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31 試練迷宮清掃09 求めていた技能 後編

 セルバンテス先生が亡くなったのは、僕が神の祝福を受ける少し前の出来事だった。


 葬儀への参列が許されたのは、最も長くセルバンテス先生の教えを受けた僕と、保護者のエリナだけだった。メアリとレジスが許されなかったのは、身分が違うからだろう。たしか先生は子爵位に準じた身分だった。


「ほんと……急、なんで、なの? うう、ううううー」


 エリナは馬車乗り場で、もう泣いている。

 大人しい喪服姿なのに、とても目を引いていた。御者の方も通行中の方々も、彼女の涙をみて何か言葉をかけたそうにしている。しかし、地面を睨んでいた僕がいた。近づけない雰囲気を作っていたかもしれない。

 

「馬車に轢かれるなんて、うっ、ううぅ……」


 先生の死因は事故死である。かなり大きな事故に巻き込まれたらしい。誰かを庇ったとも聞いた。


「先生……」


 呟きが漏れる。先生の訃報と死因を聞いて、僕は茫然となった。頭の中がぐるぐると回るような感覚。考えがまとまらない。


 ―― 先生は殉死できなかった……


 なぜか強く心に響いて聞こえた。さまざまな感情が絡み合って湧き出て、頭から離れない。考えることが、できないんだ。


「セイ」


 そんな僕を、エリナは抱きしめて言う。


「も、もう二度と、会えないの。だ、だからね、ちゃ、ちゃんとお別れ、しなきゃ、よ」

「……うん」



 そして、僕たちは葬儀の場に着いた。

 エリナに促され、僕たちが遺体と対面した瞬間、彼女はボロボロと涙を流す。情が深い女性だから、縁の合った方々の不幸を、死を、心から悲しむんだ。


「亡、うぅ、亡くなった……ぐずっ、身体、は、大切にしなきゃダメ。ううぅ、弔って、さよなら。彼は、ううううぅ、(わたし)たちの、中に残るの……」


 僕の頭に涙が落ちる。多くの視線が泣き濡れるエリナと、下に居る僕へ集まった。ただ、当時の僕はそれに気付かず、遺体を見て更なる衝撃を受け、固まっている。


 ―― セルバンテス先生は、もう何も教えてくれないんだ……


 ハッキリと理解させられ、強い感情と共に、辛かった指導の記憶ばかり浮かぶ。

 手を打たれるなどは早い段階で無くなり、代わりに柔らかく、しかし、逃れられぬような理論的な言葉の叱責。

 僕は出来ないことが悔しくて、何とか食いついて行った。だけど、メアリやレジスはどうだったろう? 指導に対する会話は禁じられていた。


『陰口は必ず耳に入ります。そのような魔導もあります。普段から慎みなさい』


 威圧する先生はモノクルを光らせ、こちらを睨む。映像が思い浮かぶ。あの光を僕たちは恐れつつ、気高さも感じていた。先生が亡くなった後も、そういった会話を避けるくらいに……。


「先、生……」


 唇を噛む。

 思い浮かべた昔の姿ですら、僕を褒めない。ふと、エリナの言葉が聞こえた。


「ううぅ、でも、綺麗な顔……うっ、うっ、魔導、使ってくれたのね」


 大泣きしている彼女の前で、僕は泣かない。

 哀しみと喪失感は深い。だけど、先生は従者が悲しみを見せるべきでないと叩き込んだ。そもそも僕は、昔から泣いた記憶がない。


「この子が?」


 誰かの声が聞こえる。その響きはあまり良い感情とは思えなかった。

 振り向くこともできず、僕はセルバンテス先生を見つめている。

 先生の教えにあった、感情を沈め儀式を執り行うべきといった言葉が、言葉だけ、頭で回っていた。


『高貴な方の声かけには、何らかの行動をすべきである。教えを実践しろ』


 冷静な部分が警鐘を鳴らす。だけど、身体は動いてくれない。


 ふと、泣いているエリナが、僕の肩に手を置いた。守ってくれていたのだと、今ならわかる。だけど当時の僕は気づかない。そして、より焦る。

 こんなこと、いままでなかった。


 掛ける言葉は何が正しい?

 先生は何と言っていた?

 混乱する頭で探る。


『……なさい』


 不意に、先生が皮肉げに口角を上げ、ダメな子に語りかける姿が思い浮かんだ。


『……覚えておきなさい』


 予測不能の事態になった時の言葉。それは必ず起こる、覚悟するようにと、口を酸っぱく言われていた。


 だけど、だけど!

