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28 試練迷宮清掃06 迷宮のゴミ捨て場

 試練迷宮は粘体生物スライムが巣食う迷宮である。そのためか、迷宮は彼らが好む環境だった。

 中に入るとかび臭さがより濃くなっている。冒険者たちはともかく、慣れてないシューやレア、魔女子さんは閉口しているようにみえた。

 僕は背嚢から傷手当て用の布を取り出し、みんなに渡す。


「ここ空気悪いだろ? 口と鼻を塞ぐだけでも違うよ。使って」

「ありがとう」

「あら、ありがと!」


 レアと魔女子さんは受け取る。ミュリ姉さんは自分の仕事用のものを取り出した。

 ただ、冒険者たちと1番辛そうなシューは首を振って固辞する。


「いらないの?」

「ん-、勘が鈍りそうだからね」

「わちは迷宮を知るために、全ての感覚がいるのじゃ。気持ちだけいただくぞ」

「そっか」


 ならばと僕は布をしまう。


「じゃあ行くぞ!」


 アレンの号令。

 さあ、探索開始だ。


 僕たちはアレンとリュシエルを先頭に、僕と肩に乗ったシュー。それからミュリ姉さん、レアと魔女子さんが続き、イニスとニナが後方を警戒する体制で進んでいた。


 道と壁は土造りで固められている。暗くてよく見えないが、天井も同じだと思う。前に来た時、天井に敵がいないか、棒でつついてみたことがある。すると砂利が落ちて、目に入りそうになった。もう試さない。

 壁は所々に隙間やヒビ割れが結構見えるのだが、棒でつつくとかなり固かった覚えがある。これを掘るのはたいへんだろうな。また、この壁にはぽつぽつと松明を掛ける台が存在している。


 そういえば冒険者ギルドの攻略情報では『明灯』より松明を推奨していた。理由はマナ消耗を抑えることと、粘体生物スライムの熱から逃げる習性である。また、上からの急な襲撃を咄嗟(とっさ)に打ち落とす武器としても使えるからだ。

