08 聖女レアの浄化とセイのお仕事
「あの、聖女ちゃん?」
僕の言葉で聖女ちゃんは眉を上げる。あ、ごめんなさい。もう自然な感じでちゃん付けを言葉にしてた。
「ちゃんと、見てて」
さっきまで頭に野菜のヘタをのっけて、肩に魚のうろこが乗っかっていた聖女ちゃんは乏しい表情ながら微笑をうかべると、目を閉じて自然体となり集中を始める。
すると彼女の下腹の辺りにマナの光が宿り、それが腰を巡り、体幹を通り、頭頂を経てからか組んだ手へと送られていく。
「ふふ」
聖女さまはあの慌てっぷりが何だったのかと言えるほどに威厳がある。
彼女は言った。
「私、『浄化』は得意なの」
言いながら聖女ちゃんは両手を組んで祈りを捧げる姿勢をとる。すると、彼女の下腹にマナの光りが見え、それが徐々に渦巻き、登って行く。
「汚れよ、邪よ、悪意よ、穢れよ、その本質たちよ。神の慈悲を受け紅い月の涙を受けよ」
詠唱が心地よく響いた。
「汝に捧ぐは我が祈り。汝の力は理の狭間。力を、輝きを! 邪を退けるその掌を与えたまえ」
聖女さまのマナが両手に集まり、光となって周囲へ降り注ぐ!
「『浄化』」
言葉と同時に手を開いた。そして手のひらに集めた光を解き放つ!
その光は聖女ちゃんを中心に輝きの幕が広がり、彼女とついでに僕を沢山の光の粒が包んだ。
「おおっ!?」
光の粒はそれぞれが汚れた部分にまとわり付き、光が包むたびに汚れが落ちていく。
「おおー!?」
すごい!?
たった今ついた汚れと、臭いまでが! すべて、綺麗に落ちていく。
ゴミが光りで包まれ、綺麗になった!?
まあ、地面に落ちて微妙に光ったままのゴミは、片さなきゃだけどね……。
「どう?」
聖女ちゃんは胸を張る。
小さくピースサインを作ってて、なんかあざとい。
そうやって調子に乗るから、僕の中で彼女は聖女ちゃんのままだ。
「キレイになった?」
『浄化』って、てっきり悪いマナを払うものだと思っていた。だけど、汚れを落とす便利なものとはなぁ……。
「私とセイさんはいま、とても綺麗な体」
言葉と同時に、胸の前で両手を組み祈りを捧げる姿勢を取る。
なんか……神聖っぽい雰囲気を取り繕おうとしているように見えた。
聖女ちゃんは、表情には出ないが自慢げである。
なんだろ? この子、内面は……。
彼女の体にはいまだに光が残っているし、神々しさもある。それに、とても可愛いと思うよ?
でも、彼女はやっぱり聖女ちゃんだ。雰囲気的に。
思いはするが口には出さない。かわりに、素直な感想を述べることにした。
「力は、凄い……」
「『力は?』……感動してない?」
「うん。驚いてるよ。凄い、びっくりした。キレイになるんだね」
僕は自分の服をみる。
随分前に染み付いた汚れまで落ちていることに驚いた。
あと、本当に驚いたのは、臭い、そう、僕に纏わり付く、据えた匂いが消えている。これに驚愕と憧憬のないまぜになった感動が、言葉になった。
「あ、本当に凄いや……」
僕の呟きに、聖女ちゃんは目を輝かせる。
「もっと褒めても良い」
ちょっとだけ唇を尖らせる聖女ちゃん……。うん、やっぱし、ちょっと、残念だな……。
「僕はそんな性格じゃないのさ」
「せっかく特技のお披露目なのに」
頬だけをふくらしてもだめだよ?
てか、聖女ちゃん、あなたは本当に聖女なの?
洗濯屋になったほうが会ってないかな?
あー、でも神殿への寄付って一回で洗濯屋の月収くらい払うんだっけ?
じゃあ今の方が良いのか……。
「あのさ、聖女ちゃんって、そんな残念で務まるの?」
「……はっきり言い過ぎ」
「あ、いや、そんなつもりでは無かったんだ。聖女ちゃんがカワイイから、本音が出たんだよ」
「やめ」
聖女ちゃんは少し慌てて俯く。
「でも聖女ちゃん、残念なのがなぁ」
「セイさんいじわる」
おかしいな?
僕はもっと気をつかえるはずなのに……。
何でだろう?
