表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/62

09 聖女レアの告白

 仕事を終えた僕は軽く息を吐く。


「よし、終わり」


 掃除道具を片付ける僕に、聖女ちゃんは目を輝かせて言った。


「珍しい魔導……」

「え、そうかな?」

「あんなの、見た事ない」

「あれ? えと、今まで来てた人……えと、モルガンは?」

「会ったことない……」

「あれ、ああそか、モルガンの道順(ルート)は南区と……あ、貴族街か……ここは朝早くか、夕方になるな」


 そうだモルガンと僕は担当が違う。彼がこの地区へ来るのは朝か最終になるだろう。


「というかさ、ゴミ屋は故郷の村にいなかったの? 『神の祝福』持ちは?」

「私の村には居なかった」

「ふむ……まあ、『神の祝福』もちはギルドでも希少だったかな……僕含めて6……あ、いや5人しかいない。珍しいかもね」


 言いながら、ついモルガンを思い出してしまった僕は、少し目を伏せ空になったゴミ缶を眺めて言った。


「……水が乾いてから使ってね。濡れたままは汚れになりやすいよ」

「ええ」

「じゃあ、聖女ちゃんまたね!」


 手を上げ、荷物をまとめた僕は魔獣厩舎へ向かう。


「あ、セイさん待って」

「なに?」


 聖女ちゃんの呼び止めに、僕は振り返る。彼女は先ほどとは打って変わった雰囲気がある。


 彼女は真摯な瞳で僕を見つめていた。

 この目、知っている。

 僕は孤児院育ちと髪色で結構痛い目に遭い、疑り深い方だ。だけど、親身になってくれる人も大勢いる。

 そういう人たちが共通でもっている視線が思い浮かぶ。そんな人たちが本気で伝えたいときに見せてくれる時の瞳だ。


 彼女の伝えたいことが、とても大切なのだと感じる。だから、僕も聞くために姿勢を正した。

 僕は、彼女に対して特別な何かを感じている。だから余計に本気を見せなくてはならない。


「何かあった?」

「私、あなたに言わなきゃならないことがある」

「うん?」


 彼女は言い出しにくそうにしている。それなら僕は待つしかない。しばらく、言葉を考えていた聖女は、意を決して口を開く。


「私、『聖女』の力の中で、特別強いものがある……」

「うん」

「それが、『さとり』」

「さとり?」


 何だろう?

 あまり聞かない力だけど……言いにくいものかな?


()れた相手の考えていることや記憶、そういったものが解ってしまうの」

「へ?」


 僕は目を見張った。

 そうか! 『悟る』ってことか!?

 えと……てことは、考えが読める?

 あれ、まずくないかな?

 僕、結構失礼なこと考えたぞ!?

 それに、あれだ!


 考えが読めるってことは、つまり、僕が聖女ちゃんに対して思ったことに加えて、第一印象の複雑な感情が伝わってしまうんじゃないか!?


 どうしよう、嫌われる?

 いや、でも、慣れてるのか?

 いやいや、えっと……。

 わざわざ言うってことは……。

 あれ?

 でも、僕に妹がいるってのは読んでなかったか!?

 あの違和感はそういうことか!?

 んー? どう言うことだろう?

 どこまでわかるの?


「やっぱり、気持ち悪い?」

「え!? そんなことは無い……てか、読んだらわかるんじゃない?」

「……いま、どう思ってるかはわかならない」

「え?」

「私、()れなきゃ見えない」

「ああ、そうなの?」

「それに、普段はマナで封じてて……表面しか見えないの」

「ああ、なら……」

「でもセイさんは別。とても深く見えてしまった……」

「あー……」

「それを謝りたい」

「……どこまで、読んだの」


 問われ、彼女は少し言いにくそうにしつつも、視線をそらさず言った。


「……セイさんの、誓い」


 僕は目を見開く。


「……それ」


 聖女は僕にだけ伝わるように言った。


「孤児院の皆を育て、エリナさん、呪詛、解呪。あと……探してる、仇」

「!?」


 目を見張る。

 一瞬、黒い意志が脳裏に現れる。

 口を封……ダメだ!

 僕は、誓った筈だ。敵以外を害してはならない。

 それに! 彼女、聖女レアは初対面だけど……特別な感情を持った相手だ。

 大切にしたい相手なのだ!

 

 葛藤(かっとう)と混乱で、僕は立ちすくむ。

 僕は……彼女に命運を握られたのか?

 まて!? それならなぜ僕に伝える?

 どんな顔で彼女を見るべきだろう?


 口を開きかけた僕に対して、彼女は被せるように言った。


「誰にも言わない。もともと、言えない。今口にできたのは、誰も聞いてないから」

「……?」


 冷や汗が流れてきた。

 『神の祝福』は、大きな利益とそれに比した制約がある。

 僕の『回収』や『排出』にもある。僕の場合はたいしたものではない。だが、それでも縛りが覆ることがない。

 聖女ちゃんの制約は、おそらく……。


「他人に言えないの?」


 彼女は頷く。そして補足した。


「あと、嘘がつけない」


 僕は聖女を見つめていた。

 向こうからも同じだ。

 その瞳は、受け入れるか、そうでないかを見ているのかな?


 ……暫く、その吸い込まれるような黒い瞳を見つめ……僕はどうにもならないことをぐるぐると考えた。

 そして、息を吐く。


「そう……か」 

「私、あんなに見えたの初めて。だから、身内みたいに思ってしまった」


 ああ。急に残念さを出してきたのは……素で接したってことか?


「あー……変なこと考えてて、ごめんなさい」

「変?」


 怪訝けげんな表情である。何か齟齬そごがあるのかな?


「え……? あれ? えっとさ、どこまで解っちゃったの?」

「……?」


 いつ()れたっけ?

