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30 試練迷宮清掃08 求めていた技能 前編

 遺体を前にした僕は、ラドックの言葉を思い出す。

 あの時彼は何と言ったか?

 それは、僕が初めて相談した日の事だった。



「僕、亡骸(なきがら)の回収ができないんです」


 神妙に聞いた僕に対して、彼は少し嬉しそうに言う。


「ほう? それが悩みか」

「はい。ギルド長は『回収』出来ますよね?」

「当然だ。ダテでついた役職じゃねえさ」

「教えてください! 僕、今のままじゃダメなんです!!」


 彼は暫く頭を撫でつけて考え、言った。


「まず、俺たちに敬語はいらんぞ? 普段通り話せば良い。会議の時以外はな」

「え?」

「あのな、ここはゴミ溜めと仲良しの奴らばっかなのさ、スネに傷持つ奴が多い。お前さんの態度だと、めて掛かるんだよ」

「えと、その……」


 何を言っているかわからず、戸惑う僕にラドックは笑う。


「俺だけじゃない。年上だろうが普段通り話すんだ。良いか? お前さんは『神の祝福』を受けている。だが、舐められたら潰されるぞ」


 僕は目が丸くなった。そして考える。ラドックは「この職場は普通じゃない。だから意識を切り替えろ」と言っているように受け取った。ならば従うべきだろう。


「……は、うん。わかったよギルド長」

「セイよ、ラドックだ」


 率直に、変な職場だと思った。だけど彼の善意が見える。ラドックは信用できる大人だ。


「わ、わかった。ラドック」

「で、はじめの質問だが……今はダメだ。お前さんはモルガン付きだろ? あいつに聞け」

「答えてくれない。そもそもモルガンさ……モルガンは、普通の『回収』で出来るんだ」

「んー? そうかなのか……」


ラドックの眉間にシワが寄る。その表情は思う所がありそうだ。僕は尋ねる。


「ラドックは違うの?」

「俺は、工夫している」

「その工夫! 考え方だけでも良いんだ。教えて!」

「だから、先に覚えることあるだろ? 死骸なんかあまり出ん。あっても荷台に積めば良い。臭いが付くが、あとで掃除するだろ? 問題あるか?」


 臭いより亡骸が持つ澱んだマナが問題だろう。マナに敏感なキラとカラは気にしてぐずる。だけど、ここで言っても気にするなで終わってしまう。だから僕は答えた。


「言われたことは出来てるよ。亡骸の回収以外は」


 彼は鼻で笑う。


「モルガンは何と言ってる? そっちを考えろ」

「出来ない奴……としか言わない」


 この時期、僕は所属したばかり。道順(ルート)を覚え、仕事自体は問題なくこなせていたとは思う。だけどモルガンの評価は厳しかった。「満足な仕事が出来ない奴だ」と言われ続けている。

 何が悪いか聞いても睨みつけるだけ……。「出来ない」の言葉とその解決策が思いつかない自分に、ずっともやもやしている。おそらく、ラドックも報告を受けているんだ。だから、出来ない奴だと評価されていると思う。

