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07 聖女がゴミ缶ぶん投げた

「聖女さま、ですか?」


 ゴミ缶を抱えたまま聞き返した僕に、聖女さまは気にしないで小さく頷く。


「まだ言っちゃだめなの。でも……」


 彼女は何故か言い淀んでいる。表情は大きく変わらない。だけど僕を見る瞳が揺れているように見える。なんだろ? 動揺?


 しかし、聖女……か。


 『神の祝福』で現れるなかで強力な素質がいくつかあり、『聖女』・『聖人』はその1つである。


 神職に属する者の素質はいくつかあるが、一般的なものが『神官』『巫女』であり、こういった『神の祝福』を持つ者は神殿でも高い地位を占める。

 また素質と研鑽をつみ、神殿に長い年月を務めた人には役職が付く。僕が知っているのは司祭や司教といったものだ。

 

 『神官』『巫女』は神の意志を感じ取れるようになり、神の代弁者としての力を振るう。

 特に浄化・治癒・保護結界・身体強化などは『聖祈』の得意分野である。それは魔導とは違ってお祈りが力を上昇させるらしい。


 『聖女』・『聖人』となれば大規模な儀式の担い手となる。

 そのためか、所作の一つ一つで、第一印象からも人を魅了する存在だと僕は聞いたことがあった。

 多くの人の心を、ある時には震わせ、ある時には安定させる力を持つらしい。人々の想いを集め、複数の人々へ恩恵を与える力が『聖女』にはあるのだ。


 特に歴史に残る『聖女』は人々の想いを力に変えて、奇跡と見まごう大規模な『聖なる儀式』を施すこともできた。

 身近な例で言えば、王都の中央広場に温泉を湧き立たせ、平民でも無料に近い金額で利用できる。


 だけど……『聖女』・『聖人』が現われるのはかなり稀で、300年に一人あらわれるかどうかと聞いたけどな?

 先代の『聖女』は100年くらい前に現れてるのだ……。


「そうか……」


 そこで僕は気が付いた。いま、彼女を見てドキドキしているのは、彼女の持つ能力のせいではないか?


 ……物語に出てくる『聖女』は、その言葉が民衆へと浸透し、熱狂を巻き起こしていた。

 そうだな。少し冷静になろうと思う。

 この胸の高鳴りや、彼女の言葉による高揚感は、彼女の『神の祝福』があるからだ。

 少し残念な気持ちと、同じくらい安堵した気持ちとなる。


 そう、落ち着かなきゃ……僕は誰かを求めてはいけない。

 僕には、やるべきことがある。

 その目途が付くまで、人との深い付き合いは、避けるべきだ……。


「セイさん」

「はい、あ、これ置きますね」


 僕はようやくゴミ缶を置いた。


「私……」


 聖女さまはあまり表情を変えず、思案顔をしている。何となくかわいらしい姿を眺め、胸の高まりを意識しないようにする。


「えっと」


 目を閉じ、なぜか眉をしかめ、唇を尖らせた顔をしたあと、彼女は目をひらくと少し慌てた感じで言った。


「セイさんの髪と瞳……始めてみた」

「……はい?」


 やはり聖女さまも黒髪と黒い瞳がめずらしいのだろうか?


 僕もこの髪色は自分以外で始めてみる。やはり慣れないとは思うんだけど、でも、彼女の髪は綺麗だなと思った。

 ふと気がつく。聖女さまは少し緊張しているように見える。

 僕が見つめていたからかな?


