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セカイノクジラのType ZERO  作者: 沖田 ねてる
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第一話④ 2日目④


「ようやく落ち着いてきたかな」


 屋上から飛び降りたおれは窓のサッシを足掛かりにして下の階に降り、再び博物館の中に来ていた。そのまま男子トイレの個室に入り、自分の頭上のピーター・パンの文字が消えるのを待った。

 少しして。救急車の音が聞こえてきたくらいの頃に文字が消える。チクタクというワニが近づいてきている音も聞こえてきたので、おれは慌てて男子トイレから飛び出した。


 トイレから出てこっそりと覗いてみれば、あれだけいた海賊(パイレーツ)達の姿は少なくなっている。ヨイチが捕まり、おれが行方を消したこともあってか、みんな外に出ていったみたいだ。


「ヨイチのやつ、大丈夫だったかな?」


 二階の階段付近に戻ってみれば、既にヨイチの姿はない。下を見てみれば、ちょうど救急車が発進したところだった。多分、あれに乗っていったのだろう。


「それよりレイヤ。お宝はいいの?」

「そ、そうだな。えーっと確か、ティラノサウルスレックスの化石のとこだっけ」


 いや、それよりて。クジラコに急かされて、おれは一階にある化石展示のコーナーへと向かうことにした。まだ海賊(パイレーツ)はチラホラ見かけたが、特に目を血走らせて探しているような輩はいない。

 二人でティラノサウルスレックスの化石の前にくると、ぴょこんと空中に金色で縁取られた赤い宝箱が現れた。他の客が反応していないところを見ると、これはピーター・パンだけが見える立体映像だな。


「これか。ほいっと」

『ぬうッ!? ワシのお宝がッ! やるな、ピーター・パン。だが、これはまだ一部。他のお宝は渡さんぞッ!』


 タッチしてみるとフック船長の負け惜しみが聞こえてきた。宝箱が開き、中から金色の立体ブロックのようなものが現れる。上には、鍵の欠片を手に入れた、というメッセージもあった。

 表示されていた鍵の欠片は、おれの右の掌へと消えていった。右手を開いてみれば、鍵の欠片2/5という表示がある。


 一気に二つも手に入った? あっ、そうか。おれだけクジラコの補填として、チェックポイントが四つで良くなったんだったな。すっかり忘れてた。


「チェックポイントもクリアしたし、さっさとおさらばするか。そろそろ今日のゲームも終わりの時間だし。何よりも、今日からはランクCまでのホテルが泊まり放題だしなー。さってと、何処にするか」


 視界の右上にある時計を見て見たら、もう日が暮れてきそうな時間帯だった。なんだかんだで逃げ回っていたら、もうこんな時間か。

 二日目にして、鍵の欠片は二つ。まあ、悪くはないペースだ。


「このままクリアできると良いけどなあ。途中で捕まったりしたら……」


 クジラタロウのアカウントで今日の宿を探していたおれの頭の中には、さっさとヨイチの元を去っていったクジラオの姿がある。

 ピーター・パンに与えられたティンカー・ベルは、ゲームの間だけ一緒にいる。そういう存在だ。


「? わたしの顔に何かついてる?」

「……別に」


 無意識の内に、おれはクジラコを見ていた。彼女がこてんっと首を傾げていたが、おれは視線を逸らす。当たり前のことだったが、おれの心には何かが引っかかっていた。


「フッ、何を馬鹿な」


 おれは鼻で笑った。自分の内に湧いた、小さな感情について。


「レイヤに馬鹿って言われた。甚だ不本意」


 するとクジラコが無表情のままに、ぷう、と両頬を膨らませてみせた。


「えっ? いや、別にクジラコに言った訳じゃ」

「こう見えて、わたしは高性能。レイヤよりも早く、計算だって検索だってできる。馬鹿じゃない」

「だからね、別に君に対して言った訳じゃなくてね」

「ごめんなさいのチュウを要求する」

「話聞いてェェェッ!!!」


 唇を突き出して迫ってくるクジラコから逃げながら、おれは博物館を後にすることになった。



「対象。さいさいさいさい、再発見だにゃー」

「全く、手間取らせてくれて。って、言うほどそんなに見失ってないしょう?」


 レイヤ達が博物館からビジネスホテルへと向かう道中で、その姿をビルの上から確認している二つの人影があった。

 片方はこめかみに人差し指を置きながら、歯を見せつつニヤリと笑っている男性。肩まであるブロンドの髪の毛を全てまとめて一本の三つ編みにし、金色の瞳をレイヤとクジラコに向けている。背は高く、黒いブーツを履き、黒い迷彩服姿であった。


