09 聖女レアの告白
仕事を終えた僕は軽く息を吐く。
「よし、終わり」
掃除道具を片付ける僕に、聖女ちゃんは目を輝かせて言った。
「珍しい魔導……」
「え、そうかな?」
「あんなの、見た事ない」
「あれ? えと、今まで来てた人……えと、モルガンは?」
「会ったことない……」
「あれ、ああそか、モルガンの道順は南区と……あ、貴族街か……ここは朝早くか、夕方になるな」
そうだモルガンと僕は担当が違う。彼がこの地区へ来るのは朝か最終になるだろう。
「というかさ、ゴミ屋は故郷の村にいなかったの? 『神の祝福』持ちは?」
「私の村には居なかった」
「ふむ……まあ、『神の祝福』もちはギルドでも希少だったかな……僕含めて6……あ、いや5人しかいない。珍しいかもね」
言いながら、ついモルガンを思い出してしまった僕は、少し目を伏せ空になったゴミ缶を眺めて言った。
「……水が乾いてから使ってね。濡れたままは汚れになりやすいよ」
「ええ」
「じゃあ、聖女ちゃんまたね!」
手を上げ、荷物をまとめた僕は魔獣厩舎へ向かう。
「あ、セイさん待って」
「なに?」
聖女ちゃんの呼び止めに、僕は振り返る。彼女は先ほどとは打って変わった雰囲気がある。
彼女は真摯な瞳で僕を見つめていた。
この目、知っている。
僕は孤児院育ちと髪色で結構痛い目に遭い、疑り深い方だ。だけど、親身になってくれる人も大勢いる。
そういう人たちが共通でもっている視線が思い浮かぶ。そんな人たちが本気で伝えたいときに見せてくれる時の瞳だ。
彼女の伝えたいことが、とても大切なのだと感じる。だから、僕も聞くために姿勢を正した。
僕は、彼女に対して特別な何かを感じている。だから余計に本気を見せなくてはならない。
「何かあった?」
「私、あなたに言わなきゃならないことがある」
「うん?」
彼女は言い出しにくそうにしている。それなら僕は待つしかない。しばらく、言葉を考えていた聖女は、意を決して口を開く。
「私、『聖女』の力の中で、特別強いものがある……」
「うん」
「それが、『さとり』」
「さとり?」
何だろう?
あまり聞かない力だけど……言いにくいものかな?
「触れた相手の考えていることや記憶、そういったものが解ってしまうの」
「へ?」
僕は目を見張った。
そうか! 『悟る』ってことか!?
えと……てことは、考えが読める?
あれ、まずくないかな?
僕、結構失礼なこと考えたぞ!?
それに、あれだ!
考えが読めるってことは、つまり、僕が聖女ちゃんに対して思ったことに加えて、第一印象の複雑な感情が伝わってしまうんじゃないか!?
どうしよう、嫌われる?
いや、でも、慣れてるのか?
いやいや、えっと……。
わざわざ言うってことは……。
あれ?
でも、僕に妹がいるってのは読んでなかったか!?
あの違和感はそういうことか!?
んー? どう言うことだろう?
どこまでわかるの?
「やっぱり、気持ち悪い?」
「え!? そんなことは無い……てか、読んだらわかるんじゃない?」
「……いま、どう思ってるかはわかならない」
「え?」
「私、触れなきゃ見えない」
「ああ、そうなの?」
「それに、普段はマナで封じてて……表面しか見えないの」
「ああ、なら……」
「でもセイさんは別。とても深く見えてしまった……」
「あー……」
「それを謝りたい」
「……どこまで、読んだの」
問われ、彼女は少し言いにくそうにしつつも、視線をそらさず言った。
「……セイさんの、誓い」
僕は目を見開く。
「……それ」
聖女は僕にだけ伝わるように言った。
「孤児院の皆を育て、エリナさん、呪詛、解呪。あと……探してる、仇」
「!?」
目を見張る。
一瞬、黒い意志が脳裏に現れる。
口を封……ダメだ!
僕は、誓った筈だ。敵以外を害してはならない。
それに! 彼女、聖女レアは初対面だけど……特別な感情を持った相手だ。
大切にしたい相手なのだ!
葛藤と混乱で、僕は立ちすくむ。
僕は……彼女に命運を握られたのか?
まて!? それならなぜ僕に伝える?
どんな顔で彼女を見るべきだろう?
口を開きかけた僕に対して、彼女は被せるように言った。
「誰にも言わない。もともと、言えない。今口にできたのは、誰も聞いてないから」
「……?」
冷や汗が流れてきた。
『神の祝福』は、大きな利益とそれに比した制約がある。
僕の『回収』や『排出』にもある。僕の場合はたいしたものではない。だが、それでも縛りが覆ることがない。
聖女ちゃんの制約は、おそらく……。
「他人に言えないの?」
彼女は頷く。そして補足した。
「あと、嘘がつけない」
僕は聖女を見つめていた。
向こうからも同じだ。
その瞳は、受け入れるか、そうでないかを見ているのかな?
……暫く、その吸い込まれるような黒い瞳を見つめ……僕はどうにもならないことをぐるぐると考えた。
そして、息を吐く。
「そう……か」
「私、あんなに見えたの初めて。だから、身内みたいに思ってしまった」
ああ。急に残念さを出してきたのは……素で接したってことか?
「あー……変なこと考えてて、ごめんなさい」
「変?」
怪訝な表情である。何か齟齬があるのかな?
「え……? あれ? えっとさ、どこまで解っちゃったの?」
「……?」
いつ触れたっけ?