 そか、あまりよくないな……。

 じろじろ見られるのって、気分の良い物じゃない……。

 僕は胸の高まりと、なぜか吊られて現れてきたマナの揺らぎを押さえつけ、視線を外す。


「その……僕も、黒髪と黒目は初めて見ました……。あの、えと、イヤな視線を向けてしまい、すみませんでした」


 僕はごまかす。見とれているのは髪や目ではないんだがね。


「……黒髪は、めずらしいと言われます。聖女さまも、ですか?」


 髪に関しては仲のいい連中には変だとからかわれるし、仲の悪いヒトには気持ち悪いと言われる。もしかしたら彼女も同じかもしれない。

 ただ、『綺麗ね……』と褒めてくれる人はいた。一瞬、その姿が浮かぶ。


『セイの髪は綺麗ね……』


 僕はその言葉に救われてきた。だから、自分の髪も瞳も、気に入っているのだ。


「そうね。でも……」


 聖女さまは近づいて僕の髪をのぞき込み、言った。


「セイさんの髪は、綺麗ね」


 僕は顔を起こし目を見開いた。

 なんか急に距離感が近いな。聖女さまは自分の髪をいじっている。


「どうすればそんなに艶がでるの?」

「……えと、え!?」


 聖女さまの黒髪も黒い瞳も、僕なんかよりもずっとずっと綺麗である。それが心から出てしまった。


「いや、聖女さまの髪は、僕なんかの髪よりもずっと美しいと思いますよ」

「え?」


 聖女さまは表情を変えずに、首を傾げた。


「えと、え!?」


 ちかいよ? 僕をのぞき込んできた。 

 先ほどのなにやら近寄りがたい気配が消えている。

 急に彼女は手をわたわたさせる。

 何かかわいい。手持無沙汰なのかな?


「……髪褒められたの、初めて」


 そして、聖女さまは何故かまだ入っているゴミ缶を軽々ともちあげ、恥ずかしそうに顔を隠した。


 っ!?

 ええ!?

 てか、それゴミいっぱい入ってません?

 結構重いはず……!?

 

「くさっ」


 あ、やっぱり。

 次の瞬間、聖女さまはゴミ缶を一気に遠ざける。

 しかし、運悪く、いっぱい入っていた生ごみの上にあった野菜のヘタが飛んで、彼女の頭に乗った。


「わ!? ちょ、ああ!?」

「わ、ちょっと、暴れないで、飛び散りますから!」


 そして、聖女さまはなんか大慌てで、ゴミ缶を空へと投げた!?

 うぇっ!? 投げたの!?

 怪力っ!?


 僕が思った瞬間、空中でゴミ缶がひっくり返る!?


「あっぶな!」

「うぇっ!?」


 僕はとっさの反応で彼女を抱き寄せ、その場を離れようと飛ぶ。ゴミ缶からは回避できた。しかし……ゴミの落下には間に合わない。

 ひっくり返ったゴミ缶は、生ゴミという臭い・汚れ・憂うつさの三拍子そろった嫌なゴミだった! それが空中から降ってくる!?


「きゃっ!?」

「うわ!?」


 そして……。

 さすがにすべては回避できなかった僕と聖女さまは、ゴミ塗れになってしまう。 

 ゴミ缶は少し離れたところに落ちて転がった。

 うわ、汚いなぁ……慣れててもイラッとくるぞ。


「ごめんなさい……」


 言葉に抑揚は少ないが、大仰な姿勢で謝る聖女さまに、僕は不機嫌を抑えて答えた。


「ぼ、僕は……慣れてるから大丈夫、だよ。ああ!? てか、聖女さまはすぐ洗った方が良いかも?」

「……問題、ない。私のせい」

「いや、あの、聖女さま、ゴミに塗れてますよ!?」


 聖女さまは立ち上がって裾を払い、ムリした感じに胸をはる。


 すまし顔で格好つけているが、果物のヘタが頭に乗ってるし、肩に野菜の皮と魚のうろこがくっついている。

 なにより彼女の服の胸から左半分に何とも言えない臭う染みがついてしまった。


 僕は頭に何か臭う感じのドロッとしたものがへばりつき、服にもいくらか汁気の多い汚れがあって、臭気が漂う。

 えーっと、鳥肉の骨かな?

 直近のお食事事情がまとわりついてる……。どうしよう? 井戸借りて洗濯するか? 身体も洗いたいけどなぁ……。

 あー。ゴミを集めなきゃ、掃除道具は……一応もってきているが、あー……手間が……。


 でもこの聖女さま、力あるよなぁ……。

 実際、ゴミを被るようなミスは僕もたまにある。イライラしたときに、空だと思ったゴミ缶を投げて、中身がちょっと残っててひっかぶったとかね……。


 一番酷かったのは、皮袋に入った謎ゴミをそのまま回収しようとしたときだ。

 僕の『回収』は藍色の手で潰すから、皮袋が急に破裂して中身が飛び散り、物凄い状態になったことがある。以後、皮袋などが出ている時は、ナイフで穴をあけてから回収するようになった。

 だけどさ……ゴミ缶を上に放り投げ、一本丸ごとひっかぶるってのは初めての経験だ。

 缶だけで3()(≒3kg)くらいあるのに……。

 これは、僕も聖女さまも、一日憂うつになるコースだ。


「ごめんなさい」

 

 いやいや、僕より聖女さまの方が大変だよ。


「ゴミ被っただけですよ? 僕も仕事柄たまにはあります。それよりも聖女さまが汚れてしまって……」

「私、大丈夫」

「んなわけないでしょう……」


 僕は持ってきた鞄の中にいてれあった、汚れ落とし用の乾布を取り出し、聖女さまについた取れやすい汚れを軽く叩いて落とす。


「ありがとう。セイさん大丈夫?」

「いやぁ、まあ、一度戻って着替えるかなぁ……」


 何となく、態度がくだけた気がする。

 僕は聖女さまと普通に話ができることに気がついた。

 ふと、聖女さまは、表情には出てないけどすごく絶望感を出して呟く。


「……私、今日、替えの下着まで全部洗ってる」


 知らないよ?