 ただ片手がふさがるのは困る。もしマナに余裕があるなら『明灯』を使ったほうが良いと思ってしまう。


 ふと、ミュリ姉さんがこぼす。


「じめじめとベトベト……きになるわぁ」

「ほんとね! あとカビの臭い、慣れないなぁ」


 魔女子さんも同意した。

2人が言う通り、迷宮の環境はまとわりつくベトベト感がある。気温は少し温く、空気は重い。不快感は募るだろう。

 その声を受け、後ろを見ずにリュシエルが答えた。


「他の迷宮はもっと大変よ。暑くて臭かったり、寒くてヤバかったりもあるわ」

「うげー……」


 魔女子さんが本当に嫌そうな表情を浮かべた。『明灯』が揺らぐ。シューのおかげで脅威はなく、アレンたちは警戒を崩してないが、自然体にも見える。

 ふと、アレンが僕……ではなく肩に乗ったシューに声を掛けた。


「なあ、シューは迷宮を照らす事とかできないのか?」

「できるぞ! だが今はムリじゃ」

「なんでだ?」

「わちのマナは迷宮核ダンジョンコアで使う。緊急時にもじゃ。あまり浪費したくない!」

「そうか、まあ疲れそうな魔導だもんな」

「うむ」

「でもさ、便利だと思うわ。てか、冒険者が仲間に誘うんじゃない?」

「そんなん断るぞ。ギルドの仕事があるし、冒険者にとって反則の力じゃ。軽々しく使わせん」

「あら、残念だわ。ふふっ」


 にこっと笑うリュシエルをシューはじとりと睨んで、地図の羊皮紙を指す。


「ちなみに、こいつの維持でもマナを喰われとる。難儀な力なのじゃ」


 迷宮の情報を集める魔導は発動にも大きなマナが動いている。消耗も続いているらしい。小さな体なのに、負担が気になるな。


「私、マナを分けてあげようか?」


 レアがぽつんと言った。僕はそんなことができるんだなと聞いていたが、魔女子さんが「え?」といった顔をする。


「レアは『聖魔施給』がつかえるの!? 司祭さまの力でしょ?」

「教わったら出来た」


 小さく胸を張るレア、ちょっと誇らしそうだ。


「へえ! じゃあ、あたしもマナ欲しい! ちょうだい!」

「そんなに使ってないでしょ?」


 レアは眉を上げる。


「どんなものか、受けてみたいじゃん」

「……ダメ」

「ちぇー」


 魔女子さんをじとりとにらむと、レアはシューにもう一度聞いた。


「シュー、マナいる?」

「駄目じゃ。わちの身体は特別での。そう言ったもんは受け付けぬ」

「へぇ?」

「というか、わちの身体には毒となるのじゃ」


 自嘲気味に言う。でも迷宮を管理するって、身体も普通ではなくなるのか? 僕と同じ感想を得たのだろう、アレンが呟く。


「そりゃ、大変だな」

「迷宮を造る代償じゃよ。割り切っとる」

「便利なだけに残念ねぇ」


 魔女子さんがしみじみ呟いた。


「探索の誘いを断る理由でもあるな。わちの役目はあくまで迷宮管理じゃ」

 

 そこでリュシエルが笑って言った。


「ま、地図と索敵、隠密だけでも大助かりだわ。あたし、大分暇できるもん」


 暇……? 彼女は警戒は解いてないと思うが、自然体にも見える。少しくらいなら雑談しても大丈夫だろう。僕はリュシエルに村で気になったことを聞いてみた。


「そういえば、リュシエルさ」

「んー、なに?」

「あのめちゃ高い果物、好きなの?」

赤宝梨(ルビー・ペア)? いやー。あんな上品な味、わかんないわ。ちょっと甘いなーってかんじ」

「じゃあ、なんで買ったのさ?」

「セイ、“店”の利用者なのに知らないの?」

「?」


 問い返され、考える。“店”は盗賊ギルドの符丁だよな? たしかに利用しているが、僕はあくまで客なのだ。眉を上げて答える。


「僕、ただの客だからね」

「冒険者証あるのに?」

「あっちは知らないよ」

「んなわけないじゃん」

「え?」


 その辺りも聞いてみたくなったが、この話題は多くの人がいる前でしたくない。僕は話題を戻した。


「あー、”店”に関しては後にしてさ。君はなんであの果実を買ったのさ?」


 するとリュシエルは、ニヤッと笑って聞き返す。


「ふふっ、気になる?」

「そりゃね、冒険前に高すぎるでしょ」

「確かにね」


 リュシエルは呟くと、挑発的な瞳で僕を見る。


「普通なら、金持ちか好奇心旺盛なマヌケぐらいしか買わないわ。けど、あたしは率先して買う」


 彼女は一度言葉を切り、悪戯っぽく続けた。


「ここまで言えば、解らない?」


 そうか僕はマヌケに近いな。少し憮然としながら答える。


「情報料ってこと?」

「んふふー、マヌケじゃないみたいだね」

「いや、それに近いよ。買うか悩んで、値段で諦めたもん」

「買っとけばよかったかもよ? 知らなくても色々教えてくれるわ。かじりながら歩いてみろってね」

「へぇ?」

「てか、あの果実の上前ってさ、“店”にいくの。寄付みたいなもんよ」


 ふむ、盗賊ギルドに寄付するってことか? なら、彼女にとっては無駄にはならないのか。僕は詳しく聞いてみることにした。


「じゃあさ、なんか気になる話、他にあった?」

「んー? 行方不明者の他には、迷宮挑戦者がちょっと多かったってくらい?」

「へえ?」

「それも、あたしらみたいな奴らってさ」

「リュシエルみたいな冒険者? 偵察者ってこと?」

「ちがうわよ。かけだしは卒業した奴らってこと」

「へえ?」

「それと、他国者(よそもの)って意味も含むかも? この迷宮、あんま旨味とか無いはずなのにね」

「旨味ないの?」

「そりゃね、ここって冒険者資格試験用の迷宮でしょ?」

「うん」

「聖魔石作る以外、用が無いわよ」

「迷宮攻略はギルド評価になるんじゃ無いの?」

「迷宮攻略は初回が高くて後は下がるの。試験用迷宮なら最低よ」


 確かにここは、冒険者の力量を見る場である。経験者が居付いたら試験にならないだろう。だけど、別の疑問が湧いてくる。


「じゃあそのヒト達、何しに来たんだろ?」

「んー、聖魔石欲しい奴が被ったんじゃない? 珍しいけど、たまには起こるわ」

「そっか」


 何か引っかかる。違和感、なんだろうか?