 唇を噛む僕にラドックは眉を上げて言った。


「セイ、俺たちの仕事はゴミを集めて処理場へ持っていくことだ。モノによって回収方法も排出先も変える。それは知っているな」

「うん」

「ただし、ゴミによっては工夫がいる場合もある」

「……」

「死骸もそうだが、マナ廃棄物が特にヤバくてな……。回収に一手間掛けなきゃならん」

「マナ廃棄物……マナが混じったゴミだよね? ヤバいってどうなるの?」

「マナを大量に含んだゴミだぞ? 下手に混ざると何かが起こる。よくあるのはゴミの破裂だ」


 言いながらラドックは手で爆発する仕草を見せた。


「そもそも、マナを多く含んだモノは回収できんだろ?」

「え……そんなことはないよ?」

「なんだと?」

「僕、マナがそこそこ混じったゴミ、回収してる」

「回収、できちまうのか!」

「うん。後で辛くなるけどね」


 ラドックは少し考え、驚いた様子で聞いてくる。


「体は大丈夫なのか?」

「すぐに治るし問題ないよ」

「良いか、身体には気を付けろ。その……寝込んだら(ぜに)にならん」

「ありがとう。てか、冒険者の宿で出るゴミに混じってることが多いんだよ」

「それなら中身確かめ、別で持ち帰れよ」

「……わかった」


 了解と答えたが、そんなことしている時間は無い。モルガンの目が光っているのだ。早く回収できなきゃ怒られ、出来ない奴だとぼやかれる。それは嫌だ。


「まあ、話を戻すぞ。マナ廃棄物の回収法が生きるのは魔導学院での仕事だ。技術持ちは手当が付くからな、覚えたいって奴も出る。うちのギルドじゃ少ないがな……」

「僕、覚えたい!」


 目を輝かせて訴えた僕に、しかし、ラドックは首を横に振る。


「こいつには、規定がある。お前さんは満たしてないのさ」

「規定って、どんな?」

「5年の下積みだ。そんで上役、お前さんの場合モルガンだが、奴の許可があって、ようやく技能講習を受けれる」

「……」


 年数か……それにモルガンは許可をくれるだろうか? 唇を噛む僕にラドックはさらに続ける。


「当然だが講習料もいるぞ」

「う、高いの?」

「あたりまえだ。魔導に関する技能だからな。魔導学院で習い、礼金を出すんだよ」


 そう言いながらラドックが出した個人負担額は、かなり勇気のいる数字だった。習っても発動しない場合だってあり、そのせいで人気がないと付け加える。


「そう、か」

「まあ出来たら仕事が増えるし手当がつく。元は取れるようにになってるのさ」

「うーん……」

「そもそも、特殊技能はメシの種だぞ? タダで欲しけりゃ自分で考え、工夫するんだ。銭になるかの判定は俺がやるからな」

「わかった。工夫してみる! ……あれ? でもさ、それが亡骸の回収と関係あるの?」

「ある。コツが同じだ。マナ廃棄物の回収法をちょっと変えるだけで済むんだよ」

「そうか……」

「ま、死骸は別の意味でまずいことになるからな。回収しとけと上からいわれる」

「呪詛を防ぐの?」

「んー? よく知ってるな。だが、そいつは滅多にならん。病気の方が怖いだろ?」

「あ、ああ……そうなんだね」


 ラドックはニヤッと笑った。


「ま、聞いてきた駄賃にコツの1つは教えてやろう。要は心掛けだ」

「我慢して、なんでも平気になれってこと?」

「逆だ。ゴミ屋はゴミが商売道具だ。モノを見極め、適した回収と廃棄こそが、良い仕事となる。それを忘れるな」


 良い仕事? 僕は首をひねり、呟く。


「……ゴミは要らないモノでしょ? 見極めるって?」

「セイ、考え方を変えるんだよ」

「どういうふうに?」

「ゴミは基本、役に立たんが、別の場所では(ぜに)になる」

「……お金?」

「例えば鉄がわかりやすいか? あれは含まれてるモノを集めて、分けてるんだよ」

「それ、鍛冶ギルドに売るとか?」

「その通りだ」


 ラドックは説明してくれた。ゴミ屋ギルドでは一部のゴミ種は別で回収する。当時の僕はすぐに道順(ルート)仕事で、可燃ゴミ担当だった。不燃物は別で集め、使えるモノを解体職員が分別し、鉄などは鍛冶街に売りに行く。紙も魔導で同じことができるらしい。