 その先生が居なくなるなんて!

 急に思い出せなくなるなんて!

 本当に、動くことができなくなるなんて!

 僕は、僕は!!


 表には出さないようにするのが精一杯。

 どうにもならない僕に、エリナの言葉が聞こえた。


「……ね、セイ、先生はどんなこと、教えてくれたの?」


 ポロっとこぼしたエリナの言葉。

 どんな?

 僕はポツリとこぼした。


「たくさん、教えてもらった、よ。たとえば……」

「なになに?」

「出来ない時、出来なくなった時……」


 言葉にしただけで、急に考えがまとまってきた。

 何も言わないセルバンテス先生を見る。目を閉じた先生から、仕方ないといった響きの言葉が、僕の頭に現れる。


『貴方はいつか迷うでしょう。「出来ない」は急に現れます。その時こそ苦労して覚えたはじめてを思い出しなさい。良いですか……』


 僕は最後だけ言葉にした。


「できない時は、基本に戻れ」


 そうだ。僕は先生に多くの事を教わってきた。だけどその教えが競合し、訳がわからなくなる者が多いとも、教わっている。


 僕は背筋を伸ばす。


 ―― 姿勢は意識が現れます。

    貴方は見られ、常に観察されていると意識なさい。


 そうだ! 僕は今、高貴な方々から見られている。そして教え子が情けないと、先生が(おとし)められてしまう!

 それだけは、絶対に嫌だ!!


 顎を引いて口を結び、背筋を伸ばして視線を整える。

 この場で自分が何を求められているか認識。

 今まで動かなかった頭が働きだした。


 自分はどうするべきか?

 従者として儀式を完遂するのが、故人への供養。

 もちろん、僕たちが葬儀を執り行う場では無い。

 だから、最後の教え子としてみっともない姿はみせられない。毅然(きぜん)としなければならないんだ。


 僕は頭の中で組み立てて発言する。目の前の先生へ向け、同時に僕たちを観察している高貴なる方々に向けての言葉。


「私は先生から数多くの教えをいただきました。不詳の弟子ではありますが、多年に渡りご指導ご鞭撻のほど、深く感謝しております」


 言葉選びは、視線の付け方は、姿勢・態度は、セルバンテス先生から貰ったものをなぞってみせる。


「ご不幸に際し、哀悼の意を表します」


 僕の振る舞いの変化に、多くの方々が見方を変え、幾人かが鼻白む。


「涙の1つも流さないとは……」


 誰かが言った。


「申し訳ございません。従者は他者に哀しみを見せぬよう、厳しく、本当に厳しく教わりました」


 言葉が高貴な方々に対して、失礼にならぬよう気を遣う。


「その教えが染み付いて、戻せない不器量を、ご不快にさせてしまった事態を、慎んでお詫び申し上げます」


 唇を噛んで深く頭を下げた。沢山の反論が浮かんでいる。だけど飲み込む。

 ふと、皮肉げに口角を上げ、モノクルを光らせた先生が、見えた気がする。

 エリナが小さく零した。


「セイ、かっこいいよ」


 そんな僕たちのもとに、セルバンテス先生の奥様が挨拶にいらした。


 彼女は貴族の配偶者にしてはおとなしい喪服である。ただ、生地は上質だし、身につけた物は彼女を目立たなくもそれでなくてはならないあつらえで、彼女を輝かせていた。


「……貴方を残せたこと、主人は誇りに思っています。少なくとも私は、そのように伺っていますよ」


 彼女は目元だけ柔らかく僕を見据え、そう伝えてくれた。



―――――――――――――――――――――――――――――― 


「……」


 再度、頭の中に先生の教えが響く。

 僕は顔を上げた。

 いつもそうだ。セルバンテス先生の教えは問題解決の糸口になってくれる。

 

「できない時は、基本に戻れ」


 口の中で呟く。


「師匠も同じことを言ってた。『奥義に至る業、基礎道程にあると知れ』か……」


 小さく頷く。僕は目の前にある遺体を見つめた。

 先人たちの言葉をなぞり、基礎となる物事を一つ一つ思い返し、当てはめていく。

 それは僕の仕事、魔導、何故できないかについてだ。


 この仕事はどんなもの?

 ラドックが教えてくれた。不要な物、ここにあってはいけないものを適した場所へ移す作業。それが僕の仕事だ。


 魔導『回収』と『排出』とはどんな力?