ゴミ缶を引き受けた時?
それかゴミから庇った時か?
危ないとかだったと思うのだが……うーむ?
気になることをそのままにはしたくない。僕は、恐る恐る聞いてみた。
「さっきだよね? 何が、読めたの? そしてどう感じたの? 僕に、教えてほしい」
「……」
聖女ちゃんは言いにくそうにしながら考え、そして、小さく言った。
「一番は、私への印象……」
「……うぐぅ」
一番アレな所か……。
なんというか、自分に向けられたら、ちょっと引く感じの好意。
その……特に女性が知れば気色悪がられるような、その、剥き身の……。
えと、どうしよ?
てか、僕は何を考えてたっけ?
うわー! はっずかしい!!
初対面でそれって、今の僕、ゴミ同然に見られてない!?
回収の手を作って僕を回収しようか?
出てこれなくなるかな?
それでもいいか?
いやだめだ、僕はまだやることがある。
ど、どうしよう……?
僕は、表面には出さないようになんとか頑張った。だけど、心の中で至極、混乱している。
ヘンな汗がいく筋も流れ出てきた。
「セイさん?」
「はい! へんな事考えて申し訳ございませんでした!」
僕の謝罪に、聖女ちゃんは目を丸くする。
「私が悪い。見てしまったの、ごめんなさい」
「あー、いや、その……」
どうしよう?
何を言おうか迷っていると、聖女は僕に真摯な眼差しを向けた。
それは、とても威厳あるものに見えるし、また慈愛の表情にも見える。
なんだろう、これ、どんな感情? 僕では読めないや……。
「セイさん、もう一度言う」
「は、はい」
「私、『さとり』の力のせいで、偽りを口に出すことができない」
「……?」
「そして、『さとり』で見たことを他の人へ伝えることもできない」
「……えと?」
聖女は僕を見つめ返す。
「深く見えてしまった人には、私のことも同じだけ伝えると決めている」
「……?」
「聞かれたことは、できるだけ答える」
「……え? え?」
「だからまず、『聖女』と教えた」
「……」
「知りたいこと、教えて」
「聖女って……言っちゃダメなんだっけ?」
「私、まだ『聖女見込み』程度。神殿が発表するまで言えない」
「僕に言っていいの?」
「それは神殿の決め事。私が守るかどうかは別」
いいのかそれ?
「広まれば、怒られる」
……機密ってことか?
まあ、僕も言うつもりはない。
「……じゃあ聞くけどさ」
僕はようやく腹を決めた。
「僕にあんなこと思われて、気持ち悪く無い?」
聖女ちゃんは黒い瞳、少し上げた。怒っているようにも見える。
「……私は、あなたと出会ったとき、同じ印象を持った」
え?
聖女ちゃんは少し頬を染めて、言った。
そのー。僕が貴女に抱いた印象って、結構、複雑でどろどろしたものだよ?
その、欲しいとか、そういう……あまり良いものじゃなくて、その……。
「出会えた! と思った。直感で……他にも、いっぱい」
「……」
「私、あなた以上に、どろどろ、してる」
「えと……」
「だから、お互い様!」
「!?」
「私は、嬉しかった」
表情の変わらない聖女ちゃんだが、頬が赤くなっている。
僕も、それは同じだろう。
「あの……」
僕が何か言う前に、彼女は言葉を続けた。
「人の心を深く見るのって、喜びなの」
「え?」
「私、色々みたい。……セイさんは特別深く見えた!」
「……」
「あんな、素敵なことはない」
「あー……」
「どろどろの想いも、キラキラの想いも、すべて宝物!」
……そうか。
僕は内心で残念なような、ほっとしたような、よくわかんない感情が生まれた。
「でも、私の『さとり』を知られたら、みんな、逃げていく」
「そう、なんだ」
僕は、その力の当事者でないから、その苦悩はわからない。
けど、想像することはできる。
人の心は複雑だ。
自分の考えを知られたくないと思う人もいるだろう。
例えば、知られたら許せないヒトだっているはずだ。
「だから、ごめんなさい」
「え?」
「私は、貴方をもっと知りたい。でも、イヤでしょ?」
「……僕、ゴミ屋だよ?」
「職業が関係あるの?」
その言葉は心に刺さる。
この子は、僕の深い部分を読めたと言っていた。
少し安堵すると共に、少し残念とも思う。
「関係、無いかな?」
僕はゴミ屋をしていて、言われたことや思ったことを思い浮かべる。
ゴミ屋という、人があまりやりたくない仕事をすると……自らを虐げる人間が多くなる。自分の評価を自分で下げてしまうこともあった。
また、対人に関して軽く見られることも多い。
困った時は頼ってくるくせに「ゴミ早くもってけ!」とかの声もあったし、内心イライラしつつ、回収するなんてこともある。
そういう部分は……知られたいような、知られたくないような、複雑な想いがある。
「私は、気にならない」
「そか……」
「でもセイさん……私、気持ち悪いでしょ?」
「僕、そんなこと思ってた?」
「……今、思っているかも」
聖女ちゃんは頭を下げ、少し悲しそうにしている。
僕は仕事用の皮手袋と中に着けていた樹脂製の手袋、二つとも外し、手の甲を差し出す。
「……?」
「嫌な記憶もあるけどさ、読んでみない?」
僕は何故か、彼女に知ってもらいたいと思った。
聖女ちゃんは驚きの表情をしている。
「良いの?」
「あまり綺麗な手じゃないけど……」
僕の自嘲をきにせず、聖女ちゃんはおずおずとその手に触れた。