「古鉄を混ぜると粘りが出るとかで、結構高いんだ。ま、こいつは一例だ。俺たちはな『ゴミに生かされ、ありがたい』そんなふうに思って仕事してるのさ」

「……魔導で鉄だけ回収できればいいのにね」


 そう、この魔導はよくわからない制約が多い。術者が不要だと思う物は沢山回収できるけど、必要な物は回収できない。


「それが出来れば苦労はせん。俺たちも要らなくなるぞ」

「ああ、そうだね。でも、ありがたいと思うかぁ……」

「小難しく言うなら、敬意か? ゴミに敬意を持つのさね」


 ラドックは自分の言葉でほくそ笑む。僕はそれを真面目に受け取った。


「ふむ、敬意か、敬意、敬意……」

「ま、俺らの仕事ってのは結局、いらないものに適した処理するために、適した場へ運ぶだけだ。考えすぎるなよ」

「……はい」



 僕はラドックの言葉を何度か繰り返し、解決の糸口を探る。

 この時にもっと詰めて考えていればとは思う。だけど仕事が激増し、後回しにしてしまった。だから今、悩んでいるんだ。


「適した処理をするための仕事……。回収物に対する敬意」


 漠然としている。遺体を魔導で処理するために敬意……? 具体的でないな。

 もどかしい。何か掴めそうだけど、足りないってのがわかる。

 別視点の情報も必要か……? 魔導的な……!

 そうだ。魔女子さんとの雑談は魔導のコツなども含まれていた、何かヒントがないだろうか?

 僕は更に記憶を引っ張り出す。



 ――――――――――――――――――――――――――――――

 最近の話だったと思う。雑談中に興が湧き、魔導がうまく出来ない話題になった。魔女子さんは目を輝かせて聞いている。


「で、先輩はできるけど、僕には回収できないモノがあるんだ。ずっと……」

「ふむ、同じ魔導なのに?」

「うん。どうすれば良いんだろう?」

「その回収できないモノって、何なの?」

「……嫌な気分になるかもだけどさ、動物の亡骸だよ」

「へえ!?」

「先輩は普通に回収できてるんだ……」

「セイができない……他の人には聞いたの?」

「うん。上の人に相談したんだけど、どうやら工夫がいるらしい」

「ふむ……」

「その工夫がわからないんだ」

「マナの動かし方は見えたんだよね?」

「うん」


 魔女子さんは小さく笑って言った。


「じゃあそれさ、魔導の個人特性かもしれないわね!」

「個人特性?」

「えっと、魔導学院が研究してる分野でね、魔導の発動はその人の性質と適正が関わってくるの!」

「……使う人によって何か違うって感じ? 威力?」

「そう! 下位魔導から現れるんだけど、威力は適性とか努力がいるんだけど、それ以外? 個人差で魔導を構成する部分が変わるの!」

「どんな風に?」


 問われ、魔女子さんは頬に手を当て考える。そのしぐさは本気で考えている風なのに滑稽に見え、かわいらしいと思ってしまう。


「例えば……セイが雨の日に使ってくれた『乾燥』、あれ下位魔導なんだけどさ」

「うん」

「セイは水のマナに働きかけてたよね?」

「ああ、そうだね。だけど人に見せてもらった魔導教本に載ってたからだよ? 水のマナに働きかけ、変化・移動。その場の水分を無くして乾燥させるって」

「そっかー。でも、あたしが習ったのは火のマナに働きかける方法よ!」

「へえ?」

「あたし、火のマナを操るのが好きだから使いやすいし、結果は同じ。でしょ?」

「そう、かな?」


 僕の使う『乾燥』は水のマナに働きかけ、その場から水分を取り除くように働きかけていた。火のマナを使う場合どうやるんだろうか? 少し気になる。


「ま、問題もあるのよ……。あたしのやり方だと、雨とかで火のマナが弱まる日は消耗が激しくなる。で、併用する場合、マナ不足で燃やせなくなっちゃうの」

「へぇ?」

「このマナの選択も含めた使い手の特徴が魔導の面白い所なの!」

「……つまり?」

「その人の性格や性質が、魔導に足かせと強さを付けるってこと!」

「なるほど」

「でね、中位魔導の習得にもすごく関わってくるの。面白いと思わない?」

「面白いかな……?」


 魔女子さんは楽しそうだ。彼女が興味を持っている分野なのだろう。


「中位魔導の場合はマナに対しての適性も重要だけどね! 得意・不得意で偏るの」

「マナの適性? かたよる?」

「んーとね、苦手だとマナを動かしにくくなる? あたしは全部得意だから、よくわかんないからなぁ」

「あれ、火が得意じゃないの?」

「火は大得意! その火を大きくするためには、必要なものがいっぱいあるもん。全部得意じゃないとダメなの!」

「そういうもんか」

「ね、セイは苦手なマナってある?」


 少し考える。セルバンテス先生に教わった時は必死だった。だから、マナを動かすことばかり考え、苦手がどうとか覚えていない。一応、全てのマナは動かせるし、動かしにくいと思ったことは無かった。


「意識したことないな……全部、同じくらい動かせるよ」

「へえ? じゃ、あたしと同じかもね!」


 これって普通じゃないんだろうか? 

