怪盗ごっこ
朝河家にとって、一番楽しみな日は僕とお姉ちゃんの誕生日で、一番憂うつな日は八月二十五日だった。
夏休みも終盤のその日には毎年、僕たちはおじいちゃんとおばあちゃんの家にあずけられる。お母さんは早朝から深夜まで外出して、毎回とても落ち込んだ顔で家に帰ってくる。辛そうなお母さんに僕もお姉ちゃんも理由を尋ねることもできず、何となく悲しい気持ちでその日を過ごす。
そうして、僕が小学三年生になった今年も八月二十五日がやってきた。今日もお母さんが嫌な思いをするのだと思うと、おじいちゃんが切ってくれたスイカを食べても心が重たかった。そんな僕をみかねて、お姉ちゃんが言った。
「ちょっと。あんたまで落ち込んでどうするのよ」
「そんなこと言ったって、お母さんが気になるんだからしょうがないじゃん」
「じゃあ、二人で楽しいことしよっか」
「楽しいこと?」
恐竜好きな僕とアニメ好きなお姉ちゃんは趣味が合わず、ほとんど一緒に遊んだことなんてなかった。だから急な提案に眉をよせた僕に、お姉ちゃんは口の端をつり上げる。
「怪盗ごっこよ」
「何それ」
「怪盗よ。ワクワクするでしょう」
きっと、人気の探偵アニメでかっこいい怪盗キャラが出てきたからそんなことを言っているのだと思った。もう六年生だというのに、お姉ちゃんは子どもだ。だけど、その怪盗キャラのことを僕も割と好きだったし、何よりお姉ちゃんは僕を慰めるためにそんなことを言い出したのだと分かっていたので、お姉ちゃんの話に乗ることにした。
「怪盗って、何を盗むの?」
「どんな宝石より大金より価値のあるものよ」
「そんなのある?」
首をひねる僕の髪をお姉ちゃんはくしゃくしゃとかき混ぜた。
「決まってるでしょう、囚われの姫君よ」
突然のゲームみたいな単語に、僕はぽかんと口を開ける。
「そんなの、どこにいるの?」
「ついてきなさい」
得意げなお姉ちゃんに連れられて、僕たちは夏空の下に駆けだした。