 誰かに借りたら?

 言いそうになって飲み込む。


「どうしよう?」


 知らないって!


「えと、誰かに借りれば良いのでは?」

「私に貸してくれる人、いない!」

「えぇ……」


 あなた、仮にも聖女でしょう?

 なんか、その、なんだろう?

 じゃあ友達じゃなくても、上の人とかいるんじゃない?

 組織のことわかんないけど。


「えっと、その……上の人とか……」

「私、王都に出てきても田舎者のまま。都会の人怖い。友達居ない」

「えと、じゃ、これを機にお友達を作れば?」

「今から?」


 聖女さまが意気込んで尋ねた。

 ちょ、近いよ?

 あの、もうなんていうか聖女ちゃんって呼ぶよ?

 もう少しその、威厳(いげん)とか……そういうのは……。


「えと、その」

「服と下着を貸してくれとか、頼めるようなひとを、今から作れと?」

「まあ、服だけなら……」

「駄目」

「駄目なの?」

「私、聖女ってことで変な女に見られてる」

「う、うん」

「だから、線も引かれてる」

「ふむー……」


 しかし、この聖女ちゃんはなんで僕なんかにこんなこというんだ?

 初対面の男に、しかもゴミ屋の僕に見せて大丈夫なの!?

 てかさ、『聖女』だったら『浄化』みたいな力、持ってないの?

 ゴミに効くかはわかんないけど……。

 そんなことを考えながら、僕は彼女の頭にのった野菜のヘタを落とす。


「なるほど!」


 聖女ちゃんは小さく手を打った。


「『浄化』は大丈夫。私使える」


 表情はちょっとしか変わってないが、聖女ちゃんは胸を張った。

 なんか、ちょっと自慢げなのは可愛いけど、貴女はいま、ゴミ塗れなんですよ? 大丈夫?


「『浄化』は悪いものを綺麗なものにするっぽい力」


 何だろう? 全体的にフワッとしてるな……。


「……えと、ゴミに効くの?」

「私、ゴミまみれでも『聖女』。だから使っても良い」


 良いの? 彼女は『聖祈』を使おうとしているようだが、それって大丈夫なのかな?

 基礎魔導の『灯火』や『水成』などは異なり、『浄化』や『癒し』は教会に寄付することで受けることができるものだ。

 それに教会が使う『聖祈』は『王樹の葉』ではなく『王樹の花弁』が必要である。


 あれ? 『神の祝福』持ちなら、使えるのか?

 僕もゴミ回収に限定したものであれば、『王樹の葉』ナシでも良いから……。

 『聖女』であれば……もしかしたら不要ってことか?


「……良いんですか?」

「残念聖女の異名、広まるとまずい」


 そう呼ばれているの?


「僕言いふらさないよ?」


 しかし、彼女は小さく首を振った。


「汚名は知れ渡るもの」


 あの、聖女ちゃんさぁ……?

 ゴミに塗れてんのに、なんで表情変えずにふんぞり返ってるんですか?

 可愛いっちゃ可愛いんだけどさ、てか、僕の先程のどきどき、すでになくなっちゃってるんだよ?

 ……あれは白昼夢か。


「私の『浄化』はすごいの」


 先ほどまで表情を変えず、態度だけオロオロしていた聖女ちゃんは、なんか口角が上がったように見えた。笑ったのかな?


「力をこんなことに使ったのがばれたら、ちょびっと怒られる……。でも、仕方ない」

「……大丈夫なんですか?」

「バレなきゃ良い」


 聖女ちゃん、それ、バレたらまずいってことだよ?


「そうね。私は残念とか思われてる。でも、力はある」


 残念なの? どういう意味だろ?

 役立たずなのか……それとも力はあるのに性格がアレなのか?

 いや、そういう問題じゃなくてさ、えと、その……何て言うかこの聖女、実はダメな子なの?

 んー、まあ、初対面の僕にそんなこと言っちゃってる時点で、ダメな子か。


「セイさん、見てて?」


 再び聖女ちゃんの口角が上がった。本人的にはにやーっと笑ったっぽい。


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