表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

囚われのお姫様

 十五分くらい歩いただろうか。僕たちがたどり着いたのは立派な和風のお屋敷だった。僕たちの住むボロアパートと同じくらい大きいし、きっとすごくお金持ちの家だ。石に文字が彫られた表札には「久我山」とある。お屋敷の高い塀を見あげ、お姉ちゃんは顔をしかめた。

「鬼のような悪いおじいさんとおばあさんが、ここにお姫様を閉じ込めてるの。怒鳴り声や物が割れたり倒れたりする音が、近所によくひびいてるらしいわ」

 強い夏の日差しに垂れてくる汗が、お姉ちゃんの目に入る。しかしお姉ちゃんは拭いもせずに続けた。

「お姫様はいつも痣だらけで、夏も肌を出せないそうよ。可哀想でしょう? こんなところから連れ出してあげなくちゃ」

「ここに忍び込むの?」

 お姉ちゃんが残念そうに首をふる。

「セキュリティがしっかりしてるから駄目ね。お姫様が外出するときだって、いつも車で送り迎えしてるらしいわ」

 考えがある、とお姉ちゃんは言った。

「ねえ、子どもが入ってもおかしくない場所ってどこだと思う?」

 そんなの色々あるが、急に言われても絞りきれない。僕の答えを待たず、お姉ちゃんが正解を明かす。

「学校よ」

 確かに、学校なら僕たちも入れるだろう。だけど、この辺の小学校もまだ夏休みじゃないのか。尋ねると、お姉ちゃんは「お姫様が通っているのは高校なのよ」と教えてくれる。高校は夏休みが短いらしい。

「高校なんて入れるの?」

「あたしにとっておきの秘策があるわ」

 胸を張るお姉ちゃんに連れられて、十分ほど歩いて高校に着いた。校門の近くに、「私立白百合女子高等学校」と書いた木の看板が掲げられている。

「女子校じゃん。僕がいたら変だよ」

 弱気になった僕に構わず、お姉ちゃんは「いいのよ」と門の近くのブザーを押した。

 少しの間があって、大人の女の人の声で「ご要件は何ですか?」と問いかけられる。お姉ちゃんは堂々と声を出した。

「すみません。あたしたち、久我山冴のきょうだいです。姉に用があるのですが」

 え?

 状況を理解できない僕をよそに、インターフォンの声は「分かりました。鍵を開けますので入ってください」と言う。何がなんだか分かってないのは僕だけみたいだ。

 すぐにガチャっと音がして門が開く。高校の敷地を歩きながら、お姉ちゃんに「くがやまさえって誰?」と聞く。

「お姫様の名前よ」

「でも、きょうだいって」

「来れば分かるわ」

 正面玄関にたどり着く前に、インターフォンで対応してくれた職員さんが僕たちを見つけ、声をかけてくれる。

「二年の久我山さんのご家族なのよね? 案内するわ」

 僕たちは玄関でスリッパに履きかえ、カポカポと音を立てながら廊下を歩く。ちょうど休み時間だったようで、ブレザーの制服を着たお姉さんたちに「可愛いー」なんて指を差され、僕は少し恥ずかしい思いをするが、お姉ちゃんは緊張した面持ちで真っ直ぐに進む。

 案内されたのは、教室ではなく、保健室だった。くがやまさえさんは、体調が悪くてここで休んでいるらしい。

 ドアをくぐると、保健室の先生はいなくて、カーテンで囲われたベッドがあった。職員さんが、ベッドに向かって声をかける。

「久我山さん、妹さんと弟さんが来ているわ」

「お姉ちゃん、迎えに来たよ」

 お姉ちゃんが誰かをお姉ちゃんと呼ぶなんて変な感じだ。

「え?」

 カーテンの向こうから、びっくりとした声がする。どうやら、くがやまさえさんも、僕と同じ気持ちのようだ。

 シャッと音がしてカーテンが開くと、そこには制服にカーディガンをはおったお姉さんが立っていた。長い髪と、丸い瞳。寝起きのお母さんの顔に少し似ていた。

 お姉ちゃんが一歩前に出た。

「朝河凜と朝河凌です。あの、あなたにとって、パフェって何ですか」

「パフェ?」

「答えてください、大事なことなんです」

 くがやまさえさんも、職員の人も、困った様子だが、お姉ちゃんの真剣な雰囲気にのまれている。

 頬をかきながら、くがやまさえさんが言う。

「えっと、ヨーグルトにカラースプレーをかけたやつ」

「あたしたちにとっても、そうなんです」

 どういうことか、僕にも分かった。パフェは、きょうだいの証だ。血よりも濃い、パフェの絆。

 そしてどうやら、くがやまさえさんにもお姉ちゃんの意図が伝わったようだ。くがやまさえさんの顔が、引きしまっていく。

「お姉ちゃん。ママに会いたくないですか?」

 くがやまさえさんの顔が、泣きそうにゆがんだ。

「会いたいよ。……すごく」

「会いに行こう。ママも待ってる」

 お姉ちゃんの言葉に、くがやまさえさんが顔をおおった。大きなお姉さんが泣くところを僕は初めて見た。けれどかっこ悪いなんて思わなくて、たまにお母さんに思うみたいに困ったなあという気持ちになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