八月二十五日の謎
冴さんは荷物をまとめ、学校を早退した。帰りはちょっと遠かったので、冴さんが僕らの運賃も払ってくれて、バスに乗った。
バスの中で、冴さんが教えてくれた。冴さんはお母さんの最初の旦那さんの子どもであること。冴さんが五歳のときに、お母さんが別の男の人のことを好きになって、冴さんのお父さんと別れたこと(それはお母さんが悪いと思う)。お母さんは冴さんを引き取りたいと言ったらしいが、冴さんのお父さんのお父さんとお母さん(つまり冴さんの父方の祖父母)がお母さんに怒って(それ自体は仕方のないことだと思う)、冴さんを無理やり引き取ったこと。けれど、大きくなるにつれお母さんに似てきた冴さんをお祖父さんもお祖母さんも嫌うようになって、冷たく当たるようになったこと。冴さんはずっとお母さんに会いたかったけれど、許してもらえなかったこと。
冴さんの話を、僕もお姉ちゃんも複雑な表情で聞いた。僕たちのお母さんがごめんなさいとも、お互いお母さんには苦労させられますね、とも言えず、押し黙った僕らに冴さんは「暗い話してごめんね」と謝った。
またいたたまれなくなって口をつぐんだ僕の隣で、お姉ちゃんが大きく息を吸った。
「謝らないでよね。水臭いじゃない」
「はは……そうだよね。ありがとう。でも私に、こんなに可愛い妹と弟がいたなんて」
「きょうだいにはお世辞もいらないわ」
「……今更私が会いにいって、迷惑じゃないかな」
僕らの他に乗客のいないバスが、停留所を通り過ぎることを告げる。アナウンスより盛大に、お姉ちゃんがため息を吐く。
「迷惑なもんですか。むしろ、毎年こんなことが続く方が、あたしも凌も迷惑よ」
「こんなこと?」
「ねえ、凌?」
お姉ちゃんに促され、僕も渋々うなずく。
「今日って、何か大切な日なんですか」
「え? うん、私の誕生日……」
「やっぱり。お母さん、毎年冴さんの誕生日に、冴さんに会わせてほしいと頼みに行ってるみたいなんです。多分いつも粘るけど、断られてる」
「そんな、知らなかった」
「お母さんも、冴さんと同じ気持ちですよ」
うん、と応えた冴さんの声がまた揺れて、正直ちょっと面倒くさいと思う。でもお母さんもお姉ちゃんも、おそらく僕も面倒くさいので、やっぱり似た者同士の家族なのかなあという気がする。