てかさ、聖女ちゃんの距離感? 雰囲気が変わった気がする……。
彼女は上目遣いで僕をみて、なんか訴えかける感じを醸し出しているのだ。ただ、それがおふざけだと解る。
なんか、孤児院の妹がじゃれてくるような時に似ていて、ついつい似たような対応になってしまうのだ。
表情は変わらないのになぁ……。
「聖女ちゃん、なに? その目は何を訴えてるの?」
「お仕事しなくていいの?」
むくれたように、聖女ちゃんは言う。
「もしかして、傷ついた? えと、本当のこと言ってごめん。聖女ちゃん……僕は、えっと……」
「大丈夫。悪いと思ってないなら、謝らないで」
「あー、うん、その、えっと、聖女ちゃんはその……」
「良いから。お仕事する」
「あ、はい」
怒らせたかな?
まあ、怒るよな……。
僕は、バツの悪さを感じつつ仕事にあたる。
てか、聖女ちゃんは何故か僕を見ている。
怒ってるんじゃないのかね?
自分の仕事とかは良いの?
そんな事を思いつつ、僕は下腹のマナ中枢を意識し、マナを動かし、いつも呼び出す手を想像し、魔導を発現する。
「『回収の手』よ!」
回収の両手を呼び、僕はゴミ缶をひょいと持ちあげ、両手へと中身をぶち撒ける。
少しくらい乱暴にしても、手はしっかり受け止めてくれるから、溢れない。
「それ、魔導……? 王樹の葉は?」
聖女ちゃんはまだ僕を見ていた。
何やら目の輝きが違う?
というか、そんなことを聞かれても、僕に答えることは出来ない。
「この魔導は感覚でね……僕も説明できないけど、『神の祝福』だから特別ぼいよ?」
『神の祝福』は僕たちが考えてもわからない法則がある。
限定的なものでも力は便利で強力な反面、魔導師たちのような汎用性のあるマナの扱いができるわけではない。
僕が感覚的に使っている『回収』は異質らしくて結構驚かれる。
興味深いと、魔導のコツ的なものを聞かれたこともあるのだが、僕は感覚だとお茶を濁すだけだ。実際、この『手』は夢の影響である。
そして、あの夢はヒトに言ってはならない気がしているのだ。
「マナの導きがなめらかだった。研究……した?」
「え?」
確かに、僕は自分の能力に関して研究している。
これはただの性格的問題で、自分の出来ることと、出来ないことを知っておきたかったからだ。
僕はこの魔導で出来ることを探っている。
たとえば、『回収』の魔導は通常は1組しか出せない。しかし、僕は頑張ればこの回収の手を2組だせる。
この手を2組以上出し、人使って頑張れば仕事早く終わるんじゃね? と、思ったからだ。
しかし2つの理由から断念せざるを得なかった。
理由の1つ目は、2組の回収の手を出した場合、消耗がとても激しくてマナが持たない。
普段、僕は300件程度の回収先を問題なく回れる程度のマナ容量である。だが、手を2つ出す場合、10件を回れるかどうかの消耗が起きてしまう。
しかもこのムリは身体に痛みが出る。休みを入れないとダメなくらいの痛みが……だ。
つまり、効率がとても悪くなるってのが1つ目の理由。
そして、もう1つの理由は決定的だ。
この手でゴミを回収できるのは、僕だけである。
他の人が何かを入れようとしても、即弾かれてしまう。それは孤児院の弟と妹に試してもらって確認した。
自分で回収しなければならないなら、2つの『回収の手』は邪魔にしかならない。
つまり、『回収の手』による仕事は、僕自身がこの1組の手だけでやるべきだ! ……という結論になった。
……普通すぎる結論だな。
だけど、自分の出来る事と出来ない事を明らかにして行く作業は楽しい。
自分の武器が増え、目標へ近づけると思えるのだ。
「ねえ、研究した?」
重ねての問いに、僕は回収の手は止めずに答える。
「研究……まあ、出来ることの確認はしたよ」
「私が、この手に触れたらどうなる?」
「弾かれる。触れるくらいなら、ちょっと衝撃があるくらい?」
「へぇ?」
これは偶然発見した。
昔、孤児院の妹であるメアリが、僕の出した『回収の手』に興味を持ち、飛びつこうとした。
が、その瞬間弾かれ、吹っ飛んでしまう。僕もびっくりして、吹っ飛ぶ彼女を空中飛び掴んで抱き寄せ、事無きを得た。
メアリはとても驚いていたから……以後、彼女の前では『回収の手』を使うのは控えている。
……って、ちょっと聖女ちゃん? 何で目を輝かせてるの?
