06 セイ、魔月神殿の聖女と出会う
神殿は内部へ回るために大門を通る必要がある。
火蜥蜴車ごと門を通り魔獣厩舎へキラとカラを停め、回収場所である神殿の内部へ入るのだ。
神殿には神官・巫女をはじめ、中で働くひとたちが男女共に多数いる。神職の皆さまは教義を解き、戒律を守って厳粛に暮らしているらしい。
そのせいだろうか、なんというか空気が違う。
『みんなの見本となるべき!』的な所っぽく、多くの人がかしこまっているようにみえてしまう。
……この施設をゴミで埋めたらどうなるんだろうか?
いや、やらないけどさ?
ちょっと見てたいって感覚は、僕だけじゃないと思うよ?
「もしやらかしたら……『聖祈』でひどい目に合うかな?」
神官や巫女は『魔導』とは似て非なるもの『聖祈』を使う。
魔導がマナで現象を起こすのに対し、聖祈はマナで大いなるものへ語り掛けた結果、現象が起きると聞いた。
マナ使うし、本質は一緒じゃないか? と思うんだけど、違うらしい。
僕も友達の魔女子さんに聞いたことがある。
彼女は僕の『同じモノじゃない?』発言に、とても嫌そうな表情をした。
マナを導き、知によって理を理解したうえで理に干渉し、現象を作り出すものが『魔導』だと言う。
それに対して『聖祈』はマナを餌にし、大いなる存在へ祈りを捧げ、その力の一部を降ろして場のマナを変えたり、打ち消したり、または他者へ癒しを与えるものだと教えてくれた。
ちなみに習得法は大きく違う。
『魔導』の習得は、理の勉強とマナの操作の訓練で、魔導書から理への干渉法を得て現象を起こす力となるようだ。
『聖祈』の習得は、祈りという集中の時間を習慣付けがいるらしい。その上で自らのマナを神の意志に合わせることでその力は増大する。
だけど結果は似たようなものである。『攻撃』『防御』『癒し』の技術は『魔導』にも『聖祈』にも存在するのだ。
専門で習えばそれも理解できるかもしれないが、僕にそんな余裕がない。
魔女子さんが少し言い淀んでいたのは、どうもしがらみがあるっぽいな……。
ああ、そうそう。大きな違いがあるんだった。
『魔導』の発動には『王樹の葉』を用いる。それに対し『聖祈』の発動に用いる物は『王樹の花弁』となる。
値段としては『王樹の葉』と同じくらいの寄付が必要だが、神殿でしか手に入らず、入信しなければ売ってくれない。
つまり、『王樹の葉』が魔導具を扱う商店でも買えるぶん、魔導の方が便利だと思う。
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「さ、こっちだよキラ、カラ!」
神殿は『王樹の花弁』の管理を任されているし、高位の神職は国でも重要人物となる。そのため大きな門があり、門番を配備しているのだ。
「グァ!」
「グゥ!」
僕たちは神殿の門を通るため火蜥蜴車を一時停車し、門番さんに挨拶する。
「おはようございます! ゴミ……いや、廃棄物回収ギルドから来ました! セイと申します!」
皺深い門番さんはこちらに歩み寄り、胸に右手を下に両手を重ねたお辞儀をした。これが神殿独特の挨拶である。
僕もそれを習うと、彼は笑って身分証を出すよう言った。
「今日はモルガンじゃないのかね?」
「はい! 彼と交代になりました」
返事しつつ僕はギルドの身分証を渡す。
「おやおや、あいつ飲んだくれだからな……何かやらかしたか?」
「……えと」
モルガンはこの方と懇意らしい。どう答えるべきだろう?