 同じ服装のもう片方は女性であり、男性より少し背が低かった。首くらいまでの長さしかないショートボブの髪の毛は黒く、スレンダーな体形をしている。人当たりの良さそうな男性に比べて無表情であり、冷たい印象があった。


「街でこそこそ準備する為に、個人情報偽造しておいて良かったにゃー」

「で、さっさと確保にいかない訳? ワタシ、あんまりこの街が好きじゃないし」

「まだだにゃー。今行っても不審者がられたら、色々と面倒くさいからにゃー」


 今にも飛び降りていきそうな女性を、男性が制している。


「にしても、土地を均して作られた方格設計のこの街。住居の区画もキッチリ番号で区切られてるってのに、アリサは何が不満なんだにゃー? 機能美として考えたら、これ以上ないくらいに理想郷だと思うけどにゃー」

「全部よ全部。元々、地球は凸凹で不規則で、そうあって当たり前だったじゃない。なのに無理やり地均しされて、こんなもん作って。気持ち悪いったらないわ」

「セカイノクジラがやる前から、都市開発なんてこんなもんだったと思うけどにゃー」

「それでもここまで厳密じゃなかったわ。第一、AIに飼いならされてるって分かってんの、この街の連中は?」


 フンっと鼻を鳴らしながら、眼下に広がる人の営みを見下ろす女性、アリサ。その表情は酷く不機嫌なもので、その態度を隠そうともしてなかった。


「ワタシ達は自分で考えて、生きていけるわ。箱庭で、機械ごときに飼いならされる家畜なんかじゃない」

「それって俺のこともディスってんのかにゃー?」

「そ、それは。シンリューは別に……」


 狼狽えるアリサに呼ばれた男性、シンリューが顔を上げる。


「まあ、その意見については俺も同感だにゃー。じゃなきゃ、こんなことしてないしにゃー」

「……ワタシ達のこと、恨んでる?」

「いんや、全然。って言うか恨むも何も、俺をこうしたのはそっちだろうがにゃー。ま、張本人達はもういないけど」


 あっけらかんと答えてみせるシンリューに対して、アリサは落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。


「俺は今の俺も気に入ってるしにゃー。それとも気に入らないなら、セカイノクジラに返すかにゃー?」

「そんなことしないわ。あなたは、必要だもの」

「にゃっはっは。嬉しいにゃー、その言葉。とは言え、今はあの|遊戯進行及び生活補助型機械人形ティンカー・ベルをどうやって再確保するかだにゃー」


 シンリューはアリサを見てカラカラと笑った。


「あの参加者ごと、まとめて捕まえちゃえば良いんじゃないの?」

「下手なことして、また痛い目見るのは嫌にゃー。今回は慎重に用意をしつつ、機を見るんだにゃー。なあに、大丈夫にゃー」


 口角を上げた彼は、含むように言葉を続ける。


「運命の風は、気まぐれだにゃー。けど、いつまでも向かい風って訳じゃない。俺達は追い風が来た時に、スタコラサッサと進んだらいい。一度しくじった訳だし、焦らずにやっていこうにゃー」

「……わかったわよ」


 完全に納得した訳ではないが、アリサは矛を引っ込めた。ミスがあったという点が、彼女に強引な手段を選ばせにくくしている。

 そんな彼女の様子を満足気に見た後で、シンリューは再びレイヤ達へと視線を移した。


「時は来る、機は必ず来る。それまでは、精々ゲームを楽しんでおくのにゃー。にゃーっはっはっはっはッ!」


 再び笑った後に、彼らはその場を後にした。日が暮れ始めている黄昏時。巨大なシロナガスクジラが、街の上空に現れる。

 全長約百メートル。万能量子コンピューターによって動いている世界の管理AI、セカイノクジラだ。対流圏上層を悠々と飛んでいるそのクジラが、身をくねらせる。その内側で、大量の情報を処理しながら。


「ネバーランドゲームの進行は、極めて順調です」


 セカイノクジラの呟きは、誰にも共有(シェア)されることはなかった。

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