 そういえば、メアリは神の祝福『魔導師』をもっているが金属のマナを扱うのは好きではないと言っている。

 思い返せば、他のゴミ屋ギルドの職員も、『回収』の魔導を発動させる時、僕より時間がかかる人が多い。『回収』は消耗こそ少ないが、すべてのマナを動かし、発動する魔導だ。だから人によって回収時間が変わるのか……。魔女子さんの言葉で新しい発見があり、僕はちょっと嬉しくなった。


「まあ、マナの適性が問題だとマナの動きは見えにくくなるし、発動しにくくなるんだけなのよ。出来ないってわけじゃないかな?」

「ふむぅ……」


 つまり亡骸の回収はマナの適性ではない。……少なくとも僕は、モルガンのマナの動きが見えていた。ただ、亡骸は回収の手に弾かれてしまう。だから魔導が違うのだと思ったんだ。


「たぶん、僕が亡骸を回収できないのは、マナの適性じゃないと思うよ」

「そか、じゃあやり方でなんとかなるわね!」

「どうすればいいんだろう?」

「んー、亡骸が嫌だとか、セイの中で心あたりとかない?」

「うーん……」

「たとえばさ、亡骸に触れるのムリとか?」

「ムリじゃないよ」


 僕はセルバンテス先生の指導もあったし、他にも解体作業の手伝いもしてきた。ヒトよりも慣れている。だけど、回収は出来ないんだ。


「僕さ、ちょっと前に魔物処理場で解体の手伝いをしてたことがあって、慣れているんだ。でも回収はダメ……。どうしてだろ?」

「んー……慣れと嫌は違うから?」

「え、なんで?」

「嫌だと思う感情って、ほとんどの人が持ってる。訓練で慣れても、本心は違うでしょ?」

「そう、だね」

「魔導はそっちが重要なの。てか、工夫してる人はなんていってた?」

「まだ教えることはできない。……本格的に習うなら、魔導の学院で習うんだって」

「ふむ……その辺り詳しくないけど、調べてみようかなぁ? こっそり教えても……」

「駄目だよ! お金が関わることだ。魔女子さん、怒られるじゃ済まなくなる」

「あう、そか」


 魔導技術はお金が掛かる。彼女はあまり気にしてないが、学院は厳しいと聞く。元々、魔女子さんのゴミ焼却仕事は、罰を受けたせいなのだ。僕のせいで立場が悪くなってはいけない。