いずれ伝えるが、ラドックと相談してからだな。
「ちょっと体を壊したみたいで……これから僕が担当になります」
「おや、大丈夫なのかい?」
「経過がわかり次第、お伝えします」
「そうか……ふむ、ギルド所属のセイ……」
門番さんは細い枝のような魔道具を取り出して、身分証に合わせた。すると小さな緑色の光を放つ。
「『神の祝福』持ちだな。国の登録……よし!」
「よろしくお願いします!」
「おう、モルガンによろしくな」
答えにくい言葉だ……僕は少し考えてから答える。
「モルガンには……会った時に伝えておきます」
「ああ。じゃあ頼んだよ。集積場は厩舎からしばらく行って左の方にある」
「ありがとうございます!」
僕は手をあげ、中へと入って行った。
大門を抜けるとすぐに厩舎がある。神殿だけあって結構広いスペースだ。外来向けの馬車用厩舎と魔獣用厩舎が併設してある。
神殿だからかな? かなり複数止められそうだ。
まあキラとカラはしばらく休憩ということで、魔獣用厩舎に入ってもらう。
あ、ちょっと早いけどおやつをあげようかな?
僕は小さな蜜蝋燭を取り出して火をともし、鉄製の杭に刺す。
「キラ、カラ、しばらく休んでて良いよ、これおやつね」
「グィー!」
「ギゥ♪」
二頭ともが蜜蝋燭の甘ったるい匂いの炎に舌を這わせ、勢いを強くさせつつ食べている。火蜥蜴のおやつは炎なのだ。蜜蝋燭だと彼女たちは喜んでくれる。わざわざ買ってきた甲斐があったってもんだよ。
だけど、炎に舌を這わすキラとカラの食事風景はちょっと幻想的だよなぁ……。
「じゃ、大人しくしててな」
「グア!」
「グゥ!」
二頭に声を掛け、僕は裏口へ走った。
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ゴミ集積場はそれなりに開けた場所だった
「えっと、こっちだよな?」
初めての場所でも勘が働くのは経験の賜物だろうか? 僕はゴミ集積場まですぐに行きついた。
皮手袋を取り出しつつも、考える。
そこにはゴミ缶が大量に出ているな……かなりの量だな。
あー、しかもこのゴミ缶……古くて重いやつだ。
ゴミ缶は古いものは重い。最近だと軽くて頑丈なものもできているのになぁ……まあ、まだ使えるうちは変えなくていいってことだろう。
背の高さもあるし、持ち上げるのが一苦労になる。
「人が多いんだな……」
宿舎と食堂、あとは治療所があるからだと思うが、やはりゴミも大量にでるようだ。
ただ、出し方はまとめられている方である。大所帯だとまとまってないことの方が多いのに珍しいな……。神殿だから、そんな所でも気を遣うのかな?
僕がゴミを前にどう片付けるか考えていると、気配を感じる。
「……うぅ」
「んー?」
ちょっと離れた所に、ゴミ缶を運ぼうとしている人がいた。遅れたものを運んでいるのかな?
「おはようございます! いいですよ、やりますから!」
僕はそのゴミ缶に駆け寄り、その後ろにいる小柄なひとに声を掛ける。
「え?」
少し驚いた声を気にせず、僕はゴミ缶に手を掛けた。これもけっこうな重さである。
「あっ!?」
おどろく女性からゴミ缶を奪うような形で抱え、僕は詫びる。
「あ、驚かせてしまってすみません! 僕、ゴミの回収にきた者です」
「ああ……ありがとう」
それは少しかすれ気味の、聞いていて心地よい声だった。
ただ、抑揚の少ない喋り方だと感じる。
「よっと」
僕はそのゴミ缶を持ち上げ、集積場まで運ぶ。
回収は一気にまとめてした方が楽なのだ。
「軽々と持てる? 重いのに……」
「いえ、慣れてますから!」
「あの……ご苦労さま」
「はい!」
ゴミ缶を抱えたまま振り向く。
そして、僕は彼女を見た。
「……っ!? 」
彼女は短い黒髪の少女だった。
小さく首を傾げてこちらを見ている。その瞳も黒い。