 『回収』は僕の中にある魔導的格納領域へゴミを圧縮して格納し、『排出』で適した場所へ排出する。


 なぜできないか?

 目の前の遺体や亡骸に問題がある。

 亡骸は、僕にとってどのような存在であるか?

 この場に在ってはいけない。だけど……。


「あ!」


 ようやく気付いた。

 亡骸は、今この場に在ってはいけないが、同時に尊ぶべき存在である。

 尊ぶべきものを回収できない理由。それは、『回収』という魔導にあるのではないか?


「もしかして、無意識に弾かれてたのって……」


 僕の回収は不要物を自らの魔力(マナ)で創造した、廃棄物格納領域へ落とし込む。僕の場合一手間多く、回収物を混ぜ潰して圧縮し、より多くを回収できた。

 しかしその工程は、尊ぶべき存在を無造作に損壊する行為になってしまう。


「……そう、か!」


 元々僕は、遺体の損壊を禁忌と考えている。

 だから、出来ないんだ!


 魔女子さんの言葉が浮かぶ。

『出来ないは個人特性よ。それは出来るにつながるわ』


 ラドックの言葉が浮かぶ。

『回収物に合わせた回収方法が、良い仕事だ』


 遺体を尊ぶのが、僕の特性。多く回収するための一手間も、僕の特性だ。だから、出来ない。とかく、落とし込むべき領域が、遺体には適していない。

 ならば簡単である。それを変えてしまえば良い。

 現在、そんなものは無いが……。


「創れば良い」


 呟きは魔女子さんが良くやる発想の言語化をマネしているのかもしれない。発想を具体的にする助けになるようだ。


「どんな場所が良いかな?」


 潰さず、圧縮せず、不要だけど尊ぶべき存在を、そのまま納めておく場。

 そんな魔導領域を創る。やったことはない。だけど、できそうだ。


「んー、でも……」


 同時に否定と疑問も掠める。

 こんな簡単で良いのか?

 感覚では正答。だけど、どうして今まで気づかなかった?


「……あ」


 すぐに答えが出た。


「僕そういうの、飛ばしてた!」


 そうだ。『回収』・『排出』の魔導は、『神の祝福』を得た時、急に使えるようになった力だ。

 魔導の習得は本来、その魔導の理解、マナ運行の修練、呪文詠唱、精神を具体化するまでの工程を、脳内で鮮明に編む訓練が要る。

 それらをすっ飛ばし、使えるようになった力。それが、いままで使っていた『回収』と『排出』。


「だから、思いつかなかった!」


 この『神の祝福』を受けた魔導は、夢で見た力を参考にしていたと思う。


 巨大な青い魔物が、あらゆる廃棄物を胸に取り込み、すり潰して回収していた。

 そんな力が発現し、おかげで僕は大量のゴミを回収できている。だけど、そのせいで遺体を損なう忌避感が生まれ、回収できなかった。

 腑に落ちた結論。


「これも、個人特性……」


 ヒトが積むべき苦労をとばして貰った力だから、発展に苦労するのか。僕は苦笑してしまう。


「もう、やるしか無いな!」


 今までの思考はあくまで推察。何か欠けているようにも思う。だけど、出来る確信があった。

 考えを進めよう。遺体の回収先についてだ。


「遺体の回収先は、どんな場が適している?」


 僕はここに居る最後まで戦い、力尽きた彼らを、ここに在っては休めない彼らを、適した場所へ届けなくてはならない。

 彼らを損なうことなく、居てもらうのはどんな所?

