていても、きょうだいだよ!」
イノシシのように突進してきた僕らに、冴さんが優しく腕を回した。
「うん。会いにきてくれて、ありがとうね」
そして冴さんはお父さんの車で帰っていった。僕らは足を拭いて、家に戻った。今年の八月二十五日はこうして幕をおろしたのだった。
始業式からしばらく過ぎた日の放課後、ランドセルに教科書をしまっていると、教室にお姉ちゃんが飛び込んできた。
「凌!」
三年生のクラスに突然現れた六年生の女子に、クラスメイトがざわめく。「教室には来ないでって言ったじゃん」と抗議するけれど、お姉ちゃんは聞こえなかったかのように、「いいから急いで!」と身を乗りだした。
お姉ちゃんが自分勝手なのはいつものことだが、クラスメイトの前でこんな風にふるまわれると頭にくる。でも、「早く早く早く」とその場で足踏みするお姉ちゃんに急かされると、なんだか言うとおりにしなきゃいけない気になって、僕は慌ててランドセルを背負った。
児童の間を縫うようにして、お姉ちゃんは廊下を軽やかに走っていく。下駄箱で靴を履きかえていると、とっくに外履きを履いたお姉ちゃんに「遅い!」と腕を掴まれた。かかとを踏んだまま、引きずられるようにして校門へ走る。
校門に誰かが立っているのが見えた。見覚えのあるブレザーの制服。僕らを見つけて、冴さんが笑う。
「えへへ、迎えにきたよ。お姫様と王子様」
あの夜に見た寂しげな後ろ姿が、楽しげな笑顔に塗りかえられていく。
「お姉ちゃん!」
声を張りあげ、妹になったお姉ちゃんが、冴さんに勢いよく抱きつく。僕はあれから少し時間が空いていたので照れくさかったが、冴さんが僕も迎え入れようと腕をひらいたのを見て、えいやと飛びついた。
「おかえり!」
やけくそで大きな声をだせば、もっと大きな姉の声が、上の方から降ってくる。
「ただいま!」
もうここには囚われの姫君も怪盗もいない。人目も気にせず抱きあってるのは、パフェの絆で結ばれた、ただふつうのきょうだいだった。