「弾かれるとき痛いよ?」
「触ってみたい」
「え?」
止める間もなく、聖女ちゃんは駆け寄っておもむろに触れた!?
ちょ、聖女ちゃん!? 好奇心旺盛!?
当然だがパチンと弾かれる感じがしたらしく、手を引っ込めた。
「わ!?」
「ちょ! 痛いでしょ!?」
実はこれ、僕のマナ中枢にも響く。違和感を覚えつつ聖女ちゃんをたしなめる。
「びっくりした。それほど痛く無いけど……」
「あれ、そうなの? 触った妹は涙目だったけどな……」
僕の言葉に、聖女ちゃんは首を傾げた。
「妹さんはどっち? みんな仲良い?」
ん……?
少し引っかかる。みんな?
違和感、それを押し込め、僕は答える。
「え、ああ、うん。まあ僕は孤児院に住んでるからね、みんな良い子さ」
聖女ちゃんは優しい眼差しになる。
「孤児院の子、仲良さそう」
「え? え!? うん……まあ、ね」
少し首を傾げつつも答え、僕は仕事を続けた。
「むぅ……」
一人で頷く聖女ちゃんは、僕の観察を続けている。
箒とちり取りは持ってきて、ちらばった光るゴミをあつめ、ちょっと戸惑いつつ回収する。あ、マナ纏ってるのか?
回収すると、彼女のマナを感じる。なんか胸が苦しくなるような、あったかくなるような、不思議な感じがあった。
マナを含んだゴミの回収は経験があるけど……もっと嫌な感じだったのだがな……。浄化の場合……こんな感覚になるのか……。
そんな姿を、聖女ちゃんはじーっと見ている。僕は照れくさそうに言う。
「というか、またゴミひっかぶるかもよ?」
「それは嫌」
聖女ちゃんは少し離れた。
でも相変わらず、僕の仕事を見ているのは、何でだ?
僕は少しやり難さを感じつつ、作業を続ける。
「聖女ちゃんはお仕事とか無いんです?」
「朝はゴミ出しが最後。あとは休憩。サボるの得意」
だから役立たずって言われるんじゃない?
思ったけど言わない。
「……さぼり聖女」
「……ふふ、良いでしょ」
「褒めてないよ」
そして僕は仕事に集中した。ここのゴミは量が多い。
ゴミ缶は大量にある。中も詰まっているので結構重い。
もっとも僕は簡単に持ち上げることができる。慣れもあるが昔から力には自信があった。
特に『神の祝福』で『魔導廃棄物回収師』を知ってから、さらに力が伸びた様に思う。
未だに手探りで自分の技能を調べているが、仕事に必要だと思えばその力が伸びていく気がするな。
「セイさん力持ち」
「聖女ちゃんもこれ投げたじゃん」
「あれ、ズルしてたから」
「へぇ? それって……」
「セイさん、秘密」
「えと? うん」
茶々が飛んでも手は止まらない。
ゴミ缶を、『回収の手』の上でひっくり返し回収する。
ゴミ缶ごと入れて、缶だけ弾かれれば楽なのに、あ、それだと中身ごと弾かれ、飛び散り、大惨事となるか?
ある程度中身を回収して、空の缶が並んだ。今日は初日だし、井戸から水を汲んで缶を濯ぎたい。
「聖女ちゃん、井戸ある?」
「濯いでくれるの?」
「僕、綺麗好きなんだ」
「すぐそこよ」
「ありがとう」
指さす方向に、井戸はあった。僕が駆けだそうとすると聖女ちゃんが付いてきてくれた。
「手伝う」
「良いよ。これは僕の仕事だもん」
「むぅ……」
「まあ、みててよ」
僕は水を汲み、ゴミ缶を軽く濯ぐ。手伝いたかったのか、聖女ちゃんは少し不満顔だ。
ちなみにこの清めは自分のためでもある。これをやって時間を測っておく。余裕がありそうなら出来る限り綺麗にしたい。
また、濯いででおかないとゴミ缶が凄い臭気を放つことになる。それは僕の評価にもつながってくるのだ。本来はゴミ缶の管理って、そこに任せているんだけどね……。
小さく息を吐き、僕は手を戻す。
「よし、これでお終いです。聖女ちゃん……」
「ご苦労様!」
聖女ちゃんは、とても爽やか無表情でお礼を言ってくれた。なんか、本気で言ってるのはわかるようになったな。