 魔導と葬送という言葉から、映像が浮かび上がる。それは『魔女子の冒険』に出てきた絵。王樹にある埋葬の景色だった。


 それを成すために必要なもの。そして欠けているなにか、それは……。


「セイ」


 後ろにいたレアが、僕の肩をぽんぽんしてくる。


「私、弔う。簡易だけどね」


 言葉と同時にレアは遺体の側に膝をついた。とても無造作に。皆がギョッとする。

 遺体の近くは幾分ましであっても、汚れや粘液が散らばっているのだ! あまりにも自然であるが、危い。


「レア、そこはっ!」

「皆、目は閉じなくていいから、私の言葉に心を向けて」

「あ、ああ」


 威厳のある言葉だった。僕たちは何も言えなくなってしまう。

 レアは聖職者特有の祈りの動きを見せた。

 次の瞬間、彼女は神聖と表現するべきマナを纏う。


「あ……」


 彼女に注目すべきだと、勘が告げる。遺体の回収に必要で欠けている何かに、繋がりそうだ。

 そして僕はレアの一挙手一投足を、マナの動きを、言葉を、逃さぬように見つめる。


「この辺に敵はおらん。わちらは敵に気取られぬ。大丈夫じゃぞ」


 シューの言葉を受け、僕も、後ろの仲間たちも皆、胸に手を当てた。


「あなたたちへ掛けるべき言の葉」


 レアは目を瞑り、両手を胸で組んで祈りを捧げる。


「力尽き倒れたあなた。掛けるべき言霊。御霊よ、月たちの安らぎに包まれ、還り賜うこと、願い捧げる」


 彼女は胸の手を広げ、王樹の花を掲げた。

 マナの動きが見える。僕は魔導との明らかな違いに気付いた。浄化の時にも感じた違和感が明確になる。

 魔導は属性を決められた順に動かすことで、理と知を用いてマナを操り、現象を現す技術だ。

 だけど聖祈は違う。感情がマナを導くように、全てのマナが不規則だけど同時に動くよう仕向けていた。


 魔導は感情を抑え、理知によってマナを動かし発現する。

 聖祈は感情を昂ぶらせ、空間に在るマナに働きかけ発現する。

 これはレアと魔女子さんのマナの動きを比べた結果の気付き。2人の性格には反していると思う。


「終をもたらす紅と蒼、二つの(しるべ)(つか)わせよ」


 祭詞(さいし)と共に、高まる彼女のマナ。それに呼応し、場に在るマナがざわりと動き始めた。

 ふと彼女の周りには小さな光の珠がいくつも現れる。

 それはほんのり赤い三日月型で、周りにふわふわ漂う。見ていて落ち着く光を放つ珠たちは、遺体へ取り付く。すると、その珠の中に黒い点が現れ、濁っていった。

 濁った珠たちはレアを取り巻く。


「大丈夫。あなたのこと、私が覚ておく」


 レアは月型の光珠を、一つずつ愛でるように触れる。するとそれは彼女に取り込まれた。そのたびに、何かの痛みを受けたのか、肩を震わせ、眉をしかめる。

 おそらく、故人の苦痛と無念を見ているんだろう。もしかしたら体験しているかもしれない。レアは唇を噛みしめ、それに耐えた。冷汗が浮かび、息苦しそうになっている。

 僕は何か手助けがしたいと言う感情が浮かんだ。だけど、他者の割り込みを許さない、厳かな儀式に見える。


「……ん」


 全ての珠を取り込むと、彼女は息を吐き、言葉を紡ぐ。


「『浄月還送』」


 聖祈が発動した。清浄で輝くマナが、一瞬だけ辺りを満たす。

 その優しい光が遺体を照らした。周りに取り付いていた汚れも、周りに落ちた粘体生物の核(スライム・コア)も、照らされ清められ、蒼紅の光柱が2つ昇って消える。

 最後に掲げた王樹の花から、花びらが一枚ふわりと消える。

 ……何とも言えない光景。僕は見ているしかない。ただ、彼らが安らかであればと思った。


「……」


 レアは涙を1つ落とし、こちらを見る。表情の変わらぬ彼女は尊き存在に見えた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――

 僕は今、何とも言えない感動がある。心に刻み込まれたレアの祈りの一部始終を見て、確信した。

 欠けていると思っていた何か、それは祈りだ。

 マナの動かし方も工夫がいる。それに沿った呪文の組み立てを考えた。


 魔導の呪文は自分に教えるための言葉となる。

 浮かんだ映像が、具体的にどうなるかを言葉で現わし、より鮮明にするのが目的だ。どうなるかを頭で描き、言葉で明確にし、マナの動きを用いて発動に至る。

 使い慣れた規模の小さい魔導だと、省略もできるが、マナが安定しなくなるので推奨されない。

 例外として、頭の中に呪文が思い浮かぶこともあるらしい。それは『神々の囁き』と呼ばれ、強力な魔導になるようだ。


 祈りはどうするかな?