「えっと……」 


 疑問が形にならぬまま、口を開く。しかし、後ろからイニスが声を掛けてきた。


「あの、もうすぐ黒点の場所につきますよ。リュシエル、それぐらいにして。セイも、掃除を頼みますよ」

「あ、うんそうね」

「あ、ああ、そうだね。わかったよ」


 僕たちは話を打ち切り了解を返す。


「あ、そうだ。この青点さ、黒点とほぼ重なってる所、掃除の後に探せる?」

「現場の状況次第だよ」

「ちぇー」

「ニナ、本職の掃除見るの、楽しみ」

「あはは、ミュリ姉さんの掃除はすごいよ!」

「えっ!? あう? ま、まあ頑張るわ」


 急に振られたミュリ姉さんはちょっと戸惑い気味に頷いた。



――――――――――――――――――――――――――――――

 黒点の場所は入り口から暫く歩いた場所にあった。


「うわぁ、結構すごいね」


 汚れというか、ゴミがかなりの量捨ててある。おそらくここは、皆が不要物を捨てて行くのに適当な場所だったのだと思う。だれかが捨て、それに倣う人がどんどん捨てて、自然にできたゴミ捨て場。それくらいの量、ゴミがあった。


 時間をかければ粘体生物スライムが溶かし、処分したのかもしれないが、積み重なった不用品の数々はちょっと目を見張るほどである。

 ゴミ種はやはり冒険に関わるものだ。武具の切れ端、薬草の使えない所、汚れた布や、食べ終わった食料ゴミなども散乱している。

 また、そこら中に粘体生物スライムの粘液がちらばっていた。粘液は口と鼻を塞いでも、鼻を突くような異臭を放っている。


 ゴミを食べる粘体生物スライムを、やっつけてしまったのか?

 飛び散った粘液は通常水色とか緑色のはずだが、ここらの残骸は黄色く変色している。粘液も腐るんだ。


「ゴミの量、結構あるね……『回収の手』」


 呟きつつも、僕はマナを動かし回収の手を現わす。同時に頭の中で掃除の段取りを組み立てる。べとべとのついていないゴミを先に回収し、ミュリ姉さんの魔導で汚れを浮かせて回収、更に箒で掃いて慣らしておけば良いか。この量はちょっと時間かかりそうだな。


「ん? でも変だ」


 思いついた疑問。僕はそのまま言葉に出した。


「この迷宮って、最近掃除してるんだよ? ゴミ捨て場があるなんて話、聞かなかったよ」

「先ほど話にあがっていた、冒険者たちではないですか?」


 イニスが言う。


「こんなにたくさん?」

「冒険者が捨てたの!?」


 レアと魔女子さんが疑問を呟く。


「たまにあるんですよ。いくつかの冒険者が話を合わせ、ゴミ処理目的で、初級の迷宮へ捨てに行くって話がね」

「ニナ、見たことある。背嚢いっぱいのゴミ、捨てる奴ら」


 この仕事をしている僕は呆れたように聞いてみる。


「え? わざわざ、ゴミ捨てに来るの?」

粘体生物スライムの巣なので、勝手に処分してくれると思ったのかもしれません」


 それって良いのか? せっかく綺麗にしたのに、性質(タチ)の悪いヒト達だ。僕は眉を(しか)めた。


「初心者救済と思う人もいるらしく、良いことをしたつもりでしょうね」

「僕らは仕事になるから良いんだけどね……」


 僕は言いかけた台詞を飲み込み、心の中でつぶやく。嫌な慣習だ……。

 ただ、これで救われる初心者がいるなら、文句を言うべきでないのかもしれない。戦場だと棄てられた物も利用するってことを師匠が言っていた。迷宮探索には手札が多い方が良いんだろうけど、うむむ……。魔導ゴミ屋の僕は、内心もやもやしていた。


「セイ! そっちの下!」


 急にレアが声を掛ける。


「え?」


 その言葉で、僕はレアの指が示した場所を見る。穴の空いた大きな袋ゴミがある場所だ。軽く首を傾げつつそれを持ち上げ、戦慄した!

 それは砕けた鎧の残骸。いや、残骸だけではなかった。


「っ……!」


 腐敗臭と独特な忌避感を伴った臭いが広がる。

 その場には、黒っぽくて何と表現すればいいのかわからない類の斑点汚れに塗れ……。


「うわっ!?」


 頭の無い冒険者の遺体が倒れ伏していた。


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