第三話② 5日目①
「さあさあ皆さんお待たせいたしました。まもなく、オークションを開催させていただきますッ!」
おれの意識が戻ってきたのは、嫌にテンションの高い男性の声が聞こえてきた時だった。やべ、マジで寝てた。
あれからどれだけの時間が経ったのか。薄っすらと目を開けた視界に表示されていたのは、次の日付だった。時刻はお昼を過ぎたくらい。一日近くも経過している。
起き上がろうとした時、おれは身体の異変を感じた。手足が縛られていて、全く動けない。
「は?」
一気に意識が覚醒する。目を見開いてみれば、眩しいスポットライトに顔をしかめる。ようやく慣れてきた頃に、おれは事態を把握した。
自分の身体が一本の棒に括り付けられて、ステージ上で見世物になっていることに。
「ではまずは一千万から。スタートですッ!」
「一千百万ッ!」
「一千三百万ッ!」
「お、おいッ! 何だよこれッ!?」
「あっ、気が付いたかい?」
司会者と思われるタキシード姿の男性の声の後で、会場から続々と金額の表示がされていく。会場にいるのは、海賊の文字を持った者ばかり。一番大きな金額には、王冠のマークがあった。
状況が全く飲み込めないおれに、声がかかる。振り向いてみれば、ステージ上に置かれた椅子に、あの小太りの男性の姿があった。
「フォトワーニさんッ!?」
「おはようレイヤ君。薬を入れたとはいえ、まさかオークションが始まるまで起きないとは思ってなかったよ」
「い、いや、ちょっと寝不足だったし。って、薬? それに、これは一体?」
「何も知らないのも可哀そうだから、順番に教えてあげよう。まずは、私はピーター・パンなんかじゃないんだ。彼もクジラタじゃなくて、バーダックっていう私の部下さ。嘘ついてごめんね」
「は?」
彼の周りには、黒ずくめの男性達がいた。その中にはあのクジラタ――バーダックの姿もある。
「ピーター・パンを捕まえる為には、ピーター・パンに成りすますのが一番だよ。見ての通り、ここはオークション会場。誰が一番金を積めるかを競う、競りの場。商品は君だ」
「な、何言ってるんですかッ!? 参加者以外がピーター・パンを捕まえたって駄目だし、ピーター・パンの権利の売買はルールで禁止されてる筈じゃ」
「そうだよ。だからここは、非合法な場所さ。ルールを守らない無法者達の集まり。でもちょっと共有すれば、ほら。こんなにも人が集まってきた」
彼が示す先には、必死になって金額を積んでいる海賊の方々。会場以外にライブ中継も開催されているらしく、先ほどから視界共有にひっきりなしに金額が提示され続けている。
「みんな働きたくないんだろうね。定額生活費ランクEでも生涯送れるっていうんなら、多少の出費に目をつむってもお釣りがくるレベルだ。いやはや、ボロい商売だねえ」
「お、お前ッ!」
「真面目にゲームに参加するなんて、馬鹿のすることさ。人生ってのは要領よく、裏道を通っていかなきゃねえ」
事ここに至って、おれはようやく事態の全てを理解した。フォトワーニさん……いや、このクソジジイが金儲けの為だけに、おれを騙したことを。怒りが湧いてくる最中、ハッと気が付いたことがある。
「クジラコは、クジラコはどうしたんだよッ!?」
更に気がかりなのは、クジラコが見当たらないことだった。周りを見渡してみたが、いつもおれの傍にいたあの大きなティンクの姿が全く見えない。おれの怒りは、一気に不安へと変わっていった。
「ああ、君のティンクかい? セカイノクジラに連絡されると面倒だし、睡眠薬で君が寝た時に、バーダックに処理させておいたよ。過電圧を加えて機能停止させたし、今頃は裏の廃棄所じゃないかな? セカイノクジラ純製は融通が利かないから、なかなか売りにくいしねえ」
「なッ!?」
クソジジイは言葉と共に、おれに戦慄が走った。クジラコが、壊された? 彼女が、こんな、クソジジイに?
「もちろん。君の共有もオフラインにしてあるよ。なあに、モノホンの人身売買って訳じゃないんだ。フックでちょいと小突かれて終わりさ。君にも分け前はあげるし、私の懐も潤う。Win-Winってやつだね。アフターサービスで、家までは送り帰してあげるから、心配しなくても……」
「ふっざけんじゃねーぞこのクソジジイッ!!!」
得意げに話しているクソジジイの様子を見て、限界を超えたおれは吠えた。自分の利益の為だけにおれを騙し、クジラコを壊したこいつだけは許さねえ。
「あら、怒っちゃった。どうしたのレイヤ君? どうせ逃げられないし、捕まったらお終いだったところをお小遣いまであげようっていうのに、何を怒ってるんだい?」
「ざっけんなッ! お前の所為でクジラコは」
「ティンクなんか終わったら帰っちゃうんだろ。何を言ってるんだい?」
正論だ。クソジジイの言っていることは、圧倒的に正しい。だがおれは、そんなもんで納得するつもりなんかさらさらなかった。
共有が切られている以上、セカイノクジラに通報することができない。コバンザメも見ていてくれた筈なのに、それすら掻い潜られたっていうのか? 一日近く経ってこの状況なら、伝わっていないと考えるしかない。
だからといって、諦める訳にはいかない。何かおれにできることはないか。そう考えて今までを思い返したおれに、一つの気づきが芽生える。
セカイノクジラと会話にあった、あの事を。クジラコに何かあった際に使うようにと渡された、緊急用の強制命令用外部入力式。
「|最上級強制起動命令《ティンカーベル・プロトコル66》、発令ッ!」
貰った外部入力式を起動させた。セカイノクジラの言葉が正しければ、これはオフラインでも使えた筈。おそらくは近距離無線通信にて、クジラコを指定している筈だ。
この外部入力式がどういう機能を動かすのかも分からないし、ここと裏の廃棄所までの距離で通信できているのかも不明だ。何とかなってくれていることを祈るしかない。
そんなおれの祈りは、低い衝突音によって解消された。
「な、なんだッ!?」
「地震? それとも火事ッ!?」
「お、落ち着いてくださいッ! 係員の指示に従って」
会場内にも動揺が走っている。その間にも、衝突音は振動と共に断続的に響き渡ってきている。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ。まるで建物自体に巨大な鉄球がぶつかっているかのような音と震え。
「フォトワーニ様、こちらにッ!」
「れ、レイヤ君。一体何を?」
「見てれば分かるさ」
黒服に囲まれながらも、慌てふためいているクソジジイ。直後、おれから見て左側の壁が盛大に崩れ落ちた。逃げ惑う観客。ギョッとしたクソジジイ達。笑ったおれ。
粉塵の向こうに見えたのは。拳を振り抜いた形で止まっている、二メートルはあろうかという巨大な女の子のシルエット。
「みーつーけーたー」
「クジラコッ!」
白いメッシュが入った、腰までの長さがある青灰色の髪の毛。白い肌を持ち、半分しか開いていない黒い瞳。裸足のまま、少し汚れた白いワンピースを着ている彼女。おれがあげた麦わら帽子の上には、バナナの皮が引っ付いていた。
「なァッ!? ば、馬鹿な、回路はショートさせた筈……ッ!?」
「思考回路がごちゃごちゃしてる。身体がたまに勝手に動く。でも、これで良い。レイヤはわたしが助ける」
クソジジイの言葉には耳を貸さず、クジラコはそのまま駆け出した。帽子の上にあったバナナの皮が吹っ飛ぶ。
そのままおれの方に向かって、一直線に突っ込んできた。