 レアの祈りは感情が要る。彼女のマナが中心となり、周囲のマナが同期していた。祭祀はわからないし、魔導の妨げになりうるから、省略せざるを得ない。


「セイ?」


 僕が考えていると、レアがすぐそばに来ていた。心配げにのぞき込む。その手が僕の肩に触れた。


「大丈夫?」

「レアこそ、大丈夫!?」

「私は平気。セイもできるわ。がんばって」

「あ! うん! 僕、彼を運ぶよ」


 今触れたことで、僕の考えは伝わったと思う。


「ふふ」


 彼女は小さく微笑み、持っていた王樹の花を渡してくれた。


「あげるわ。これ、いると思う」

「えっ?」

「セイ、故人に対しての強い思い、記憶、思い出して。それが貴方の祈りになる」

「っ!? ありがとう!!」

「どういたしまして」


 僕は遺体と壊れた粘体生物の核(スライム・コア)を集めた場へ立つ。右手に1枚の王樹の葉、左手に王樹の花を持ち、呪文を唱えた。


「力尽き、息絶えた方々の安らぎの場。偉大なる大樹に穿ち、刻まれた八ツ角の仮宿。魔の理と聖なる祈りで集う棺となれ」


 呪文は、僕の頭の中で描いた遺体の格納領域である。

 それは『魔女子の冒険』の挿絵を思い出し、脳内に描いたもの。あれは事実を基にした話の中で、樹王府の葬送風景だった。


 王樹の一部には八角形の穴が羅列する安置場がある。僕らの住む王都より広大で、とても高い場所まで存在する。

 その穴は、あらゆる亡骸が回収される。ヒトはもちろん、あらゆる生き物、魔物も同様に。王樹周辺で暮らす存在たちが亡くなった時、魂の喪失を知られた時、八角形の穴に納め王樹に包まれ還っていく。

 その亡骸を納めるのは、羽の生えた赤青の光を纏う黒い手。普段は見えない彼らが亡骸を運ぶ。

 『魔女子の冒険』では死神の手と呼び、尊敬と忌避の両感情が書かれていた。


 僕の中で死者が安らぐ場として、最も適した風景。

 脳裏に八角形の羅列が浮かんだ。単なるなぞらえ。だけど確信がある。あれ以外、嫌だ。


 マナの動かし方も工夫する。レアの真似。感情にマナを呼応させなきゃ……。強い感情が良いのか?

 それならと、セルバンテス先生を送った時に得た複雑な感情をなぞる。マナが呼応した。


「ぐっ……」


 やはり統制が取れない。マナの消耗が激しくて、汗が吹き出た。

 ふと、レアの先ほどの祈りと言葉が思い浮かぶ。

 彼女は倒れた相手への安らぎを与えるよう、祈っていた。僕はあれを見た時の感動も加える。すると、マナの動きが幾分か落ち着いてきた。

 マナを自由に放出させつつ、経路は(たが)えない。神経の削れる動かし方は続く。

 ただ、手ごたえがあった。

 暫し続くマナの動き、消耗、制御にかかる負担を乗り越え、僕は魔導を発現した。


「『忌域魔創』」


 疲労が僕を襲う。それに伴い、僕の中へ新たな格納領域が作られていく。僕の身体は一瞬、マナを放ち輝く。それに呼応し、持っていた王樹の葉が光り、消えた。

 王樹の花の花弁も1枚、色が薄らぐ。


「……っ」

 

 何かが変わっていく感覚。くらくらする。額に汗が浮かぶ。

 できた。内心で喜びが現れるが、押さえつける。これで終わりじゃない。この回収先に繋がる手を、呼ばなくては……。


 幸いこちらは心当たりがある。ほとんど話さず、仕事だけ見せてくれたモルガンが、マナ廃棄物に遭遇したときに見て学んでいる。

 僕は彼のマナ運行が見えた。だけど、試した時は発動していない。

 それは、専用の格納領域がなかったからと考えれば、腑に落ちる。


 僕は腰の小鞄から王樹の葉を一枚を取り出し、王樹の花と共に掲げ、マナを動かす。


「包み抱く双月の加護を受けた黒衣の掌よ、力尽きた亡骸を抱き、仮宿へ導け」


 王樹の葉だけが輝き色が薄れた。


「『忌納魔手』」


 魔導が発現。

 同時に遺体の近くに、大きな黒色の飾り羽を付けた手が、赤青の光を纏い現れた。僕は遺体と粘体生物の核(スライム・コア)を抱き上げ、その手に乗せる。

 黒色の手は彼らを抱き、僕が新たに作り出した収容場所へと納め、消える。


「……ふう」


 息を吐く。こっちの消耗はそこまでじゃない。それと王樹の花は無くてもよさそうだな。

 呼吸を整え、僕は皆に言った。


「遺体の回収、出来たよ」


 達成感でちょっと口元がにやけていたけど、すぐにそれを抑える。


「さあ、仕事だ!」


 僕は照れ隠しに言ってゴミの前に立つ。ようやく、僕らの仕事が始まるんだ。


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