 ゴミ缶を引き受けた時?

 それかゴミからかばった時か?

 危ないとかだったと思うのだが……うーむ?

 気になることをそのままにはしたくない。僕は、恐る恐る聞いてみた。


「さっきだよね? 何が、読めたの? そしてどう感じたの? 僕に、教えてほしい」

「……」


 聖女ちゃんは言いにくそうにしながら考え、そして、小さく言った。


「一番は、私への印象……」

「……うぐぅ」


 一番アレな所か……。

 なんというか、自分に向けられたら、ちょっと引く感じの好意。

 その……特に女性が知れば気色悪がられるような、その、剥き身の……。

 えと、どうしよ?


 てか、僕は何を考えてたっけ?


 うわー! はっずかしい!!

 初対面でそれって、今の僕、ゴミ同然に見られてない!?

 回収の手を作って僕を回収しようか?


 出てこれなくなるかな?

 それでもいいか?

 いやだめだ、僕はまだやることがある。

 ど、どうしよう……?


 僕は、表面には出さないようになんとか頑張った。だけど、心の中で至極(しごく)、混乱している。

 ヘンな汗がいく筋も流れ出てきた。


「セイさん?」

「はい! へんな事考えて申し訳ございませんでした!」


 僕の謝罪に、聖女ちゃんは目を丸くする。


「私が悪い。見てしまったの、ごめんなさい」

「あー、いや、その……」


 どうしよう?

 何を言おうか迷っていると、聖女は僕に真摯な眼差しを向けた。

 それは、とても威厳(いげん)あるものに見えるし、また慈愛(じあい)の表情にも見える。

 なんだろう、これ、どんな感情? 僕では読めないや……。


「セイさん、もう一度言う」

「は、はい」

「私、『さとり』の力のせいで、偽りを口に出すことができない」

「……?」

「そして、『さとり』で見たことを他の人へ伝えることもできない」

「……えと?」


 聖女は僕を見つめ返す。


「深く見えてしまった人には、私のことも同じだけ伝えると決めている」

「……?」

「聞かれたことは、できるだけ答える」

「……え? え?」

「だからまず、『聖女』と教えた」

「……」

「知りたいこと、教えて」

「聖女って……言っちゃダメなんだっけ?」

「私、まだ『聖女見込み』程度。神殿が発表するまで言えない」

「僕に言っていいの?」

「それは神殿の決め事。私が守るかどうかは別」


 いいのかそれ?


「広まれば、怒られる」


 ……機密ってことか?

 まあ、僕も言うつもりはない。


「……じゃあ聞くけどさ」


 僕はようやく腹を決めた。


「僕にあんなこと思われて、気持ち悪く無い?」


 聖女ちゃんは黒い瞳、少し上げた。怒っているようにも見える。

 

「……私は、あなたと出会ったとき、同じ印象を持った」


 え?

 聖女ちゃんは少し頬を染めて、言った。

 そのー。僕が貴女に抱いた印象って、結構、複雑でどろどろしたものだよ?

 その、欲しいとか、そういう……あまり良いものじゃなくて、その……。


「出会えた! と思った。直感で……他にも、いっぱい」

「……」

「私、あなた以上に、どろどろ、してる」

「えと……」

「だから、お互い様!」

「!?」

「私は、嬉しかった」


 表情の変わらない聖女ちゃんだが、頬が赤くなっている。

 僕も、それは同じだろう。


「あの……」


 僕が何か言う前に、彼女は言葉を続けた。


「人の心を深く見るのって、喜びなの」

「え?」

「私、色々みたい。……セイさんは特別深く見えた!」

「……」

「あんな、素敵なことはない」

「あー……」

「どろどろの想いも、キラキラの想いも、すべて宝物!」


 ……そうか。

 僕は内心で残念なような、ほっとしたような、よくわかんない感情が生まれた。


「でも、私の『さとり』を知られたら、みんな、逃げていく」

「そう、なんだ」


 僕は、その力の当事者でないから、その苦悩はわからない。

 けど、想像することはできる。

 人の心は複雑だ。

 自分の考えを知られたくないと思う人もいるだろう。

 例えば、知られたら許せないヒトだっているはずだ。


「だから、ごめんなさい」

「え?」

「私は、貴方をもっと知りたい。でも、イヤでしょ?」

「……僕、ゴミ屋だよ?」

「職業が関係あるの?」


 その言葉は心に刺さる。

 この子は、僕の深い部分を読めたと言っていた。

 少し安堵(あんど)すると共に、少し残念とも思う。


「関係、無いかな?」


 僕はゴミ屋をしていて、言われたことや思ったことを思い浮かべる。

 ゴミ屋という、人があまりやりたくない仕事をすると……自らを虐げる人間が多くなる。自分の評価を自分で下げてしまうこともあった。


 また、対人に関して軽く見られることも多い。

 困った時は頼ってくるくせに「ゴミ早くもってけ!」とかの声もあったし、内心イライラしつつ、回収するなんてこともある。

 そういう部分は……知られたいような、知られたくないような、複雑な想いがある。


「私は、気にならない」

「そか……」

「でもセイさん……私、気持ち悪いでしょ?」

「僕、そんなこと思ってた?」

「……今、思っているかも」


 聖女ちゃんは頭を下げ、少し悲しそうにしている。

 僕は仕事用の皮手袋と中に着けていた樹脂製の手袋、二つとも外し、手の甲を差し出す。


「……?」

「嫌な記憶もあるけどさ、読んでみない?」


 僕は何故か、彼女に知ってもらいたいと思った。

 聖女ちゃんは驚きの表情をしている。


「良いの?」

「あまり綺麗な手じゃないけど……」


 僕の自嘲をきにせず、聖女ちゃんはおずおずとその手に触れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