「でも気持ちは嬉しいよ。ありがとう。時間がある時、もう少し試してみるよ」

「ん、じゃあセイ、がんばってね!」


 言いながら、魔女子さんは悪戯っぽい目で僕を見た。


「あのさ、セイ。あたし魔導の出来る出来ないを見つけた時、すっごく嬉しいの!」

「うん?」


 僕は出来ないと許されなかった記憶を思い出し、(いぶか)し気に聞く。


「出来なくても嬉しいの?」

「できないことってさ、その人の大切な部分が関わってるのよ!」

「大切な部分? えーっと?」

「魔導って、人の特別な力だもん。苦手があって当然だわ!」

「……そうだね」

「で、その苦手を自覚したら、やり方は工夫できるし克服できるの!」

「苦手の自覚で克服……」

「その方が強くなるまであるの! ね、セイも悩むくらい頑張ってるでしょ?」

「うん」

「それは無駄じゃないわ! できないはすごく出来るための鍵よ。セイなら出来るわ! ゼッタイ!」


 魔女子さんは笑った。僕もつられて笑う。


「ありがとう!」


 彼女の言葉を聞くと、簡単に出来そうになるな。



 ――――――――――――――――――――――――――――――

 そうか、個人的要素だ。出来ない理由は自分にある。

 僕は考えを多方面へ広げた。それは遺体や葬儀に対する考え。先師達の、関わりありそうな言葉を思い浮かべる。



 まず、師匠。戦場で生き抜くかなり苛烈な教えだ。

 戦場を長く経験し、負け戦にも多く巻き込まれ、死体の山を見てきたという血生臭い体験談の一つである。


「戦場だと死体を盾にすることもあるし、隠れ蓑にすることもある。基本的には物として扱う」

「僕、出来ると思えないです」

「その場に放り込みゃ、何とかなる。無理とか嫌とか、クソの役にも立たん。出来なきゃ死ぬ」

「……」

「王都に住んでりゃ実感無いだろうが、いざって時はあるかもしれん。そんときは、まあ、生きてる者が先だと思っておけ。行動は1つになるさ」

「はい」

「でもなぁ、切り抜けた後のことだよ。無事で済んだと理解した時、ようやく申し訳なさと感謝が湧き出てくるんだ……」

「そう、なんですか?」

「ああ。おそらくだが、それが無いと獣になるんだろうな。人の形をした獣は、人に狩られるんだよ」


 師匠は遠い目をしていた。なにか思い出しているように見える。


「……」

「セイ、死体を見て何も感じなくなると、自分の死も近くなる」

「……え?」

「だから俺たちは、倒した相手に感謝と供養をするんだと思う」

「……」

「戦場に行かん奴に言っても仕方ないが、まあ年長者の体験談てことで、頭の片隅にでも置いといてくれ」


 何とも言えない表情を見せた師匠に、僕は頷くしかできなかった。


 極限状態においては遺体も武具として用いる。

 冷静になった時、後悔と感謝が湧き上がり……行動に移す。

 師匠の言葉は淡々としている。だから真実の響きがあった。



 続いて僕はセルバンテス先生の教えを思い出す。

 解体などの授業に加え、とても印象的なものがあった。それは葬儀に関わる心構えだった。関係は薄いかもしれないが、僕の中にずっと残っている。


「人は生まれを喜び、死を悲しみます」

「はい」

「ですが、従者は表に出してはいけません。感情の発露は主に任せなさい」

「……はい」

「我々は手配し、儀式を執り行った後まで、感情を抑え込むのです」

「それが大切な方でも、ですか?」

「当然です。今から想像をすべきです。そして覚悟をしておきなさい」

「解り、ました」

「ただし、とても情が深く多大なるご恩を頂いた主人に仕え、亡くし、どうしても発露したいという場合は存在します」

「はい」

「その場合でも、まずは葬儀を完遂することが最後の使命と思いなさい」

「……」


 先生はそこで軽く息を吐き、さらっと言った。


「全て終えたのち、毒杯を(あお)ればよろしい」

「っ!?」


 僕はセルバンテス先生の瞳を見る。その瞳の光には覚悟がみえた。


「それが、我々……。いえ、従者が過分の恩を受け、召し立てられた栄誉のお返しです」

「……はい」

「それだけの主に仕えることができた従者は、幸せですね」


 先生は少し微笑んでいたように思う。

 僕はその教えを確認する。

 重要なのは儀式の遂行。行動こそが恩義に報いる。殉死は栄誉。



 僕は、今までの回想で、印象に残った言葉を並べてみる。

 回収対象への敬意、問題は個人特性。自分自身の中にあり。遺体の扱いと感謝。弔いという儀式、恩に報いる覚悟。


 ……ふと、レアが目に入った。

 同時に、彼女が馬車でこぼした言葉が思い浮かぶ。


「弔いは私の仕事」


 淡々とした言葉だけど、彼女の瞳は何か言いたげだった。

 弔いの場……。関係があるかもしれないな。

 そして僕は、強く印象に残っている、弔いの場を思い出す。


 それは逝ってしまった、セルバンテス先生の葬儀だった。


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