その髪色と目の色を、僕は自分以外で始めてみた。
確かに見慣れないものだな……。
王都での髪色はだいたいは茶髪が多い。
他にも金髪や赤毛、灰色髪、銀髪、青髪などが一般的である。
また、大陸の北部や中央の血が入っていると濃い紫やうす緑が混じる。
南方なら赤毛や橙色が多い。西側だとピンク髪や黄緑なども見かける。
しかし、王都に黒髪はほぼいないのだ。
僕は黒髪と黒い瞳で生まれたせいで、白眼視されてきた。過去に東方から来た邪悪な連中の髪色らしい。
物を投げつけてくることもあったし、喧嘩をふっかけてくることもある。それから、指導用の鞭で叩かれることだってあった。髪に関しては面倒なことが多い。
同じ人がいるなんてなぁ……。
ぼんやり眺める。着ているものは質素で、修行中の巫女さんだと思う。
華奢な体格、すっとした目鼻立ちに、目元に幼さの残る表情の乏しい少女だ。
だけど、その瞳は何かが違う。見つめ合った瞬間に僕はその瞳の奥に引き込まれる感覚を得た。
「あ……」
しばらく、声が出ない。
正直に言えば、僕が理想としている女性象とは違う。
だけど、彼女から目が離せない。
なぜか脳裏に僕以外の声で『出会った』という言葉が響いたような気がした。
その響きは胸の奥が揺れるようなものである。
同時に僕のマナ中枢にある何かが蠢き、囁きかけてきたように感じた。
それは『欲しい』という欲求と、『慈しみたい』という感情が混じった複雑な想いである。
今までにないことで戸惑いが現れた。
感情が心を満たし魂が震える。
身体の奥にある何かが、揺れ、動き、溢れそうな錯覚。
しかし、それは一瞬の者だった。
彼女の瞳を見ていると激しい感情が何故か薄れていく。
そして、単純にもっとこの女性を知りたいと思った。
と、ここで正気に戻る。
初対面の男からこんな見つめられるのはきもち悪いだろ。
言葉……。
何かを言わなきゃ……。
嫌われたくない。
だけど、気の利いた言葉は思いつかない。
僕は様々な葛藤を押し込め、言う。
「あ、の……貴女も、黒い、髪と瞳なんですね?」
なんてことはない言葉のつもりだったが、もしかしたら嫌な思いをしているかもしれない。
だから、僕は言葉を重ねる。
「僕も同じ色で、め、珍しいって、言われるんです。よく、ね」
そう言って、重いゴミ缶を片手で支えて帽子をむしり取った。
この黒い髪は、多くの人に疎まれている。時々、嫌な言葉を掛けられるモノで、だけど、大切な人には褒められた髪なのだ。
しかもこれは彼女との共通点である。
……ふと、変だなと思う。
この感覚は何だ?
なんで僕、この女性と話したいのかな?
魅力的な女性とは会ったことがある。だけど、こんな気持ちになったことなど無かったのに……。
「本当ね」
自分のなかでぐるぐるしていた僕に対して、少女はぽつんと言った。
あいかわらず感情の見えない言い方である。
ただ、よくよくみると微笑んでいるようにも見える。
僕には彼女の動作一つ一つが、言葉が、異様に心に響く。
「あの……」
どうしよう、何て言えばいいんだろう?
何を話せばいいんだ?
そこで僕は自己紹介もしていないことに気が付く。
すぐに言葉を探し、しどろもどろに絞り出す。
「あ、その、廃物回収の、者で、ゴミ屋と呼ばれますが、えと、えっと、その、セイと言います。その、貴女は……」
彼女は小さく首をかしげて聞いている。
そして胸に両手を合わせた。右手を下に、左手を上に重ねた神殿のお辞儀をした。
「私はレア」
彼女は少し躊躇いがちに僕の肩をぽんぽんして、落ち着くよう促してくれる。
しかしその瞬間、急に驚いたように目を見開き、暫く瞬きを続け……彼女は思い切ったように言う。
「……『聖女』なの」
「へ?」
何故か引きつった微笑を見せた聖女に、僕はとても間抜けな顔で答えていた。